第53話 新弟子検査
愛刀を持って城の闘場に来てくれないか。会わせたい人がいる。
——そんなざっくりとした俺からのお誘いに、少女は怪訝な表情で指定の場所へと現れた。
「久しぶり。傷の具合はどうだい、イヴ」
「……私の怪我はもともと大したことありません。あなたこそどうなんですか。クードさん」
包帯の巻かれた腕を回しながら「この通り、ばっちり」そうアピールすると、
「怪我をさせた私がいうのもなんですが……なんであなたがばっちりなんですか。あんな大怪我をしたのに」
そう言いながらも、イヴは少しホッとした顔を見せた。
こうやってイヴと話すのはアレクの森でやりあって以来のことだ。なまじ険悪な空気で別れてしまっただけに、よく今日ここにきてくれたものだと正直驚いている。
「もしかして覚えててくれたとか。君と戦っている時に話したこと」
「忘れるわけないでしょう。真剣勝負の最中に、あんなこと言われて……」
あんなこと、ね。
鬼のように強い剣士の知り合いがいるんだけどさ。紹介するから習ってみないか。
君の技にはまだ先がある。
「——やっぱ気になった? 強い剣士の正体」
「え? まあ、はい。それもそうですけれど。
でもそれ以上に嬉しかったですから。私の剣が、初めて認めてもらえて」
そう言って腰に帯びた刀の柄を撫でるイヴ。
年の割に素直だなこの娘。反発心の塊だった昔の自分がちょっと恥ずかしくなった。
タイプは違えど、シュナに通じるところがある。こういう子は伸びるぞ。
腕を組んでうんうんと頷く俺。そんな姿を見て
「なんなのですか? ちょっと不気味です」
と、微妙に鋭利なコメントが飛んできた。うん。素直だこと。
そんなやりとりをしていると、闘場の扉が開いた。
「遅えじゃねーか。勇者様」
俺が悪態を着くと、ジェノブレイドは「任務が長引いた」と短く応じた。
“顔のない魔王“事件を経て以降。ジェノブレイドは魔王の残党を討伐する任務に力を注いでいた。俺たちは敵の親玉を倒したが、それでも危険な力を持つ残党はまだ数多く存在している。人類への被害を大きく与えた者を始末するべく、勇者は残党狩りの旅に出ていた。
「そういえば噂で聞いたな。なんでも
……あの話マジ?」
「どこからか知らないが、耳が早いな」
「あ、マジなんだ」
長牙の狼は魔王討伐の最中で一度、出くわしたことのある魔獣だ。俺とシュナが二人がかりで戦ったが、仕留めることができなかった。
あの時は敵の方が退いたため、一応は俺とシュナの勝利と言っていい。だが正直……あのまま戦っていたら、少なくとも俺とシュナのどちらかは殺されていたと思う。それほどの相手だった。
それを単独での討伐成功ときた。そんな真似ができるのはこいつくらいのものだろう。快挙と言っていい。
でも。
「“長牙の狼“は、万が一があり得る相手だ。なぜ討伐パーティーを組まなかった」
「協力者を同行させれば少なからず犠牲が出る」
「勇者のお前に何かあったら、犠牲の数がどうとかの話じゃなくなるぞ」
「——小言を言うために呼んだわけではないのだろう。
この娘は?」
ジェノブレイドの視線が脇のイヴへと向かう。さっきから直立不動で動かなかったイヴがびくっと体を震わせた。
そういえば彼女のことをほったらかしていた。呼んでおいてこの扱いはないだろう。
「この娘はイヴ。フローレンス家の次女だ。
——イヴ、こいつはジェノブレイド」
「し、知ってますよ。この国に住んでいて知らないわけないでしょう!?」
「あ。知り合いだった?」
「そんなわけないでしょッ!!」
裏返った声で叫ぶと、「あ、あの……勇者様!」とイヴは再び背筋を伸ばした。
「はじめまして、私はイヴ=フローレンスと申します」
「勇者ジェノブレイドだ。
ではイヴ。早速だが、君の実力を見せてもらおう」
え……?
状況がぼんやり飲み込めたのか、引きつった顔をこちらに向けるイヴ。
「紹介したい剣士って、まさか……」
「現役の勇者様だ。剣の腕を見てもらうなら、こいつ以上の適任はいないでしょ」
そう言って、さっきからこれみよがしにおいてあったモノに被せた布を外した。
姿を見せたのは、棍棒を持つからくり人形。リーシャ作、戦闘用からくりユニット3号だ。
こいつは魔力を“充填“することで車輪と腕を動かすロボットで、訓練用にと城に寄付されたもの。思考を伴う動きはできないが、それでも衛兵上位くらいの戦闘力がある。
「クード。お前の“充填”で何秒ほど動かせる?」
「20秒が限界だな」
「では20秒で決着としよう」
20秒以内にこいつを斬り伏せること。
それが与えられた課題。
理解したイヴは唾を飲み込むと重心を前に落とし、構えを作った。
「始め」
ジェノブレイドの合図でからくりがイヴへと突進する。重さ約120kgの人形、それが成人男性の倍を超える速度で迫ってゆく。
少女に向かって振りかぶられる棍棒。その刹那、刀の柄に手をかけるイヴ。
二つの影が交錯する。追いかけるようにして、甲高い音が闘場に響いた。かと思うと、次の瞬間には車輪の片側を失ったからくり人形が壁へと衝突し、バタバタもがいている。
もといた場所には、刀を振り抜いた少女の姿だけが残されていた。
——瞬殺か。
20秒も必要なかったな。
「どうだ? ジェノブレイド」
俺の問いに、ジェノブレイドは「課題が適切ではなかった」とイヴに目を釘付けたまま応じた。
「衛兵上位クラスの物差しで、この娘の素質を測ることはできない。
次は私が直に立ちあうことにする。その方が早いだろう」
「——だそうだ、イヴ。やれるか?」
「はい」
即答か。いいねえ。
思わず感心してしまったが、よく見なくても刀を握るイヴの手は震えていた。
「勇者様との立会い……すみません、お見苦しいところを」
震える手首を抑えるイヴ。「相手の強さがわかるのも実力のうちだよ」そうフォローしてみると、イヴはその場で大きく深呼吸をした。
「怯んでいる場合じゃないですよね。
勇者様と立ち会えるなんて、こんなチャンス二度とないんだから……」
最後は自分に言い聞かせるように呟くと、フロア中央に立つジェノブレイドと向き合った。
臨戦態勢の勇者を久しぶりに見るが、やはり雰囲気が違う。間近にいるイヴにとっては吐き気がするほどのプレッシャーだろう。
よく逃げ出さずにいる。それだけでも十分だ。
なのにあの子ときたら……本当にいい目をしている。
勝ちにいくつもりだ。
「始め」
俺の合図とともに、イヴのつま先が音もなく床を叩いた。
イヴの魔法、剣の舞。舞によって斬撃の性質を強化・変化させる魔法。
様子見や出し惜しみはなし。最初から全開でいく心意気。
刀身の残像が空中に弧を描く。衣服をたなびかせ、小さな身体が羽根のように舞う。
刀の切先が届く距離に迫った瞬間、キッ! と何かを引っ掻くような音がした。
イヴが超高速の斬撃を放った……そこまでは理解できた。
だがこの結果はなんだ?
刀を落として硬直するイヴと、その首筋に剣を突きつけるジェノブレイドの姿を見ながら……俺はバカみたいに口をぽかんと開けることしかできなかった。
「なんだ今の。何が起きた。過程が見えねーぞ説明しろ」
まくし立てる俺に、ジェノブレイドは「斬撃を弾いただけだ」と涼しく答えた。要は普通の捌きをしただけのこと。だがイヴの攻撃があまりに速かったため、それをさらに上回る勇者の動きが視認できなかったということらしい。
これが勇者ジェノブレイド。
この国における武力の頂点。
「何も……何もできなかった。させてもらえなかった。こんなことって」
放心状態で視線を落とすイヴ。驚きとか落ち込みとか、いろんな感情が波のように押し寄せてきているんだろう。
無力感を叩きつけられたような気持ちでいるんだと思う。
俺も昔、同じことを経験した。だからよくわかる。
けどそんなふうに思う必要はないよ、イヴ。君は俺と違う。
「——しかし何年振りだ、ジェノブレイド。
子供相手にその剣を抜いたのは」
イジるようなトーンで喋る俺に対し、ジェノブレイドは「私も驚いている」と声を漏らした。
「剣を抜いたのではなく、抜かされた。そうでなければ捌きが間に合わなかった」
「じゃあ見込みアリ、ってことでいいか」
「五分五分といったところか」
五分五分? 意味のわからん返しに眉をひそめると、勇者は少し間をおいて口を開いた。
「この娘が、将来の勇者となりうる可能性だ」
「………………。
このタイミングですげーボケかますよね、お前」
「私は冗談が嫌いだ」
マジらしい。
いや、この子の才能はわかってたけどさ。まさか勇者の素質にまで話が及ぶとはね。
「勇者ジェノブレイドがそこまで言うなら、どうする? 養成学校に入れるか?」
「そういうレベルの器ではない。私が預かろう」
「……! ちょ、ちょっと待ってください! お二人ともなんの話を」
放心状態から戻ってきたイヴが俺たちの会話に割って入る。
いやもう普通にその才能は放っておけないんで。そんな説明をすると、イヴは「私は……私は魔法使いですよ」と絞り出すようにこぼした。
「私は魔法使いの一族、フローレンスの子です。
お姉様があんなことになった今……私が魔法を捨てて、勝手をするわけにはいかないじゃないですか。
それに、私が剣士として生きていくことが認められるわけなんて」
「フローレンス家か。……その刀は誰から」
「——これは、父方の祖父から。もう亡くなりましたが」
イヴの返答にジェノブレイドは「勇者になる前だが、一度だけ顔を合わせたことがある」と少し遠い目をした。
「意思の固い方だった。しかし、本質を見通すことに長けたお方だった。
君が祖父から与えられたというその刀は、“
ジェノブレイドの話を聞きながら、どうりで……と腕に巻かれた包帯を見た。
防刃性能マックスの金属に変化させた腕がスッパリやられたのはそういうわけか。
ああ、でも。だったら。
「その刀が証拠だ。フローレンス家は君の中に眠る可能性を理解している。
望むなら、きっと背中を押してくれるだろう」
イヴを帰した後、俺とジェノブレイドは城門の前で少しだけ話をした。
これから先、イヴをどう育てていくか。ひとまずは勇者一門のもとで基礎を磨く。そこからはジェノブレイド本人のもとで実戦能力を身につけていくという流れになりそうだった。
「で、ジェノブレイド。お前はまた魔王軍の残党狩りに行くわけか」
俺がそう言うと、ジェノブレイドは「私にはやるべきことが残っている」と夕日の向こうに伸びる道を見据えた。
「魔王軍の残党には、魔王と同格の力をもつ者もいる。今は大人しくしているが、いつまた人類に牙を剥くかわからない。
全ての敵を殺すまで、私の戦いは終わらない」
「マジメだね。そればっかが人生じゃねーぞ」
「——クード。もしやお前は、それを私に言うために呼んだのか」
そういうと、勇者は瞳の奥を覗き込むように俺を見据えた。
「急に“弟子を取らないか”などと連絡をよこすから何事かと思った。
だがお前は……戦いに明け暮れる私を見て、それ以外の道を示そうとしたのではないか」
「俺がそんな面倒見のいい男に見えるか」
「クードほど面倒見のいい男はいない。少なくとも姫君はそうおっしゃっていた」
買い被りますね。勇者もお姫様も。俺はふぅと息をついて、細かい傷に覆われた勇者の鎧を見た。
「弟子を取ったんだからな。今回も無事に帰ってこいよ」
「——承知している」
そう返した勇者の口元には、珍しく笑みが浮かんでいるのが見えた。
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