第51話 断頭台に眠る魔女 エピローグ
史上初の出来事。今回の魔術師選挙は、最終演説なしのまま投票が行われた。
集合時間の午前9時。俺は会場の長椅子に、意識を失ったシュナとエリィを寝かせておいた。その結果、7名の立候補者に対し、今回の有資格者はたったの2名。これもまた初の出来事だった。
本来、演説に使われるはずだった放送用の声紋石によって、「最終演説なしでの投票」が広く国中へとアナウンスされた。俺は会場の扉の外でそれを聞いていたから、人々の反応は見ていない。けど後からアリアに聞いた話じゃ、城の中でもどよめきが起こったのだという。
しかしそんな有様でも、投票率は十分に高かった。
シュナとエリィ。ともに今日まで、人々の支持を十分に取り付けていたことが伺えた。
開票の結果はこう。
候補者名:得票率
エリィ=フローレンス:48%
シュナ=アークライド:52%
見事、シュナは魔術師への当選を果たしたのだった。
——仮に演説があったなら、逆転していたかもしれない票の差。病院で結果を知ったシュナは複雑な顔をしていた。
けど、演説がなくなったのはエリィが事件を起こしたからであって。それにどういう形であれ、自分を選んでくれた人々の思いには応えなきゃならない。そう説得してやると、シュナはやっと「わかった」と頷いた。
一方のエリィはというと、捜査局の取り調べが始まっているらしい。
この首狩り魔女事件はそれなりの騒ぎになった。被害届がどこからも出ていないとはいえ、捜査局としては何もしないわけにはいかないというとこだろう。法務局も絡んで、今回の“犯人”をどう扱うか、検討がなされているという。
だが法務局の
一つは、なんとアリアからの口添えだった。
今回、何かと話題に上がった第二次王都防衛戦。その際、城下町の中枢に押し寄せる魔物の一部はアカデミーのグラウンドにまで迫っていた。
そこではまだ学生だった頃のエリィが、教師とともに魔物の侵攻を食い止めていたのだという。
エリィの闘うさまを見ていた子供達はこう口を揃えた。
アカデミーに大きな被害が及ばなかったのは彼女のおかげだと。
彼女がいたから私たちは生きているのだと。
「その功績を考慮し、どうか寛大な処置を」
——姫君から直々にそう言われたとあって、法務局はちょっとざわついているらしい。
というかアリアのやつ、もしかしたら俺より早く“首狩り魔女=エリィ“の真相に辿り着いてたんじゃないだろうか。じゃなければ、昨日の今日でエリィの実績をまとめて提出するなんてできやしない。
事件後にエリィをどうするか。アリアはそこまでイメージして動いていた。それもネイキッド捜しを並行した上で。そうでなきゃ説明がつかない。
そのあたりを問い詰めてやると、アリアは事もなげに言った。
「ネイキッド=バロンに自力で勝利し、シュナにライバルと呼ばせるほどの実力者。ずっと檻の中に置いておくのはもったいないでしょう?
もちろん、やったことの埋め合わせはしてもらうけれど」
涼しい顔でそう付け加えるアリアの口元には妖しい笑みが浮かんでいた。
もうやだこいつ。ほんと怖い。
——まあ俺がそんな事を思ったのはおいといて、実際問題、エリィが塀の外に出てくるのはそう遠くないだろう。漏れ聞いた話じゃ、どういうわけかバロン家からも減刑の陳情があったって話だ。
ネイキッドとジュースティアは選挙後まで監禁。ドリーは直前で襲われリタイア。今回の選挙、最悪の被害をくらったのはどう考えてもバロン家のはず。
どういうつもりかまるでわからない。
……いいようにされた借りはシャバで返すってか? 知らんけど。
まあそんな感じで、選挙に関わった連中は終わってからも何かとゴタゴタしているらしい。暇そうなのは俺くらいのもので、シュナも当選後の挨拶回りがあるらしく、あれから一週間、顔も合わせていない状況だ。
魔術師は議会での投票権を持つ。つまり政治家でもある。貴族や財界からの誘いが絶えないのは想像に難くない。
悪い大人たちに騙されないか心配だが、その辺りは同行しているゼルク師匠がうまくやってくれていることだろう。
……。無理だけしてなきゃいいけど。
そんな事を考えていると、ドアの外からノックの音が響いた。
誰だこんな遅くに。
ソファで寝っ転がっていた身体を起こし、玄関の扉を開ける。
「こんばんは。
……来ちゃった」
ローブを纏ったシュナが、くしゃっとした笑顔を俺に向けた。
ローブを預かると、シュナは中にドレスを着ていた。貴族のパーティーに呼ばれた帰りに俺のうちへ寄ったのだという。
ソファに座らせ、暖かい紅茶を差し出すと、シュナはふーふーと息を吹きかけてから口をつけた。
「……おいしい紅茶だ。ありがとう、クード」
「だいぶ前だけど、姫様からもらったやつだからな。
それより忙しいんだろ。俺のとこなんか寄らなくていいのに」
「忙しい……そうだな。目が回りそうだ。
けど大丈夫。クードの顔を見たら元気が出てきたんだ」
グッと拳を握って歯を見せるシュナ。いつもの仕草なんだけど、今日のシュナは見慣れないドレス姿。よくよく見たらうっすら化粧もしている。ギャップのせいか少し見とれてしまった。
お姫様のアリアみたいに涼しく着こなしている感じじゃないけど、似合っている。
そして、その胸には議員にのみ着けることを許されたバッジが輝いていた。
「——どうしたんだ? まじまじと見て」
きょとんとした顔で尋ねるシュナに、俺はバッジを指して答えた。
「いや、シュナも国の要人になっちゃったなって。
気軽に遊べなくなるな」
「! そ、そんなことはない!
しばらく忙しくはなるだろうけど、クードとの時間は頑張って作るんだ」
「だって外出先によっちゃSPとかが同行したりするんだろ? 俺みたいな庶民が気軽に口を利ける立場じゃないぜ」
「魔術師になっても私は私で変わらないぞ。……寂しいことを言わないでほしい」
口を尖らせながら目を伏せるシュナ。ちょっと意地悪言ったかな。静かになってしまったシュナに「ああ、でも」とトーンを上げて話す。
「シュナのSPっていうバイトができたわけだ。金に困った時は世話になるかもだから、ちょっと面接してみてくれよ」
「面接なんかしなくたって、クードなら文句なしで合格だろう。
でもまあそういうなら……じゃあ、特技はありますか?」
「逃げ足には自信があります」
「私を置いて逃げてどうする」
クスッと笑うシュナだったが、「大丈夫。ちゃんとお姫様抱っこして逃げるんで」と続けると、今度は顔を赤くして俯いてしまった。
……。年頃の女の子みたいなリアクションを返されてしまった。まあ実際そうなんだけど。
成長を感じて嬉しいような、寂しいような。小さい頃からお世話してきた立場としては複雑な気分だ。
「それより、スケージュールが詰まってる中、わざわざ来てくれたんだ。何か用があるんじゃなかったのか」
「用……? あ、ああ、そうだった」
我に帰ったように声を張り上げるシュナ。脇のバッグに手を突っ込んだかと思うと、その手には厚めの札束が握られていた。
たぶん600万くらいはある。
「こ、こんな大金に触るのは初めてなんだ……やはり手が震えて仕方がない」
いやバッグに入れてたの忘れてただろ。そんなツッコミは置いといて「なにその金?」と尋ねる。
シュナはおそるおそるといった様子で「受け取ってほしい」と札束を差し出した。
「選挙の立候補者は供託金を納めていたはずだ。私のサポートのために、クードには大金を使わせてしまった。
これはその埋め合わせなんだ」
「いや、いやいやいや。俺が立候補したのは単なる興味本位だ。
それに供託金は300万。なんで倍になってるんだよ」
「受けた恩は倍にして返すとクードはよく言っているではないか。
私がクードのボタンを直してあげた時、大きなパフェをご馳走してもらったこともあるし」
「パフェと600万は釣り合ってなさすぎだからな」
ていうか止めてくれよ師匠。娘がお小遣いの使い方を間違えてるぞ。
そこからは押し問答が続いた。シュナも頑固なもので
俺は大きなため息を一つ漏らして「じゃあこうしよう」と指を立てた。
「こんどメシ食いに行こう。その時に奢ってくれ」
「……それこそ、受けた恩と釣り合っていないではないか」
「そんなことない。魔術師になった今のシュナと会いたい人間は山ほどいるんだぞ。
それも二人きりで」
ふたりきり……?
小さくシュナの唇が動いたのを見て、俺はニッと笑ってやった。
「デートだデート。それなら600万の価値があるぜ」
「そんなはずがあるかッ!」
「嫌か?」
「い、イヤなはずがないだろうっ!!?
なんなのだクード! そんなことを急に、もうっ!! 楽しみになるではないか!?
じゃなくて! あー、ぅー……!」
目をぐるぐるさせて、机をバンバン叩きながら叫ぶシュナ。怒ってんの? 喜んでんの?
まぁでもこの娘は変わらないな。
魔王を倒しても。魔術師になっても。
でもそんな彼女が、きっとこの国を良い方向に変えていくんだろう。
そんな未来が見える気がした。
断頭台に眠る魔女 fin
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