第50話 断頭台を見上げるように
◇◇
「“継承”の日……お母様は私に言った。この力をどうするかは、あなたに委ねると」
エリィは呟くと、雨露に濡れる手のひらを見つめた。
「この力を受け取ったとしても、あなたはあなたの生き方をしていい。フローレンスのしきたりなんて関係ないから、と。
私は泣きじゃくりながら頷いた。
フローレンスの運命を背負うことになったからじゃない。ただお母様と離れるのが悲しかった。
——それからの私はがむしゃらに修行をした。
お母様が受け継いだものを無駄にしたくない。その一心だった。
でも程なくして気がついた。私の才能は、フローレンス400年の魔法を受け継ぐのに見合っていないことに。
“継承”によって魔法を習得することはできても、それを実用レベルで発動することがほとんどできなかった」
エリィの話を聞きながら、俺は師匠から魔法の基礎について学んでいた頃のことを思い出した。
魔法を極めるまでの道のりには“習得”と“発動”という二つの段階がある。
学んだ魔法を形にするまでが“習得”。実用化できるレベルで撃てるのが“発動”だ。
この二つはまるで違う。例えば俺が“発動“できる魔法はメタル化のみ。それは仕事や戦いで使える状態に到達している魔法がそれだけという意味だ。
他にも形だけならできる魔法はある。しかし完成度が低くて役立つ場面はほとんどない。
魔法において“習得“は折り返し地点。“発動”までには果てしなく長い道のりがある。
「——そうは言うが、エリィ。“発動“に苦労するのは、魔法をかじった人間なら誰もがぶち当たったことのある壁だろ。
腕を磨いていりゃ、いつかは」
「レベル3の魔法がやっとのあなたにはわからないでしょう。クード。
私も受け継いでみてはじめて知った。
“レベル6“は次元が違う。たとえ一生を費やす覚悟を固めても……発動できるイメージすら出来ないのよ。私のような凡人にはね。
でもそんな“レベル6“を10代で極めた超人が、私のすぐそばにいた」
超人、か。確か新聞にもそんなふうに書かれていた気がするな。
超人的な才能の片鱗。
シュナ=アークライド。レベル6“ワープ”の発動に成功。
当時、そんな見出しの号外が配られていたのを覚えている。
「——アカデミーのグラウンドで、シュナがはじめて30mのワープを成功させた瞬間を私もこの目で見ていた。
本当はその時からわかっていた。
最高の魔法使いになるのは自分じゃないって。
それから魔王討伐が成し遂げられたと聞いて、確信に変わった。
この力を持つのは、シュナ。あなたであるべきだったと」
エリィから向けられた射抜くような視線。
視線が交錯した瞬間、シュナはたじろぐような仕草を見せたかと思うと……急にその場に膝をついた。
「か、身体が……エリィ、この魔法は」
か細い声を絞り出すシュナ。それで俺はようやく気がついた。
戦況に異変が起きていること。
負けを認めてなおも、エリィはまだ……望みを諦めてはいなかったことに。
「レベル6“強制支配“」
エリィの呟きで、シュナへと駆け寄りかけた足が止まった。
レベル6、強制支配。相手の体をその意思に反して操る魔法。
魔法が本職じゃない俺ですら知っている。
エリィの母親。
魔術師、スカーレット=フローレンスが得意としていた技だ。
「賢いわね、クード。下手に動けばシュナは命を落とす可能性がある。
もちろん、そんなことはしないけれど」
「——どうなってる。さっきの話じゃ、君は継承された技を使えないんじゃなかったのか」
全身に汗が吹き出すのを感じながら、頭をフル回転させる。
エリィのいう通り、これが本当に“強制支配”なのだとすれば相当やばい。技の完成度によってはシュナを操って俺を攻撃することも、自殺させることもできる。命を握られたのも同然だ。
探りを入れる俺に「ほとんどと言ったでしょう」と、エリィは肩で息をしながら応じた。
「レベル6の中で、たった一つ。この技だけは修行の末になんとか発動まで漕ぎ着けることができたの。
それでも相手の膝をつかせるのがやっと。完成度はお母様の10分の1にも満たない。
とても受け継いだなんて呼べる代物ではないわ。
でもね、シュナ。あなたならお母様のこの力をきっと生かしてくれるわね」
「やめるんだ!
“継承”を使えば、エリィの命が……!」
うずくまるシュナの前に立つと、エリィは穏やかに微笑んだ。
「……シュナ。あなたは最後まで私の心配をするのね。
この運命を背負ってから、私はずっと断頭台を見上げているような気持ちだった。
いつかは自分の手で命を終わらせる時が来る。それは怖かった。
でもあなたのおかげで変わった。フローレンスの先祖が残した魔法も、お母様の魔法も……私の魔法も、あなたならたくさんの人たちのために使ってくれる。
全てを預けられるあなたに出会って……不思議よね。私の運命に意味があるって思えるようになったの。
あなたを魔術師にすること。
あなたに私の宝物を託すこと。
それが私の最後の望み」
「駄目だ、エリィ……!」
地面につくシュナの指先がぴくりと震えた。懸命に抗っているようだがそれが精一杯なのかもしれない。
——今、俺が動けば二人の真剣勝負に水を差すことになる。
だがこんな形の決着は誰の幸せにもならない。
二人はこの国の魔法の未来だ。
もう、これ以上は……。
俺は拳を握ると、静かに魔力を込めた。
エリィはこちらに注意を払う余力がない。本気でいけばたやすく意識を奪うことができるだろう。
俺は二人に割って入る準備と覚悟を固めた。
だがその時に疑問がよぎった。
シュナの指先がぴくりと震えた。
なぜ脱力した状態でそれができる?
なぜ今も杖を握ったままエリィと対峙できているのかと。
「さようなら。
立派な魔術師になってね」
ぼんやり光を帯びたエリィの杖がシュナへと振り下ろされる。
しかしその一振りは空を切った。
シュナは一歩を踏み出し、雷撃を帯びた杖でエリィの体を叩き伏せたのだ。
「っ!?
な……んで」
シュナからの返事を受ける間もなく意識を失うエリィ。シュナはそのまま倒れ込むと「——仲間のおかげなんだ」と、エリィの耳元につぶやいた。
「人の体は脳からの電気で動くと、クードが教えてくれたことがある。
だがら身体が動かなくなって……クードが時間を稼いでくれている間に、こっそり雷鳴を自分の体に流して、試していたんだ。
どこにどういう電気を流せば、踏み込む右足と、杖を握る左腕が動くのか……を……」
「まじかよシュナ。それ今日いきなりやって成功させたのか?」
「……」
シュナからの返事はなかった。戦いのダメージなのか電流のダメージなのかはわからないが、どうやら力尽きたらしい。
「——。魔王と戦った時よりも、また強くなってた。俺もうかうかしてらんねーな」
まあそれはいいとして、この状況どうしよう。泥水に顔を突っ込んで倒れている女の子二人を見て俺は腕を組んだ。
魔術師選挙の集合時刻まで残り30分。放っておくと二人は失格になり、おそらく選挙は当選者なしの無効選挙になる。
まあシュナの参謀である立場の俺からすれば、このままシュナだけ会場に放り込めばいい。最終演説ができる状態ではないが、有資格者がシュナだけなら、信任投票で当選が決まることだろう。
まあ理屈はそうなんだけども。
『——いい勝負をしような!!』
そう言ってエリィに握手を求めていたシュナの笑顔を思い出してしまった。
楽しみだったんだよな。久しぶりに会ったライバルと、本気で競えることがさ。
「全く世話の焼ける娘さんたちだ」
地面に転がっている二人を担ぎ上げると、俺は会場の門を見据えた。
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