第49話 ずっと君のことを

 二人の魔法使いが、再び杖を構えた。


 狙いは、両者ともにさっきまでと同じだろう。雷鳴の当たる距離にまで詰めればシュナの勝ち。距離を詰めさせず、魔力切れまで粘ればエリィの勝ちだ。


 牽制の雷を撃ちながら迫るシュナへ、「馬鹿のひとつ覚えみたいに」とエリィは吐き捨てた。


「さっきのワープで魔力をかなり消費したはず。それに耐性強化プロテクトで体を強化したとは言っても、ノーダメージなわけがない!

 条件が悪くなっているのに、同じ手が通るわけないでしょう?」


 その見立ては正しかった。ワープは1発でシュナの魔力を2割以上も消費する、ひどく燃費の悪い技。それが不発に終わったということは、エリィの狙う“魔力切れ“までの時間を確実に早めたと言っていい。


 耐性強化についてもそうだ。バリアで防いだ場合と違い、攻撃そのものは当たっている。残ったダメージは体の動きを鈍らせるだろう。


 だから魔弾の牽制をシュナが掻い潜ることはできない。エリィがそう考えたのも無理はない、が。


「——!? どうして」


 エリィの口から、焦りの色が滲む一言が漏れた。

 シュナを襲う魔弾の嵐。それに阻まれながらも、徐々にシュナとエリィの距離が縮んでいる。


 攻撃を躱し、防ぎ、弾き、場合によっては急所を外して受ける。

 丁寧に丁寧に。魔弾を一つ一つ処理しながら、シュナがジリジリと射程範囲へと迫っていく。


 額に汗の浮かび始めたエリィに「だよ」と口を挟んだ。


「弾数、威力、スピード、軌道の変化……そのへんがだいぶわかってきた。それでさっきまでより、シュナの捌きが上手くなってるんだ」


「慣れた……? この短時間で!?」


 信じられないといった叫び。それはそうだろう。なんであれ人は慣れる生き物だが、それにしたって早すぎる。


 だがそれは、攻撃がの話だ。


「エリィ。君のシュナ対策は完璧だった。

 ライバルに勝つために、魔法学校アカデミーの頃からずっとシュナの事を見てきたんだろう。


 だけど、それはシュナだって同じ」


 同じ……。小さくこぼしたエリィに、俺は頷いてみせた。


 一緒に修行をしていた頃。魔王討伐の旅をしていた頃。よくシュナから聞かされていた。

 アカデミーにすごい同級生がいると。


 本当に努力家で、才能があって。

 尊敬する友達がいるのだと。


「シュナだって、ライバルである君の事をずっと見ていたんだよ」


 ——わずかな魔弾の隙間。弾幕の縫い目をシュナが踏み込んでゆく。


 雷鳴の射程内。もう外れることのない距離。


 放たれた雷が、エリィの左胸を撃ち抜いた。





 音もなく降る雨粒が、仰向けに倒れるエリィの顔を叩いた。


 目元をつたう雫。……エリィはそれを手首で拭うと、よろよろとした足取りで立ち上がった。


 雷鳴を喰らってなお意識がある。やはり対策していたようだ。雷の当たった服の裂け目から、ゴムを編み込んだような生地のインナーが見えた。電撃を防ぐ絶縁体だ。


 エリィは胸に手のひらを添えると、俯きながら嗤った。 


「——こんなものに頼って……軽蔑したかしら」


「卑怯でもなんでもないだろ。当然の準備だ」


 俺の言葉にこくこくと頷くシュナ。彼女も昔なら「魔法使いは魔法使いらしく魔法で」……なんて事を言いがちな人種だったが、一緒に冒険していく中で変わったようだ。その辺は技術者であるリーシャの存在も大きかったかもしれない。


 電撃を扱う敵と戦うならその対策をするのは当たり前のこと。

 実力を認める相手と誠実に向き合った結果だ。


「シュナだって最初からその前提で、威力を調節した雷鳴を撃っていた。感電による無力化は最初から狙ってない。

 だが衝撃までは殺しきれないだろ。骨の数本はイってるはずだ。


 そうやって立ち上がってるのが驚きだよ」


「……私は……くっ……!」

「! もういい! 無理をしてはダメだ!」

「そんな情けをかけられてるようじゃ、私の負けね」


 慌てて治癒リペアをかけようとするシュナを制し、エリィは小さく呟いた。


 振るう魔法に誇りを——そう聞こえた。

 

「いいわ……約束は守る。全てを話しましょう。


 きっかけは、あなたたちがまだ魔王討伐の旅の最中にあった頃。

 第二次王都防衛戦の頃に遡るわ」



◇◇



 第二次王都防衛戦。

 魔王軍が王都に奇襲を仕掛けた、歴史の教科書にも載る大事件。


 勇者ジェノブレイドが別の戦いに注力している隙を狙っての攻撃であり、あの日に国が滅んでもおかしくないほどの猛攻だった。


 表向きには、衛兵たちの奮闘があって撃退に成功したとされている。

 でも実はそうじゃないと私は知っている。


「——昨日は驚きました。

 お母様は……いったい何者なのですか?」

 

 魔王軍の撃退から一夜が明け、病室を訪れた私はそう口火を切った。


 私は見ていたのだ。お母様……スカーレット=フローレンスが、一人で凄まじい数の魔族を撃退した姿を。その際、娘の私ですら見たことのない魔法を放った姿を。

 

 お母様は窓の外に向けていた視線を私に戻し、力なく微笑んだ。

 そして「話す時が来たのかもしれないわね」と切り出した。



 


 話を簡単にまとめるわね。それはフローレンス家に伝わる“しきたり“のことだった。


 400年前ほど前、フローレンス家の先祖はとある魔法を発明した。


 “継承“という魔法。

 術者の命と引き換えに、習得した魔法の全てを他者に引き継がせることができるというものだった。


 フローレンス家は代々、“継承”によって魔法の技術を引き継いできた。一族に優秀な魔法使いが現れたら、魔法を継承して人生の幕を下ろす。それがフローレンス家の隠れたしきたりであり、筆頭魔法使いに選ばれた者の宿命だった。


 お母様もまたその宿命を背負った魔法使いの一人だった。そして病による死期を目の前にして、“継承”について頭を悩ませていた。


 自分の身体に眠る、一族が積み重ねてきた400年の結晶。よもすれば魔王にも届きうる力。確かな者に引き継がれたら、きっと世界を変える力になるだろう。


 しかし魔法を“継承”された者には、最後に自分の手で命を終わらせるという宿命が待ち受けている。


 イヴと私。二人の娘のいずれかその運命を背負わせるのか。

 魔法使いとしてじゃなく、それは母として正しいことなのかと。

 

 ——第二次王都防衛戦はその矢先の出来事だった。

 あの光景を見た者なら誰でもわかる。魔王軍の撃退はお母様の活躍なくしてはあり得なかった。


 フローレンス家が積み重ねた400年分の魔法が、人々の命を救った。

 

 そしてその力は……まもなく自分の命と共に消えようとしている。

 仮に勇者ジェノブレイドが魔王に敗れたら、人類の希望は全て失われてしまう。


 娘たちの未来も失われてしまう。

 そして、お母様は私に力を継承することを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る