第48話 人質

 耳に入った声に、エリィは明らかな動揺の色を浮かべた。


 邪魔が入ったからではない。聞き覚えのあるその声が、この場ではのものだったからだ。 


 キョロキョロを周りを見渡すエリィ。俺はポケットから石を取り出すと、人さし指でそれをつついてみせた。


 魔力を込めると、遠く離れた人物とも会話できる石。声紋石だ。

 

「私の聞き間違いかしら。この声は、まさか」


『はじめまして、首狩り魔女。

 私はアリア=セルナーデという者よ』


 姫君……。エリィの唾を飲み込む音が、ここまで聞こえたような気がした。


 それはそうだろう。アリアが捜査局の連中とつるんで首狩り魔女事件に首を突っ込んでいたなんて、エリィには知る由もない。


『要件を簡潔に伝えるわ。最初の被害者、ネイキッド=バロンの身柄を確保した』


 困惑するエリィの返答を待たず、アリアが切り出した。


『薬でも使われているのかしら。今は眠っている様子だけれど、意識が戻れば“首狩り魔女”の正体を話してくれるでしょうね。

 

 そうなり次第、捜査局からあなたの逮捕状が請求される。

 ただちに自首することを勧めるわ』


 これはもはや交渉じゃねーな。脅しだ。


 しかも発見場所とか、重要な部分は絶妙にぼかしている。つまりアリアのハッタリかもしれないってわけだが、だとしたら詐欺師かってくらい堂々とした口ぶり。恐ろしい女だ。


 エリィはシュナに向けた杖こそ下ろしてはいないものの、明らかに視線を泳がせていた。それはそうだろう。王族にいきなりこんな詰められ方をされたらたまったものではない。


 しかし彼女も彼女とて、よほどの覚悟をして事に臨んだのだろう。

 大きく深呼吸を挟み、の顔を作った。


「お初にご挨拶をさせていただきますわ。アリア姫。

 お声を聞かせていただき光栄だけれど、今、いいところですの。


 全ての目的を果たしたのち、改めて謁見させていただきますわ」


『いいところ?


 ……。クードを除く他の候補者を倒したという事かしら。シュナも含めて』


 その言葉にエリィの顔が強張った。多分、俺もだ。

 なんであんな一言で状況が把握できるんだよ。どうなってんだあいつ。


 表情を引き攣らせるエリィを俺を尻目に、アリアはまた少し声色を変えた。


『仮にシュナが敗れたとするのなら、あなたに猶予を与えるわけにはいかないわね。

 もう一度言うわ。こちらはネイキッド=バロンの身柄を確保している』


「……それがなんだというのです? 私は元々、目的を果たせば逃げも隠れもするつもりはなかった。

 いまさらネイキッドの証言など」


『あなたの身体には、ネイキッド=バロンの魔力が込められたがついているのでしょう?』


 その言葉で、エリィは思わず右の手の甲を押さえた。そこには彼女がネイキッドと戦った際につけられた紋がある。


 ネイキッド=バロンの魔法、“遺紋いもん


 使い手の心臓が停止したその瞬間、紋のついたものを破壊する効果を持つ魔法だ。


「おい、アリア。お前まさか……」


 思わず口を挟んでしまったが、アリアは構わずそのまさかを口にした。


『ネイキッド=バロンの心臓が止まれば遺紋が発動する。

 そうなれば首狩り魔女。あなたの命もない』


 おいおい。それは流石にハッタリだろ……ハッタリだよな?

 首狩り魔女を止めるためにネイキッドを殺す。そんなの法治国家で許されるはずがない。


『魔王討伐の英雄であるシュナ=アークライド、クード=ジルバート。この両名を失うのは国にとって計り知れない損失になる。

 超のつく法規的対応だし、非難も免れない事でしょうけれど……二人を守るためならば、私はどんな決断も辞さない』


 静寂の中、鼓動の音が聞こえてくるような気さえした。


 だめだ。これ以上は洒落にならない。




 

「待ってくれ、アリア。シュナはまだ敗けていない。


 もういいぜ、シュナ」





 計画とは違うが、俺はそう明かした。


 え? と声を漏らして視線を戻すエリィ。

 そこにはまるで示しを合わせたかのようなタイミングで身を起こす、シュナの姿があった。


「初めてにしてはいいだったな。シュナ」


「そんなの褒められたってちっとも嬉しくないんだ。だいたい私は、こういう小狡い真似はいやだと……」


「ちょ……! しゅ、シュナ! どういう事なの!?」


 声を荒らげるエリィ。アリアも声紋石の向こうで耳をそばだてているのがわかる。

 もう流石に潮時なんで、俺は小細工の全貌を口にした。


「だからさ。エリィから色々聞き出してやろうと思って、シュナに寝たふりをさせてたんだよ。


 仮に攻撃を喰らって、気を失ったとエリィが判断している様子なら、その時は狸寝入りを継続する。

 あらかじめそういう打ち合わせをしていた」


「ね、寝たふり? うそよ。だって攻撃は急所に入ったはず。まともに動けるはずない」


 エリィの反論に頷く俺。言ってることはもっともだ。確かにあの時のシュナはバリアをはる余裕すらなかった。

 でもそこはやっぱり、シュナが天才なんだよなあ。

 

耐性強化プロテクトだよ。あらかじめかけていたダメージ軽減魔法を、攻撃を受ける直前、急所だけに集中させたんだ」


「急所にって、人体に急所がいくつあると」

 

 目を剥くエリィに、シュナは「旅をしているとき、クードとよく一緒に本を読んでいた」と人差し指を立てた。


「冒険の最中も、クードは暇さえあれば勉強をしていた。読んでいる本はほとんどが生物学や科学の本だった。

 私はそういう分野に興味があったわけではないのだが、あまりに熱心だから一緒にくっついて本を読んでいた。


 気がついたら色々と詳しくなってしまったんだ」


「で、今じゃ知識だけなら医師免許を取れるんじゃないかってレベルの詳しさだ」


 あっけに取られた顔のエリィ。うん、わかるわかる。そんな顔にもなるわな。

 才能は公平じゃないとわかってはいるが、これはあんまりってやつだ。

  

 ——エリィは同級生として、こんなのと競わなくちゃいけなかった。

 苦しかっただろうな。わかるよ。


 俺は勇者の座を争っていた頃のジェノブレイドと、その背中を見ている自分の姿を思い出した。

 

「まあ、そんなわけでシュナが転がってたのは演技だ。エリィから色々聞き出せるかもしれないと思ったからさ。

 そこは期待通りいかなかったわけだけど……収穫はあった。


 『自分が負けたら動機を話す』


 そう約束してくれたからな」


 そう言ってニヤリと笑う俺に、エリィは「ハメたわね」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「——いや、ハメられたとも違うと思うぞ。君に油断があったわけじゃない。

 普通はあのタイミングで耐性強化プロテクトを間に合わせてくるなんて思わないだろ。それも急所だけに集中して。


 普段はアホかわいいくせに、こうなるとマジの天才ぶりを発揮するんだもんな。シュナは」


 頭を撫でてやると、シュナは「ふふふ、そうだろう!」と薄い胸を張った。


「……ん? クード、今わたしの事アホって言ったか?」

「言ってない言ってない。かわいいって言ったんだ」

「な! またクードは誰にでもそう言って……!」


『いちゃいちゃしている、場合じゃ、ないでしょうが』


 声紋石の向こうからなんだか怖い声が聞こえたので、俺は慌てて口をつぐんだ。

 そしてエリィへ視線を戻すと、なんだか眉間に皺を寄せてプルプル震えている。もしかして怒らせたか?


「……ふざけているのかしら? さっきからかわいいだのなんだのって」

「ふ、ふざけてなんかいないんだ。エリィ! なんなら私はエリィの方が美人さんだと思っている!」

「くーーーーーっ! やっぱりこのノリむかつくぅ!! 人が真剣な時にいつもいつもぉ!!」


 金切り声を上げながら地団駄をふむエリィ。

 いかん。首狩り魔女のキャラが崩壊してしまった。


「アリアが変なタイミングで連絡よこすから」

『ちょっと。私のせいみたいに言うのやめてくれる?』


 手元で光る石から、呆れたような、安心したかのようなため息が聞こえた。


『まあいいわ。二人が無事なら、そっちはあなたたちに預ける。

 口ぶりからすると、シュナは負けないと見ているのでしょう?』


 アリアの言葉に、俺は「まあな」と返した。


 今のシュナは単なるアカデミーの首席ではない。

 魔王討伐を成し遂げた勇者一行の魔法使いだ。


 魔術師であるホークや師匠を除くなら……もはやうちの国の魔法使いに敵はいないだろう。


「終わったら連絡する。安心して待ってろ」


 そう言って俺は、石に込めていた魔力を切った。

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