第47話 勇者一行の魔法使い

 唸りを上げた閃光が、雲に覆われた空を裂いた。


 雷の眩しさで霞んだ視界が徐々にひらけてゆく。


 見えたのは、杖を振り上げたような構えのエリィ。

 そして数メートル先に横たわるシュナの姿だった。


 ——あの距離でシュナが雷鳴を外すはずはない。

 攻撃を受けたんだ。魔法を放つよりも先に。


 読まれていたんだ。ワープで距離を詰める作戦まで。


「魔法の到達点とも呼ばれる、レベル6の魔法。ワープはそのひとつ。

 あなたはそれを10代で実用レベルにまで極めた唯一の魔法使い。


 警戒しない方がおかしいというものでしょう」


 動かなくなったシュナの体を見下ろしながら、深く息を吐き出すエリィ。

 攻撃は完璧に読み切っていた。それでもなお、ギリギリの攻防であったことが彼女の反応から見てとれた。


「いやでも、ワープを撃つタイミングがよくわかったな」


 ワープで背後をとったシュナ。そんな彼女へ瞬時に魔弾をぶち当てたエリィ。

 いくら相手がやろうとしていることがわかっていたとしても、さすがに反応が早すぎる。


 そんな俺の疑問に、「3秒間」とエリィは端的に答えた。


「シュナのワープは、魔力を溜めた場所から3秒間動かないことが発動の条件。

 ワープの直前……あの子は雷鳴で注意を逸らしながら、軸足を一歩も動かさなかった」


 シュナのワープの発動条件。魔力を込めたサークル内に一定期間とどまること。

 確かエリィと同じアカデミーに所属していた時代は4秒を切れなかったはず。3秒に短縮できたのは魔王討伐の直前だ。まさかそんな細かい情報まで知っているとはな。

 

 シュナが残したぬかるみの靴跡に、わずかな魔力が残っている。それを一瞥する姿を見て、改めてエリィが相当の研究をしてきたことがわかった。 

 

「なるほどな。

 じゃあ座標石の設置を雷光で誤魔化しているのも承知の上だったと」


「当たらないとわかっている雷撃を撃ち続ければ相当の魔力を無駄にしてしまう。そんなミスをするじゃないもの」


「大したもんだ。

 何かひとつ違ったなら、俺たちと魔王を倒す旅に出たのは君だったかもな」


 そんな俺の言葉に、エリィは体をぴくりと震わせた。

 

「勇者ジェノブレイド一行に加わる魔法使いの候補は、最終的に二人に絞られたと聞いた。

 シュナとその座を争ったもう一人の候補者とは、君の事だろ」

 

「——その言い方だと、知っているようね。

 魔王討伐を目指す勇者一行の魔法使いとして、私は選ばれなかったことを」


「バカにしているわけじゃない。

 ただ、選ばれたのが君でもおかしくなかった。それほどの実力だと言っているんだ」


 シュナがマジもんの天才であることは、子供の頃から一緒に修行をしてきたからよくわかっている。

 しかしアカデミーには、そんなシュナとトップ争いをしている友人がいると聞いていた。さっきの攻防を見て、その話が眉唾ではなかったことがよくわかった。


 どれだけの努力を重ねれば、同世代の魔法使いがシュナと競うレベルにまで辿り着けるのか。


 凡人の俺には計り知れない領域ですらある。


 ——そんな俺の心情を知ってか知らずか、エリィは「アカデミーの成績と、才能は違うわ」とこぼした。


「私がシュナと並んだのは学校の成績での話。どちらが魔法使いとしての高みに辿り着けるかという話になれば、結果はまるで違うもの。


 勇者一行に加わるかどうかを問われたあの日……私は思い知らされた。

 私は一生、このに追いつけないってことを」




 ◇◇



 

 2年前。魔法学院の学長室。

 学長はシュナと私にこう切り出した。

 

「先代の勇者一行が魔王軍に敗れ、新しく結成された討伐隊が優秀な魔法使いを探しています。

 枠は1名のみ。


 シュナ。そしてエリィ。

 私はあなたたち二人のうち、どちらかを推薦しようと考えています」


 先代の勇者は魔王軍の一角を崩すことに成功、しかしその過程で勇者をはじめ戦力の大半を失う結果になったと新聞で読んだ。


 そして新しく勇者となった男、ジェノブレイドが後任として魔王の討伐に旅立つのだという。


「あなた方も知っての通り……先の戦いでは名のある魔法使いが大勢、命を落としました」

 

 学長の言葉を聞いて、私の感情は悲しみよりも戦慄が上回ったのを覚えている。


 亡くなった討伐隊のメンバーは全員が名の知れた実力者。殺したって死ぬイメージが湧かないような人たちばかりだった。魔術師である、あのホーク=バロンでさえ重傷を負って病院に運ばれたと聞いていた。


「本当は、まだ14才のあなたたちを戦場に送りたくはありません。


 しかしエリィ。あなたの母君、スカーレットは病に伏し、シュナの父君、ゼルクは王都防衛から動けない。他の者もそれぞれの持ち場で手一杯の状況で、もはやあなたたち二人の他に腕の立つ魔法使いが残っていないのです」


 そう言って、生徒である私たちに頭を下げる学長。初めて見る姿に私は息を呑んだ。


 誰かがやらなくてはいけない任務。

 勇者と共に戦うという名誉。


 わかっているはずなのに、膝の震えを堪えるので精一杯だった。


「二人とも一晩、考えてきてください。

 命の賭かった任務ですから」


 そう言って学長が椅子を立とうとしたその時だ。




 

「私にやらせてください」



 


 隣から聞こえた声に、私は思わず顔を上げた。


 そこには凛とした表情かおで右手を挙げるシュナの姿があった。


「——勇者ジェノブレイドと一緒とはいえ、魔王との戦いです。

 怖くはないのですか? やるのは自分じゃなくてもいいとは思いませんか」


 そんな学長の問いに、シュナは「怖いです」と即答。

 それでも、いつもの毅然とした声は少しも揺らいでいなかった。

 

「みんなの命が賭かっている。それを救うことができる。

 戦う理由はそれで十分です」


 

 


 

 そう聞いて、真っ先に自分の命を思い浮かべた自分。

 シュナが「やる」と言った瞬間、ほんの少しでも、命が助かると思ってしまった自分。


 魔法使いとしての格に差がついた瞬間だと思い知らされた。


 けれどあの時の私はそれを認めたくなくて。


「待ってください、学長先生。

 ——私とシュナの成績は同等のはず。


 シュナ、私と勝負なさい」


 そのように言い放った。


 人類のために戦いたいだとか、そんな高潔な気持ちなんてなかった。

 ただライバルに置いていかれたくない。その一心から出た言葉だった。


 でも学長はそんな思いを見抜いていたのかもしれない。


「勇者ジェノブレイドからこう言いつかっております。


『もし両者が名乗りを上げた場合は、先に覚悟を決めた方を』と」


 それが本当に勇者の言葉であったのかはわからない。でも私はそれ以上何も言うことができなくなった。




 ◇◇




「——そんな私を見て、シュナがなんて言ったと思う?」


 小雨の中に横たわるシュナへと視線を送るエリィ。戦いの最中でありながら、その目には隠しきれない優しさを帯びていた。


『魔王は勇者殿が倒してくれる。そのサポートは私に任せてくれ。

 エリィにはアカデミーの子供たちを守ってほしいんだ。

 こんな大切なこと、エリィにしか託せない』


 そう発したシュナの声は力強く、温かかった。

 同時に、いつか自分はライバルではいられないほど差をつけられる日がやってくる。エリィはそう確信したのだという。


「……。だから君は最も優れた魔法使いと認めるシュナを選挙で勝たせるため、他の候補者を脱落させる“首狩り魔女”になった、と」


「ええ。あなたたち二人を倒したら、気を失ったシュナだけを選挙本部に放り込む。演説はできなくても、他の候補者がいなければ自動的にシュナの当選が決まるもの」


「動機がそれだけにしては、やり口が過激すぎる。というかまどろっこしいと思うね。

 まだ何か隠してるでしょ」


「それは私が負けたら教えてあげる。

 その前に、この戦いの決着をつけさせてもらうけれど」


 エリィの杖がシュナへと向けられ、魔弾が宙に浮かぶ。トドメの一撃を放つつもりなのだろう。


 その間際だった。

 

『それまでよ。首狩り魔女』


 俺にとっては聞き慣れた声が、雨音の中に割って入った。

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