第46話 詰め合い

 シュナの魔力が解放されたその時、全身の肌が泡立った。


 凄まじく純度の高い魔力。味方でありながら、格の違いに恐怖すら感じる。


 この感覚は魔王や勇者と戦った時以来か?

 

 いや違う。

 あの頃より確実に強くなっている。


 ただでさえ天才だった少女が、数多あまたの死線を超えて化け物に変わった。バロン家のトップ、ホークが現役の魔法使いじゃ最強と言われているが、もはや同格かもしれない。

 

「全く……嫌になるわね」

 

 俺と同じ感想が、エリィの口から漏れた。

 彼女にもわかったようだ。どれほどの相手を前にしているのかを。


 パチパチと静電気のような音を発する杖の先端が、エリィの体へと向けられる。


 

 轟け、雷鳴


 

 シュナの唇が小さく動いた。かと思うと、視界は目の眩むような光に覆われた。


 そして追いかけるようにして響いた轟音。

 ——何が起きたのかを理解したのは、エリィの後方にある樹木が炎を纏ってぜた瞬間だった。


 雷を生み出す魔法、雷鳴サンダーボルト

 相手が生身の人間であるなら、ほぼ間違いなく意識を刈り取るシュナの奥義。それが放たれたのだ。


 エリィは顔色を変えながらも、口元に笑みを浮かべた。おそらくこの初撃が外れた……いや、かわせたことへの安堵と見えた。

 

 まともに当たれば一撃で勝負を決する“雷鳴“だが、その弱点は命中率にある。放たれた雷は空気や湿度の状態によってジグザグにとんでいくため、敵との距離があるほど命中が不安定になる。


 雷を確実に命中させることのできないギリギリの距離。エリィはそれを保った上でシュナと対峙していたのだろう。


 もちろんそんな弱点があるのは百も承知のシュナ。すぐさまエリィとの距離を詰めにかかる。

 しかし一定のラインが迫ると、彼女の足が止まった。


 攻撃的な構えから一転し、体を覆うように結界バリアを展開する。そして鳴り響く殴打のような音。

 それが聞こえてようやくわかった。エリィの“見えない魔弾“が、距離を詰めようとするシュナの行手ゆくてを阻んだのだ。


「——これは厄介だな」

 

 思わず呟きが漏れた。

 魔弾の威力に対してではない。エリィの徹底的なまでのに、だ。


 雷鳴は魔法の中でも最高峰を誇る威力とスピードだ。その反面、遠距離の命中率が低く魔力の消費が大きい。

 そのため命中の不安定さを接近によって補う必要があるのだが、そこを完璧に対策されているのが今のやり取りでわかった。


 シュナの前進を阻んだあの魔弾の操作。一朝一夕で身につけた動きじゃない。

 何年もかけて骨身に刻み込んできたのだろう。


 天才と認めるライバルを本気で倒す時の為。


 今、この瞬間の為に。


「……魔弾に完璧な透過ステルスをかけた上での、あの数、あの威力。魔法学院アカデミーの頃とは見違えるほどの魔法じゃないか。

 わかっていたけど、やっぱりすごい。

 どれほどの研鑽を積んできたのだ。エリィ」


 惜しみのない宿敵からの賞賛に、エリィは「当然でしょう」とぶっきらぼうに応じた。


「あなたを倒そうというのだもの。血が滲む程度の努力じゃとても足りない。そのつもりで今日まで修行をしてきたつもりよ。

 ——けれどそれが間違いじゃなかったことは、今のでよく分かったわ」


 そう言いながら、エリィは結界の向こうに透けて見えるシュナの身体に目を凝らした。


「あれだけ撃たれて、傷の一つもついていない。見えないはずの魔弾が完璧に防がれた。

 おそらくシュナ。あなたは周囲を静電気で覆うことで、魔弾の接近を捉えたということでしょう」


 体を包む魔力に静電気を纏わせる。そして接近する魔弾を、音と電気刺激によって察知する。

 

 言うなれば“雷鳴”を応用したセンサーだ。この技を使ったシュナに、見えない魔弾の不意打ちは通じない。


「ただでさえ雷鳴は調節の難しい魔法のはずなのに……全く、これだからあなたは」


 エリィがそう吐き捨てるのと同時に、周囲に魔弾を浮かばせる。

 そして再び攻防が始まる。


 杖に雷を纏わせ、距離を詰めようとするシュナ。

 魔弾を駆使してシュナの接近を阻むエリィ。

 

 互いに一手のミスも許されない、まるで詰将棋のような戦い。そんな印象だ。


 ——戦局はほぼ互角。わずかにエリィが優勢か?


 二人のやりとりを見ながら、俺はそんな印象を受けた。


 シュナは積極的に攻め込んではいるが、あと一歩の距離が縮められない。時々、牽制の雷を放ってはいるものの、当たるような感じじゃない。

 

 シュナの雷がエリィの爪先数センチの地面に外れた。惜しいように見えるが、今のも射程範囲の外からの一撃。二人の距離はエリィによって完璧にコントロールされている。


 このまま続けば、消費の激しい魔法を撃っているシュナの方が先に魔力切れを起こす。

 おそらくエリィもそれを狙っている。


 どうするよ。シュナ。


 そんなことを思いながら、戦う少女の横顔に視線を送る。

 当たる様子のない攻撃を放ちながら……シュナの表情は驚くほど冷静だった。余計な心配だとでも言わんばかりに。


 あれは何か考えがある時の顔だ。けど一体何を。





 ——。

 ん?

 




 

 目の前にいたはずのシュナ。

 まばたきを挟むと、その姿が無くなっていた。


 そして鳴り響く、地鳴りのような轟音。音の方向にシュナの姿を見つけたのは、エリィが彼女の背後を振り返ったのとほぼ同時だった。


 そこには杖に魔力を溜めたシュナの姿。足元には白い石が光っていた。


 あれは座標石。

 ワープの出口を発生させる石。


 そしてようやく理解した。シュナが当たらない雷を乱発していた意図を。


「——雷はただの目眩し。

 放り投げた座標石に気づかせない為のカムフラージュ。


 本当の狙いは、ワープで一気に距離を詰めることだったのか」


 呟きと同時。シュナの杖から、一撃必殺の雷が放たれた。

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