第45話 動機

「意外とあっさり白状するんだな」


「あら。往生際の悪い姿をお望みだった?」


「それはどうでもいいけど、君が何を考えているかわからん」


 そんなことを言いながら、俺は背を向けている建物を一瞥した。


「選挙で最も君と拮抗しているのはシュナだ。

 だったらシュナこそ、真っ先に消すべき相手のはずだろう。


 それに、ついさっきまでシュナは選挙を放り出して、君を探しに行きかねない状況だった。

 放っておけば勝手に失格になっていたかもしれない。


 だからそんなタイミングで、君が姿を見せるのはおかしいと言ったんだ」


 そう。残る問題はそこだ。


 候補者を闇討ちすることで選挙を有利にする。それが事件の動機だと思っていた。


 しかしシュナだけは一度も襲われていない。

 どんな狙いがあるのか最後までわからなかった。


「エリィが透過ステルスを使えることはシュナも知らなかった。

 実力はライバル同士でも、不意打ちなら容易に倒せたはず。

 森で俺を襲った時みたいにな」


 話をしながら、エリィの表情を観察する。真意を覗く。

 このおしゃべりはそういう時間だ。


 事件の全貌は見えても、犯人の狙いがわからない。

 こればっかりは相手の口から聞き出すしかない。


 犯人の前で推理を披露するなんて、物語の探偵みたいなマネをしているのもそのためだ。

 

「どうしてシュナを襲わなかった?」


 そんな問いに、エリィはうっすら微笑んだ。


「襲ったら事件を起こした意味がなくなってしまうでしょう。


 私の目的は自分が選挙に勝つことじゃない。

 シュナが選挙に勝つことなのだから」


 ——。


 は?


 思わず口が開いてしまった。


「他の候補者が全員脱落すれば、選挙をするまでもなくシュナが当選する。

 私の狙いはそれだけだった。


 シュナが立候補を表明した翌日に、行動を起こしたのもそのためよ」


「わ、私を当選させるため? どうしてそんなことを」


 当然の疑問をシュナが口にする。エリィは肩をすくめると、


「何から何まで、聞けば答えが返ってくると思っているの?

 このバカ正直さん」


 と、シュナに杖を向けた。


「とにかく私の狙いはシュナ。あなたが当選すること。

 私は会場に行くつもりはないから、1時間後には失格になる。


 そうすれば自動的にシュナの当選が決まる。

 それはあなたたちにとっても望むところでしょう?」


「——どうだかな。候補者は俺ら以外にも、イヴとドリーがいる。

 確実に当選するとは限らんだろ」


「二人は会場に来ない。

 いいえ、


 言葉と共にエリィの視線が動く。それを追うと、少し離れた木陰に人間の影を見つけた。


 それは鎖で体を縛られた、イヴとドリーの姿だった。


「殺してはいない。けれど強めの薬を使ったから、半日は目覚めないでしょうね」


「……。

 おいおいお姉ちゃん。可愛い妹になんてことすんだよ」


「“振るう魔法に誇りを”


 私たちフローレンス姉妹は互いに誇りを掲げて戦った。そしてイヴは私に敗れた。


 それだけのことよ」


 起伏のない口調トーン。しかし口にした瞬間、わずかにエリィは意識を失っているイヴから視線を逸らした。


 感情を断ち切るような仕草に見えた。


「——ともかく、シュナを除いて残る候補者はクード。あなた一人。

 あなたを倒せばシュナの当選を阻む者はいなくなる。


 少し眠っていただくわ」


 俺なんか放っておいてもシュナの当選には変わらんだろ……そんな悪態をつく間もなく、俺の身体は吹っ飛ばされた。


 それから後を追うように広がる鈍い痛み。それでやっと、腹に攻撃を受けたのだと理解した。


 透明の攻撃。魔弾ショット透化ステルスの複合技。


 森で戦った時にも思ったが、普通に厄介な攻撃だ。相性が悪い。


 さてどうしたもんか……そう思っていると。 

 

「下がっているんだ。クード」


 俺の思考を遮ったのは、いつもより低いシュナの声だった。

 

「先日の傷もまだ痛むだろう。今度こそ、私に任せておけ」


 杖を構え、エリィへと視線を移すシュナ。その表情から先ほどまでの動揺は消えていた。


 覚悟を決めた時の。スイッチが入った時の眼をしていた。


「あんなに大切にしていた妹を傷つけてまで、叶えたい望みが今のエリィにはあるのだろう。

 それが私を当選させることにどう繋がるのかは正直わからない」


 だが……。とシュナが続ける。


「どんな事情があれど、今のエリィがしようとしていることが皆の幸せにつながるとは思えない。

 人の正義に口を出せるほど、私は出来た魔法使いではない。

 それでも、目の前で傷ついている誰かがいるのを、見過ごすことはできない」


 その声はいつも通り、毅然としていた。


 首狩り魔女の正体を知ってなお、わずかな気おくれもなかった。


 真実を知れば迷いが出ると思っていたが……余計なお世話だったか。


「——クード」


「いいぜ、シュナ。好きにやれよ」


 そしてちょっとしたアドバイスを耳打ちする。

 シュナは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、俺は構わず親指を立てて送り出した。


 もはやこの衝突が選挙にどう繋がるのかなんてわからん。

 ただ信じた仲間が腹を括ったのなら、それを見守るだけだ。


 俺のノリにシュナは目を細めると、杖を両手で握った。


 シュナの魔力が俺たちの周囲を覆い尽くした。

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