第44話 証拠
「違和感がハッキリしたのは、アレクの森でイヴとやり合った時だ」
そう言って俺は指に巻いた包帯を見せた。
イヴに決着の一撃を入れようとした矢先に入った横槍。
エリィの
「あの時、シュナには邪魔が入らないように君の監視を頼んでいた。
にもかかわらず、シュナは君が攻撃を放ったことにすら気づくことができなかった。
そりゃそうだ。
君の放った
エリィの
普通に放っていたのなら、技を見慣れているはずのシュナが反応さえできないなんておかしい。
その時に気がついた。
エリィの技には、なんらかのトリックが仕掛けられていると。
「君は自分の技を見えなくできる。
そう考えるならもう一つの仮説が浮かぶ。
自分の姿も消すことができるという仮説だ。
直前に戦った首狩り魔女。あいつは俺をタコ殴りにしてくれたが、それは瞬間移動による攻撃だと思っていた。
しかし本当は違った。
つまり首狩り魔女ってのは、“生きている生首の謎“から“瞬間移動”まで、
「——首から下を透明にすれば、生首に見える、と。
面白い仮説を考えたのね。
けれどクード。それをやったのがどうして私だと?」
ようやく口を開いたエリィ。
問い詰められている形だが、その口調に動揺は見られない。
しかし。
「君はアレクの森で俺に言ったよな。
『魔法の前には誠実であれ。
あなたたちアークライドの教えでしょう?』と。
どうして俺がアークライドの門下だったことを知っている?」
俺の指摘に、はじめてエリィの表情が強張った。
「シュナも含めて、アークライドでは自分以外の門下生の情報について話すことはない。
情報が漏れるとしたら本人の口からだ。
俺はエリィ。君にアークライドの門下であった過去を話したことはないはずだが?」
「——。
それはイヴから聞いて」
「いいや。それはないね」
俺は即座に首を横に振った。
「確かに最近だと、俺はイヴにその事実を話している。
しかし彼女が、その話を君に伝えるタイミングはおそらくなかった。
だってイヴは君に『余計なことはするな』と詰められていた。
裏工作によって知り得た情報を、事細かに伝える機会は与えられなかったはず。
だったら他に重要な情報はいくらでもある。
なのにイヴが、そんなどうでもいい事実だけピックアップして話すわけないだろ。
ならどうして君が俺の話したことを知っているのか」
俺の脳裏に、イヴと話していたシーンが浮かぶ。
喫茶店の奥の個室。
マスターによって閉められた扉。
外からは話を聞かれることのない密室。
二人きりだと思っていたあの部屋の中。
「俺とイヴが会話していたすぐそばに、
そして俺たちの会話を盗み聞きしていた。
知り得ないはずの情報を、君が口走ってしまったのはそのためだ」
——今にして思えば、監視の気配は感じるのに、視線の主を特定できない場面がやたらとあった。
それは視線の主が
いくら神経を尖らせても気づけないって寸法だ。
そんな俺の指摘に、エリィは小さなため息をついた。
「面白い話ね。つい最後まで聞いてしまったわ。
けれど、クード。どれもあなたの想像にすぎないのではなくて?
私がネイキッドやジュースティアをやったという証拠。
私が
それがない限り、犯人呼ばわりも失礼な話。
シュナ。あなたもそう思うでしょう?」
俺に定まっていたエリィの視線がシュナへと移る。
シュナとしては友達を信じたいところだろう。
彼女の性格から言っても、エリィの肩を持ってもおかしくない。
だが少し目を伏せたのち、シュナは顔を上げて言った。
「クードは根拠もなく人を疑うような男ではない」
と。
「——エリィが首狩り魔女だという明確な証拠を掴んでいる。
そうなのだろう。クード」
首狩り魔女の正体が、自分の友人。
受け入れたくない感情を押し殺すような——毅然とした声。
シュナの問いに、俺は深く頷いた。
「証拠はある。なくなったエリィの右腕に」
ローブに隠れている、エリィの失われたはずの右腕を俺は指した。
「首狩り魔女事件——最大の謎は、最初からあった。
どうしてネイキッドを殺さなかったのかという謎だ。
あれはネイキッドの魔法、
首狩り魔女はネイキッドとの戦闘のさなか、その紋を体の一部に受けてしまったんだ。
おそらくは杖を握っていた右腕に。
だから殺せなくなった。
そして、ネイキッドによってつけられた紋を誰にも見られないようにする必要ができた。
だから右腕をなくした……いや、隠した。
事件の始まり。
首狩り魔女によるネイキッドの襲撃。
エリィはネイキッドを倒した。
しかし戦闘中に右腕に紋をつけられてしまった。
最初は殺す算段だったのだろう。
しかし殺せば遺紋が発動する。自分の体が破壊されてしまう。
だがそこで彼女は気がついたのだ。
「選挙に勝つためには、ライバルは死んだことにしたい。
でも殺せば遺紋が発動し、下手したら自分が死んでしまうかもしれない。
そんな状況を
ネイキッドの首から下と、紋のついた自分の右腕を隠すことによって。
——エリィ。俺の推理が間違っているのなら、触れさせてくれ。その右肩の先に」
本当に彼女が右腕を失っていたら、俺の推理は見当違いということになる。
けどもし彼女が右腕を隠しているのだとすれば——。
息の詰まるような沈黙が流れる。
それがどれだけ続いたことだろう。
わからないが、固まった空気を動かしたのは、エリィの小さな呟きだった。
「隠し事はできないものね」
そう言ってエリィは杖を右手に持ち替えた。
その手の甲には、敗北の間際にネイキッドの残した“
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