第43話 首狩り魔女は君だ
投票日。時刻は午前7時。
俺は一人、集合場所の礼拝堂を訪れた。
説明会で告げられた集合時間まであと2時間。
他の候補者たちの姿はまだ見当たらない。
外が小雨だったせいだろう。ステンドグラスから差し込む光は、ぼんやりと鈍かった。
無人のホールを歩くと、靴音に混じって、微かに雨の音が聞こえる。
俺が一番乗りか?
……。そういうわけでもなさそうだな。
出入り口の絨毯に触れると、微かに湿り気を感じた。
濡れた靴で踏んだ痕跡。俺の前に誰かが来たんだ。
しかし姿は見当たらない。となると。
ソイツは一度ここに来てホールを出た。
もしくはホールのどこかに潜んでいる。
この二択しかない。
首狩り魔女はおそらく透明になる魔法、
見晴らしの良いホールでも容易に潜むことができるだろう。
不意をつかれたら嫌だな。
いるかいないかは確かめといた方が良さそうだ。
俺は背負った鞄から発煙筒を取り出した。
導火線のように伸びている紐を引っ張り、ホールの中央に向かって投げ入れる。
発煙筒から噴き出た煙は、瞬く間に視界を曇らせていった。
中身は単なる小麦粉。ただし少々の刺激臭を染み込ませてある。
この煙が安全なものかどうかは俺にしかわからない。
誰かが潜んでいるのなら、一目散に出入り口に向かって走るはず。
煙が充満しても、足音らしき音は聞こえてこなかった。
誰かが潜んでいることはないらしい。
となれば、俺より先にきた“誰か”はこの会場を離れている。
まぁ……忘れ物をとりに帰ったなんてオチはないわな。
視界の晴れてきたホールを探って回ると、お目当てのものはすぐに見つけることができた。
一番端の椅子の下に仕掛けられた声紋石。すでに魔力が込められており、通信状態になっている。
つまりは盗聴器だ。
先に会場へ来ておいてよかった。そのために立候補したわけだしな。
ここには選挙の関係者しか入れない。
不気味な小細工を排除できたなら、わざわざ手続きをした甲斐があったというものだ。
しかし仕掛けたのは首狩り魔女か? それとも別の誰か?
わからないが他にもあるかもしれないな。
盗聴機能を発揮する石を砕き、俺は会場の探索を始めた。
会場周りを探索すると、他にもいくつかの小細工を見つけることができた。
ひとつ見つけた時点で他にもあると思っていたので、それは別にいいとしよう。
しかし不思議なのは、他の候補者たちが一向に姿を見せないことだった。
集合時間まであと1時間。気の早いやつならいてもおかしくない時間だ。
誰も来ないなんてことあるか?
会場を出ると、ようやく一人の候補者を見つけることができた。
傘をさしたシュナが、敷地の門の前で立っていた。
「よお、シュナ。何やってんの?」
雨降ってるんだから建物に入ればいいのに。そんな意味で声をかけたのだが、シュナは「エリィが来ないんだ」と周囲を見渡しながら口にした。
「エリィは昔から私と何かを競う時、まるで迎えうつように、必ず先に現場に来ていたんだ。
多分そういうポリシーなんだと思う。
しかしまだ姿を見せない。
もしかして、エリィまで首狩り魔女にやられたのではないかと心配になったんだ」
……。
この期に及んで人の心配かい。
「来ないなら来ないでラッキーじゃねえの?
おそらく選挙で最大のライバルになるのはエリィだ」
「もしエリィに何かあったのなら、選挙どころではないだろう。
助けにいかなくては」
「おいおい。一時間後に会場にいなければ失格だぞ。こっちが不戦敗になる」
「友達を見捨ててまで欲しい勝利などない」
言い切ったシュナ。このままでは本当に探しにいきかねない勢いだ。
「大丈夫だ。エリィが首狩り魔女にやられているなんてことはない」
「どうしてそんなことが言える?」
シュナがじっと俺を見据える。
探るような感じではない。
自分から話すのを待っているような表情だ。
そんな沈黙のさなか。
飛び込んできたのは話題の渦中にある人物の声だった。
「噂話なら、本人のいないところでしてくださる?」
シュナの背中の向こうに見えたのはエリィの姿だった。
「エリィ! 無事だったのだな!」
「無事? またよくわからないことを言って。
あなたの頭こそ大丈夫なのかしら」
「その返し……いつものエリィだ。よかったよかった!」
「——。
もうこれは煽られていると思っていいかしら?」
苛立ちをにじませるエリィだったが、シュナの表情は晴れやかだった。
心の底からホッとした表情。
本気で心配していたのだろう。
それに対して。
俺の背中には冷たいものが走った。
選挙の直前にエリィとシュナが顔を合わせる。
このパターンは俺の予想に入っていなかった。
どうしてエリィは俺たちの前に姿を見せた?
「何を企んでいる。エリィ=フローレンス」
俺の口から出た、突然の詰問。
隣でシュナが目を丸くしている。
一方のエリィは表情ひとつ変えずに視線を俺に移した。
「企んでいる……。
どういう意味かしら。クード」
「このタイミングで、君が俺たちの前に姿を現す理由がない」
手元の時計に視線を落とす。
集合時間まで1時間を切っている。
今が最後のチャンスだったはずだ。
首狩り魔女にとって。
シュナと俺の首を落とすつもりだったなら。
「エリィ=フローレンス。
首狩り魔女の正体は君だからな」
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