第42話 それともわ・た・し?

 投票日前日。俺とシュナは、仲介所で受けた最後のミッションに向かった。


 内容は魔石の採集。より純度の高い魔石を見つけ出すこと。


 向かったのは河原に面した鉱山だった。魔法使いとして日常的に魔石に触れているシュナは、適当にかき集めた原石の中から、依頼のレベルに達した石をすぐに見つけ出した。


「え、まじでこれで終わり?」

「うん。手にした感じ、こっちに集めた石はよく魔力が馴染む。

 満足してもらえると思う」


 傍目にはどれもただの石ころだ。しかしシュナの感覚では違うらしい。

 到着して一時間もかからずに任務は終了してしまった。


「それにしても、誰の邪魔も入らなかったな。クード」 


 シュナは流木に腰を下ろして言った。

 聞こえるのは川のせせらぎと小鳥のさえずり。俺たちの他に人の気配はない。


「ひとけのない場所にいれば、首狩り魔女は私を狙ってくると思っていたのだが」


 首を傾げるシュナ。


 それはそうだろう。ネイキッドとジュースティアは消された。俺も場合によってはやられていた。

 しかしシュナには選挙前日の今日に至るまで、何も仕掛けてきていない。


 そこにどんな意図があるのか。疑問に思っているようだ。


「このまま行けば、何事もなく選挙を迎えることになってしまいそうだ」


「何事もないなら、それに越したことないだろ。

 票もかなり拮抗してきたことだし」


 俺は4日前に調べた、最新の投票予想を思い返した。



 投票予想 ※()は前回からの増減


 エリィ=フローレンス 約41%(+2%) 

 シュナ=アークライド 約38%(+18%)

 イヴ=フローレンス  約12%(−5%)

 ドリー=バロン    約7%(−6%)

 ネイキッド=バロン  約1%(−6%)

 クード=ジル=バート 約1%(前回未調査)

 ジュースティア=バロン約0%(−2%)



 バロンは直前になってもネイキッドたちが見つからない状況。

 当主のホークが動かない様子もあって、票はほとんど他の候補に流れていた。


 そんなバロンは、選挙の前からフローレンスと対立関係にある。

 そのためだろう。シュナはここにきて、流れたバロンの票の受け皿となっていた。


 ちなみに魔法使いとしての実績ゼロの俺は、もちろん全く期待されていなかった。

 つーか誰だよ。俺に入れるつもりの1%の連中。


 まあそれはどうでもいいけどさ。


「何事もなければ、普通にエリィと選挙で競える。

 それはシュナも望むところだろ?」


「うーん、どこか釈然としないところだが……。しかし気にしても仕方がないのだろうな。

 よし。何か楽しいことを考えよう!」


 おぉ。鮮やかな切り替え。


 パッと晴れやかな表情になったシュナに、つい感心してしまった。

 選挙は明日だ。リラックスしてるくらいの方がいい。


「そうだ。このあたりは魔石の他にも、キレイな石がたくさん採れるそうだ。

 クード。どちらがたくさん採れるか、競争しないか?」


「お子様か」


「とれたものはアカデミーの子供たちにでも贈ればいいだろう。

 クードの姪っ子や甥っ子も喜ぶのではないか?」


「いやそんなのいないし」


 俺の返事に、シュナは首を傾げた。


「あれ? でもクード、甥っ子や姪っ子の世話が忙しいとか言っていた時がなかったか?」


「ああ。それ架空の親戚」


「なんでそんな嘘をつくんだ……」


 シュナの呆れた顔を見て、そういえばそんなことも言ったなぁと思い出した。


 シュナの家で修行をしていた頃。忙しかった師匠やシュナの母さんは家を空けなければならない時があった。


 アークライド家にはお手伝いさんもいたけど、何度かシュナの両親から「シュナが心配だから泊まっていってほしい」と頼まれたのだ。


 いやチャラ男の俺がひとつ屋根の下にいたら、それが一番危ないだろ。

 そう思ったので適当な嘘をついて断っていたのだ。


「やけに親戚が多いと思っていたんだ……。

 思い返せばクードは葬式があると言って出ていくことも多かった」


「じいさんの葬式なんか3回くらいあったな。架空の葬式。

 まだ生きてるけどな」


「全く、いい加減なことばかり言って。

 クードの奥さんになる人は苦労するだろうな。目に浮かぶようだ」


 お。いじってきた。シュナのくせに生意気な。


 ここは一つわからせてやらねばなるまい。キャラの立ち位置というものを。


「シュナの言うとおりだ。将来の嫁に苦労をかけないようシュミレーションがいるかもな。

 というわけで、シュナが嫁役な」

「な……! わ、わわ私がクードのよ、嫁っ!?」


「——ただいま。今日も一日疲れたよ」

「もう始まっているのか!?」


 俺がネクタイを緩めるような仕草をすると、シュナは流されるように「お、お帰りなさい。あなた」と小さくお辞儀をした。

 意外に貞淑な妻の感じだ。


「ふう。腹が減ったな」

「お仕事お疲れ様……でした。お食事になさいますか」


 シュナの手料理か……。シュミレーションとはいえ覚悟がいるな。

 俺は首を横に振った。


「いや、メシは後でいい。

 ……」

「……」


「ご飯になさいますか。からの?」

「からの?

 ——あ。それとも、お風呂になさいますか?」


「いや、フロも後でいい。

 からの?」

「からの?」


「ご飯になさいますか? お風呂になさいますか?

 それとも……?」

「それとも?

 ——あ……っ」


 裏返った声をあげるシュナ。みるみる顔が赤くなっていく。

 

「それとも、何? 言ってごらん。シュナ」

「そ、それとも……わ、わた……

 ——わたし……?」


 シュナの声は今にも消え入りそうだった。

 上目遣いの視線が潤んでいる。泣きそうなくらい恥ずかしいのだろう。

 

「……」

「な、なんとか言ってほしいんだ。クード。

 せっかく勇気を出して言ったのだから……」


 もじもじしながらシュナが口を尖らせる。

 非難と、ほんの少しの期待が入り混じったような声色。つい聞き入ってしまった。


 思った以上のかわいさだ。


「——いやシュナ、クオリティたけーな!

 なんていうか絶妙な新妻にいづま感だったぞ」

「に、にいづま感? よくわからないが褒められているのか?」


「もちろんだ。これならいつでも嫁にいけるな(※料理に目をつぶれば)」

「そうなのか?

 えへへ、嬉しいな。


 ……。







 っていきなり何をやらせるんだッッ!!!!!!!!」


 我にかえったようにシュナは叫んだ。

 杖のフルスイングが俺の目の前をかすめる。


 うわ……避けなかったら顔潰れてたな。

 まじで怒ってるらしい。


「次から次へと歯の浮くようなセリフを言わせて……!

 乙女の純情をなんだと思っているんだッ!」

「ごめんごめん。思った以上にあっさり小芝居に乗っかってくれたからさ」


「このまま続けていたら、だ、抱かれているところだったぞ!?」

「乗せられやすいにも程があるだろ」


 というか思い込みやすいタイプなんだろうな。根がまっすぐなだけに。

 悪い男に騙されないか心配だ。


「けどホント、ちょっと危なっかしい感じだったぞ。

 男とこういうやりとりするときは気をつけた方がいいかもな」

「ふん! 余計なお世話だ!

 クード以外の男性とそんなことをするわけないだろう」


 その言い方も気をつけような。男をその気にさせかねない。


 そんなやりとりを挟んで、俺はシュナの「宝石探し」に付き合った。

 競争と言い出しただけに、シュナは張り切ってキレイな石を袋に詰めていた。


 明日が選挙の本番。それでもシュナの表情は溌剌はつらつとしているっていうか、とても自然体だった。


 いい感じに見える。いつか師匠も言ってたしな。


『シュナにクード。君たちの力は確かだ。

 だからこそ、その力を十分に発揮できるよう、心を整えることがとても大切だ。

 それも大事な準備の一つなんだよ』


 大一番の前にこそいつも通りであれ。

 そんなことをシュナも意識しているのかもしれない。


 同じ師匠の元で育ってきたせいだろうか。

 魔王討伐の旅で何度も生死を共にしたせいだろうか。


 シュナの心のうちは、なんとなくわかるような気がする。


 だとしたら……シュナの側もそうかもしれない。

 水面に映る自分の顔を見て、両頬を叩いた。


 普段通りを顔つき。

 胸のうちにあるものをシュナに見抜かれてはいないだろうか。

 


 俺には首狩り魔女の正体がわかっている。

 わかっていながらシュナには話していない。



 シュナがどう受け止めるかわからないから。

 大事な日を前に、心を乱すような真似はしたくないからだ。

 

 明日は投票の前に、有権者に向けた最終演説がある。

 そこでシュナが自分らしさを出せたらそれでいい。


 実力だけじゃない。シュナの人柄が、信念の強さが。

 他の魔法使いにはないものだと、きっと伝わるはずだ。


 ——首狩り魔女の問題も無視はできないが、今はそれより大事なことがある。


 俺は川底から一つの石を拾った。

 川岸ではシュナが、石を袋いっぱいに詰めて待っていた。


「見てくれクード! こんなにいっぱい集まったんだ。

 これならたくさんの子に喜んでもらえるな!」

 

 キラキラした石を見せながら顔を綻ばせるシュナ。

 競争のくだりはもう忘れているっぽかった。


「あれ? クードはそれ一つだけなのか?」

「ああ。こだわってたら一つしか見つけられなかった」


「すごく綺麗な赤色だ。というよりもこれはもう宝石のレベルではないか。

 そこまで立派なものでなくても……」

「だから、これはシュナに」


 そう言って石をシュナの手に置いてやる。

 白い手に、透き通った赤色の光が映えて見えた。


「明日は大事な日だろ。景気づけだ」


 俺の声が耳に入っているのかいないのか。シュナは黙って石を見つめた。

 彼女の目に映る石。

 燃えるような赤色も、透き通った輝きも、彼女の瞳によく似ていた。


「売ればそれなりの値がつくと思うぞ」

「——そんなことはしない。

 ずっと大切にする」


 そう呟くと、シュナは両手で石をきゅっと握った。

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