第41話 その覚悟の裏側に
最高の魔法使いは誰か。本来、その問いに解を見出すのは難しい。
難度の高い魔法を操る者か。輝かしい実績を残した者か。
語る者によって定義が異なる。だから何をもって“最高”とするか。
それは一概に決めることなどできない話。
師匠はそう語ったのち「……スカーレット=フローレンスがその才を見せつけるまでは」と付け足した。
「スカーレットはもともと優秀な魔法使いだった。しかし晩節の彼女は、優秀なんて言葉では片付けられない力をもっていた。
魔法の分類における最高難度。LV6。
彼女はある出来事の際に、LV6の魔法を3つも使ってみせたのだ。
これは魔法使いの歴史上、類のないことだったよ。並の魔法使いでは、人生を十周してもたどり着けない領域と言っていい。
何より強烈だったのは……」
師匠は机上の紙に簡単な年表を記しながら、ある年にペン先を置いた。
魔王と戦争をやってたラストの年だ。時期は勇者が魔王を殺す半年前。
魔王軍の分隊が、勇者のいない王都を急襲した出来事。
“第二次王都防衛戦“があった時期と重なる。
「第二次王都防衛戦。城下町に奇襲をかけてきた魔王軍との戦いはクードも知っているね。
あの戦いの頃……すでにスカーレットは不治の病に侵されていた。
病室から一歩も出ることのできない病状だった。
そんな最中だった。王宮へ攻め入ろうとする大軍を前に、彼女は杖を握って病室の窓を開けた。
そして誰にも見せたことのないLV6の魔法を連発した。
結果として、病室に篭ったまま魔王軍の1/6をスカーレット一人で撃破している」
それはさすがに都市伝説じゃないですか?
と茶化すように言ったが、師匠は「私もこの目で見ていなければそう思っただろうね」と困ったような表情で言った。
「私も修練を積んできたつもりだったが、あの時のスカーレットは同じ魔法使いとは思えなかった。
敵の軍を退けた後に私は問い詰めたよ。病魔に侵されながら、いつの間にあんな魔法を身につけられたのかと。
彼女は答えなかった。ただ『今日の出来事はあなたの胸にしまっておいて』とだけ言われた。
それっきり彼女があの時の魔法を使うことはなかったよ。
——この事実は私だけではなく、他に数人の魔法使いと看護師が知っている。
しかし広まってはいないね」
……。そりゃあ普通の魔法使いや看護師が言っても信じないだろうよ。話の規模がデカすぎる。
王都防衛戦の敵1/6を一人で……って、下手したら勇者クラスに強いんじゃないのか?
そんなことを言ったら師匠は「二人とも種類の違うバケモノだから比べられないね」と言って笑った。
笑えてくるほどのバケモノってことなんだろうな。両方とも。
「とにかく私の言いたいことは、レベルの高い魔法を人知れず極めることが可能な人物もいるということだよ。少なくともスカーレット=フローレンスという魔術師がそうだった。
——彼女の娘たちが、その才能を引き継いでいるかはわからないけどね」
思い出話が終わると、最初に口を開いたのは魔王の方だった。
『うわぁ……そんなすごい人がいたのね。病気になってくれててよかったぁ』
心底ホッとした様子だ。
そうじゃなかったら魔王討伐パーティーにいたかもしれないしな。俺が魔王でも同じことを思うだろう。
アリアはというと、「
「スカーレット=フローレンスは史上最高の才能を持つ魔法使いだった。
その娘、エリィとイヴはその才能を受け継いでいる可能性もなくはない。
クードの目から見てどうなの?」
「才能は知らんけど、実際問題……首狩り魔女は二人のうちのどっちかだと思ってるよ」
核心に迫る質問に、俺はそう答えた。
もちろん絞れてはいる。ただはっきりと名前を口にするのは憚られた。
まだわかっていないことが少しだけあるからだ。
例えば動機。二人が犯人なら、アレクの森で俺とシュナを潰さなかったことが気になる。
シュナが現れて首狩り魔女はその場を
少なくともシュナのサポートをしている俺はダメージを負っていた。首狩り魔女にとってはあの場で倒すチャンスだったはずなのに、そうしなかったのには理由があるんだろう。
あえて明言しない俺に、アリアは「いいわ。考えがあるんでしょう」と言って、ティーカップを置いた。
「私も犯人の目星はついている。捜索中のネイキッドかジュースティアが見つかれば、彼らの証言も決め手になるでしょう」
「見つかりそうなのか?」
「捜査局が休みなしで動いているけれど、選挙当日に間に合うかって言われれば微妙ね。
彼らはよくやってくれているわ」
微妙、ってことは選挙当日を待たずしてネイキッドを見つけられる可能性もあるということか。
思った以上に優秀だな。うちの国の捜査局。いや、アリアの頭が加わったことも大きいかもしれない。
ただ間に合わない可能性もあるってことだからそこは覚悟しておくべきだろう。
もう一度、首狩り魔女と対峙する覚悟を。
「かなり考えの整頓ができたわね。そういえば、シュナはどうしているの?
あの子が狙われる可能性は今も十分あるでしょう」
「ん? ああ。今はゼルク師匠といるよ。あの人がついてるなら大丈夫だろ」
「それでも早く行ってあげなさい。今はあの子の
ちょうどその時、俺の持っていた声紋石が光った。
魔力を込めると声の主はシュナだった。
「もしもし。シュナか」
「もしもし、クード。全く、いつになったらうちにくるんだ?
夕飯を用意して待っているのに」
「悪い。ちょっと忙しかった」
「全く、遅くなるなら連絡してほしいんだ」
新婚かい。みたいな感じのやりとりをしながら、横目にアリアの視線を感じた。
にっこり笑って「続けてどうぞ」のジェスチャー。
でも目が笑ってない。
「そうだ。今日のミッションは面白いことがたくさんあったんだ!
また私のベッドで話をしような。この間みたいに。
じゃあ、待っているから」
「ちょい待て。その言い方は誤解を……」
——。切れた。
ついでにキレた感じの空気を感じる。
『ベッドでって言ってたねえ、クードくん。この間みたいにってなあに? もしかしてシュナちゃんとそういう関係になっちゃった?
きゃー!! まったく油断も隙もない男なんだからぁ!
ねえねえ、その話くわしく……』
「あなたは黙っていなさい」
アリアの声(魔王)をアリアの声(本人)がぶった斬る。
「はい……」と一瞬にして黙る魔王。言いたいことは色々あるけど黙る俺。
本当に怖いと何も喋れなくなるのは、魔族も人間も同じようだった。
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