第40話 トリックと種明かし

 首狩り魔女事件。犠牲者の首は落ちているのに、心臓は動いたままという不可解な事件。

 アリアによる推理から、犯人が犠牲者を生かしておいている理由については目星がついた。


 首狩り魔女はネイキッドを殺さないのではなく、殺せない。


 心臓が止まればネイキッドの遺紋が発動してしまう。首狩り魔女はそれを恐れている。

 なんらかの事情で。

  

「——紋のついた、ネイキッドの部屋の金庫。こちらも念のため中身を知りたいところだけれど」


「バロン本家の調査か。

 それをやったら流石に当主のホークが出てくるだろうな。自分ちに入られるわけだし」


 アリアの王族特権を使っても従わせるのは難しそうだ。被害者の立場であるバロン家に、家を捜査されるいわれはない。


 まぁそっちはいいや。首狩り魔女を追い込むにあたっては別の角度から攻めた方が早いだろう。


「ネイキッドを生かしている理由についてはそれでいいとして。

 あとは“首が落ちたのに心臓を動いたままにさせる”という方法だけれど……」


「ああ。そっちのトリックは解決できそうだ。

 リーシャにいろいろ聞いて確証が持てた」


 魔王討伐パーティーの同僚であり、技術者の少女リーシャ。

 彼女から借りてきた小瓶を取り出す。中には薬液が入っている。


 リーシャの発明品“無人くん”

 飲むと透明人間になれる薬だ。


 この薬にはいろいろ問題点があって、今のところ市場には流通していない。


 まずこの薬はいつ効果が切れるかわからない。姿を消すには服を脱がなければならないが、素っ裸の状態で突然効果が切れるような状況がありえる。


 それならまだいいが、さらにまずいのが効果が長すぎた場合だ。リーシャの実験に志願した人間のデータを見ると、その多くが100mlを飲んで、透明になれる時間が2分〜10分のレンジに収まっている。しかし体質の個人差によるものか、あるいは他の要因があるのかわからないが、最長で2日間透明なままになってしまった被験者がいたのだ。


 20人の被験者で最短2分。最長2日。ばらつきが大きすぎる。

 下手したら効果が“一生”になる体質の人だっているかもしれない。


 そんな可能性が排除できておらず、リーシャは世間への発表を見合わせていると言っていた。


「あれ、でもリーシャ。これ、俺とシュナに飲ませようとした時なかったか?」


 その件を尋ねられたリーシャは、無言のままニコッと可愛く笑った。


 いやそんな笑顔じゃ騙されないからな……俺は深く息を吐きながら冷や汗を拭った。 


「——てなわけで、一応この世界には透明になれる手段がある。


 つまりってことだ。


 映像の生首。傷口からの出血が不自然に目立たなかったのも、そういう理由だったんだろう」


「なるほど……。でもこの薬は一般に流通していない。

 それに飲んだら全身が消えてしまうから、トリックに使われたのはこの薬じゃなくて、おそらく同じ効果をもつ魔法」


「え。あの、アリアさん?」


「犯人は、人体の一部を透明にできる魔法の持ち主ということね」


 ——ものを透明にする魔法、透化ステルス。その魔法が今回のトリックのキーポイント。


 犯人はネイキッドとジュースティアの首から下だけを透明にして、生首状態に見せかけたのだ。


 そして透化ステルスの使い手を突き止めれば、犯人を特定することができるのだ!


 ……みたいな感じでビシッと決める心づもりだったが、全部アリアに言い当てられてしまった。


 無人くんの話だけでここまで先読みするかよ。なんなのこいつの推理力。


「そういえばクードに渡されたこの石……声紋石。離れた相手と会話できる石だけれど、魔法でも同じことができると聞いたことがあるわ」


 アリアの言葉に俺は頷いた。 アリアが言っているのは交信コンタクトという魔法のことだ。


 コンタクトは離れた相手に自分の言葉を伝えられる。完成度の高い使い手ならば、コンタクトを使えない相手とも相互に会話ができると聞く。


 もしかしたらこの魔法は、声紋石から着想を得て編み出された魔法なのかもしれない。


 アリアは「魔法や石、道具の繋がりは奥が深いわね」と、光に透かした声紋石を眺めながら言った。


「石や道具でできることを魔法でもできるようにする。魔法でできることを石や道具でもできるようにする。そうやってこの世界は進化を重ねている。

 リーシャから“無人くん”の紹介をされていたのは、大きなヒントになったわね。

 この事件で思い出せたのはお手柄だと思うわ。クード」


「——いやいや、ご謙遜を」


 アリアは俺を立てるような言い方をしたが、実際こんなのは時間がかかったほうだと思う。


 だってアリアは“無人くん“の話を聞いてすぐに俺の出した結論に辿り着いたのだ。

 もしもリーシャに“無人くん”の紹介をされたのがアリアだったなら、最初の時点でトリックを見破った可能性すらある。


「さすがは次期王女。頭がキレるな。この国の未来も安心だ」


「国民に信頼されてこその王女よ。人々の心に届かなければ、どんな言葉も意味を成さないもの。

 私はまだまだね」


 サラッとそんなことを言うアリア。謙遜ではなく自然に口から出た言葉。


 そういうとこだよ。国を任せられるって言ったのも。


 尊敬してるとこもさ。


「なに? 人の顔をじっとみて」


「いやいや。なんでもないですよ」


 俺の言い方にアリアは訝しげな表情を浮かべた。


 しかし無駄口を叩いていられるほど暇ではないと判断したのだろう。「でも実際問題……」と話を本題へ戻す。

 

「犯人が透化ステルスの魔法の使い手だとしても、それを公表している容疑者はいないのよね。

 こっそり魔法を習得することって可能なものなの?」


「それについては師匠から資料をもらってきた」


 透化ステルスの魔法を隠し持つ……人知れず習得する。それができるのか。できるとして、どのくらい難しいことなのか。


 この辺りは師匠に尋ねるのが一番早い。紐を解き、巻いてあった紙をテーブルに広げて見せる。



○魔法の習得難易度と主な使い手



LV6 (才能と高い適正のある者が、一生を費やしても習得可能かわからない魔法)

・ワープ(シュナ、転送馬車の御者)


LV5 (才能と高い適正のある者が、長い年月をかけて習得可能な魔法)

・雷鳴(シュナ) ・鎌鼬(ジェノブレイド) ・増幅(エリィ) ・黒炎(魔王)


LV4 (才能または高い適正のある者が、長い年月をかけて習得可能な魔法)

・遺紋(ネイキッド) ・遠隔魔法(ジュースティア)


LV3 (才能または適正のある者なら、半年〜10年程度の年月をかけて習得可能な魔法)

・透化(?)

・治癒(シュナ、エリィ、魔王) ・結界(シュナ、ジュースティア) ・金属化(クード)

・鞭(ドリー) ・剣の舞(イヴ) ・光線(ネイキッド) ・魔弾(エリィ)


LV2 (器用に魔力を扱える者なら、練習次第で習得可能な魔法)

・暗幕(シュナ)


LV1 (魔力を扱える者なら、練習次第で習得可能な魔法)

・耐性強化(大勢)


LV X(修得者が一人のみ、あるいは極めて少なく分類不可能な魔法)

・擬態光線(ネイキッド) ・スイッチ(リーシャ) ・転生(魔王) ・凶暴化(魔王)




 今回のポイントである透化ステルスの魔法はレベル3にあたる。


 これを人知れず習得する。師匠の言葉では「魔術師選挙に出るほどの実力者であれば、不可能ではない」が結論だった。


 しかし調べると透化ステルスも完成度によってかなり効果の幅がある。持続時間にしてもそうだが、姿が薄くなる程度ならまだしも、肉眼で完全に見えなくなるまでに極めるのは相当の修練が必要らしい。


 仮に師匠が極めようと思ったなら、どのくらいの時間がかかりそうか。それを尋ねたが、こればっかりはやってみないとわからないものだと返された。


「では候補者の中から“誰にも気付かれないようこっそりと、短期間で透化ステルスを習得できそうなのは誰か“で絞るのは意味がないわけね」


 アリアの言うことはもっともだ。俺も最初は同じことを思った。


 しかし師匠は、それを実現しかねない才能の持ち主について言及した。


「一年前に病気で亡くなった魔術師がいる。師匠の知る限り、この国の歴史上では最高の才能を持つ魔法使いだったらしい。


 名前はスカーレット=フローレンス。


 エリィとイヴの母親だ」

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