断頭台に眠る魔女 解答編

第39話 姫君の推測

 あれはいつのことだったか。

 ——そうだ。シュナがアカデミーを卒業した日のことだ。


 師匠は俺とシュナを呼び出し、珍しく神妙な面持ちで口を開いた。


「今日は心構えの修行をしよう。

 シュナ。クード。二人にとって、魔法はどういう存在かな」


 いきなりの質問。いつもの癖で、俺の頭は師匠の求める正解を探し始める。

 

 そんな俺の隣で、シュナは真っ直ぐな瞳で口を開いた。


「魔法は人を幸せにするものです」


 それは彼女の口癖。信念と言い換えてもいい。


 魔法で人を幸せにしたい。


 幼い頃からブレることなく追い求めてきた目標を、シュナはいつもの調子で口にした。


 その答えに頷く師匠。そしてゆっくりと視線が俺に向かう。


 穏やかな、しかし見透かすような両眼。俺は小さく深呼吸をして、口を開いた。

 

「魔法は……自分自身を幸せにするものです」


 先にシュナが話したので、それに影響された部分もあるんだろう。俺はそんな表現をした。


 俺は勇者にはなれなかった。でも勇者になるためには魔法が必要だった。


 シュナの言う「魔法で人を幸せにする」も、ある意味では自己実現。目標を叶えるための手段。


 魔法は望みを手にするための力だ。


「では強い魔法を極めることとは、幸せに近づくことと言っていいだろうか」


 それは……と言葉を詰まらせるシュナ。俺も似たようなリアクションだったと思う。

 

 そんな俺たちに、師匠は真珠色の杖を手にして口を開いた。


「人にしろ、自分自身にしろ、幸せにできるか否かを分けるのは魔法そのものではない。

 魔法を扱う自分の両手だよ。


 魔法はただの道具。使い手次第で毒にも薬にもなる。


 だからこそ魔法の前には誠実であれ。


 どれだけの力を持っても、それを忘れてはならないよ」


「——魔法を追い求めた先に、道を踏み外してしまうこともあるのですか」


 魔法を使ってきたことしかないせいだろうか。シュナはそんな質問をした。


 そうだね……と口を開いた師匠はどこか遠い目をしていた。


 その目には様々な運命を辿った魔法使いたちの姿が映っているのだろう。


「そういう人もいるかもしれないね。けれど、それを救うのもまた人の手」


 二人で手のひらを見る。鍛えてきた魔法を扱う自分の手を。


 そんな俺たちを見て、師匠は嬉しそうに微笑んだ。


「シュナ。クード。二人の手は、きっと魔法に苦しむ誰かの力になるだろう。 

 私の自慢の弟子だからね」









——断頭台に眠る魔女 解——









 アリアの部屋の扉の前。俺は衣服の埃を払いながら「いつもお疲れ」と横たわる衛兵たちに声をかけた。


 戦いの喧騒で俺が来たことは伝わっているだろう。ノックもなしに入室したが、すでに湯気の立つティーカップが置かれていた。


「遅かったわね。今回の事件、なかなか手こずっているのかしら」


「いや、リーシャの家に寄ってたんだ。犯人の目星はついてる」


 俺の返事に、アリアは「そう」と澄ました表情。


 もうちょっと驚けよって思ったが、アリアはアリアで別角度からの調査を頼んでいた。


 何か見えているものがあるのかもしれない。


「楽にして聞いて。あなたも色々あったでしょうし」


 包帯の巻かれた俺の腕を一瞥し、ファイルに目を落とすアリア。いつものごとく話が早くて助かる。


「——私が調べたところ、今回の選挙、バロン家は最初からほとんど動いていないわね。ネイキッドとジュースティアがあんな目にあってなお、選挙戦略にテコ入れをする様子を見せない。

 現当主のホーク=バロンは徹底した個人主義の持ち主。個の力の集合体がそのまま組織の力であるという考え方。

 そんな当主の姿勢もあって、選挙に出る子供たちの支援も全くしていないみたい」


 説明を聞きながら、俺は名前の出てきた男の顔を思い浮かべた。


 バロン家の当主にして魔術師の一角、ホーク=バロン。一匹狼を絵に描いたような男。


「何回か会ったことあるけど、まさか一族の盛衰に関わる魔術師選挙にすら興味ないとはな」

 

 さすがに意外だった。魔術師には王宮で開かれる本会議での議決権が与えられる。

 例えば長男のネイキッド=バロンが選挙に勝てば、すでに魔術師であるホークと合わせて、バロン家だけで二票を持つことになる。政策に与える影響は果てしなく大きい。


「まぁホークが動かないのは助かったよ。俺、あの人苦手だし」


『うんうん。私もニガテぇ』


 アリアの唇が動いていないのに声が耳に届いた。


 あ、そうだ。この発言は魔王か。発言の時は口を動かさずにしゃべるよう訓練させる、ってアリアが言ってたな。


 器用な真似をしながら、魔王は渋いトーンで続けた。


『ホークって、クード君たちが参加する前の魔王討伐パーティーにいた魔法使いだよね。

 全く……あの人に私の仲間が何人やられたことか』


「——前身の討伐隊にいた人間は、ホーク以外ほとんど死んだけどな」


『そこはまぁ、私ら戦争してたんだしお互い様でしょ』


 ……。の一言じゃ片付けられない感情のひずみはあるが、それを言い争っても仕方がない。


 国の精鋭たちを何人も殺されたアリアの目にも暗い色が浮かんだが、言葉にするのを我慢していた。


『でもホントよかったね。ホークが手出ししてこないのは、シュナちゃんにとって朗報でしょ』


「そりゃそうだ。あれが直に妨害工作をしてきたら面倒なんてもんじゃない」


 俺はため息をつきながら肩を回した。


 この数日。俺はシュナの妨害を画策している連中を裏で片っぱしから叩いていた。


 そのほとんどがフローレンスの支援者だったが、中にはバロンの支援者もいた。この状況に陥ってもなお、残ったドリー=バロンを当選させたい勢力による妨害だ。


 小狡い手を使う連中を、より狡猾な手で潰していく。そのあたりは俺の本領だ。


 でもバロン家の筆頭、ホークを真っ向勝負で倒してくださいとなれば話が変わってくる。っていうかまじでやりたくない。


「——とまあ、バロン家はそんな感じね。ドリー本人が動きを見せるかもしれないけど、今の差を見たらエリィやシュナとの逆転は難しいでしょう。

 行方のわからないネイキッドが、選挙当日までに姿を見せるとなれば別だけれど」


 ネイキッドが現れる。その線はありえるだろうか。


 それはつまり、首狩り魔女の方に何かあればってことになるけど。


「ネイキッドは死んでない。死んでいないのなら、出てくる可能性もゼロじゃないでしょう?」


「そりゃそうだな」


「でもその“死んでいない”についてちょっと疑問があるわ」


 ん? 疑問?

 

 ネイキッドが死んでいないとされている根拠はアリアにも話してある。ネイキッドの使う遺紋いもんという魔法だ。


 遺紋は使い手の心臓が止まった時に発動。生前にセットした紋のついた物質を破壊する魔法だ。


 その紋がネイキッドの部屋の金庫に残っていた。死んだ時だけ遺族が中身を見れるように紋をつけておいたのだろう。


 ネイキッドが死んでいれば金庫は破壊されているはず。それが根拠な訳だが……。


「けどこの遺紋って、そういう使い方をする魔法なの?」


「そういう使い方って?」


「つまり自分が死んだ後に何かを壊すためだけに使う魔法なの、ってこと。

 もちろん自分が死んだら見られたくないものにつけておくとか、便利な面はあると思う。

 でも普通に考えて、まだ若いネイキッドがこんな魔法を練習するのって変だと思ったのよ」


「あぁ……それはアリアの言う通りかもな。けど遺紋は他にも使い道がある」


 俺はずいぶん昔に一度だけ見たネイキッドの戦いを思い出した。


「遺紋は自分の魔力を触れさせれば、何にでも紋をつけられる。マーキング自体はけっこう簡単なんだ。

 つまり相手の体につけてしまえば、その時点で相手は

 そういう圧力をかけることができる」


 当時、ネイキッドと闘っていた相手は、紋をつけられてから明らかに動きが悪くなった。間違ってネイキッドを殺せば自分も死ぬからだ。そういう使い方ができるのかと勉強になった覚えがある。


 それを聞いたアリアは口元に手を添えた。


 そして顔を上げた時には「もう一つの疑問はね」と指を立てた。


「首狩り魔女がネイキッドを殺さなかった理由よ。

 だってネイキッドが死んでいないということは、ネイキッドを延命させながらどこかに監禁しているということでしょう。それってすごく面倒。

 それによって得られるリターンが、今となってはほとんどない」


「——なるほどな」


 ここまできて、俺はアリアの言いたいことをようやく理解した。


「ネイキッドの心臓が止まれば遺紋が発動する……だから殺せない。

 犯人にはネイキッドの“遺紋”が発動しちゃまずい理由があるのよ。

 そこをつけば、首狩り魔女を追い込むことができるんじゃないの?」

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