第38話 ピースは揃った
視界が開けた時、そこは見覚えのある部屋だった。
木目調のシンプルな壁にかかったローブ。タンスの上には魔石が並び、白い石だけが光を帯びている。
おそらくあれがワープの出口として使われた座標石なのだろう。
「しまった……早目にあの場を離れようとすることばかり考えて、私の部屋に飛んできてしまった」
やっぱり。薄いピンクのベッドと、枕元にあるうさぎとくまのぬいぐるみ。どこかで見たことあると思った。
シュナの部屋に来るのは魔法の修行をしていた時以来だが、あの頃とあまり変わっていないな。
シュナの呟きで、目の前の景色と自分の記憶が合致した。
「
えーと……」
「いいよ、すぐじゃなくても。シュナもたくさん魔法使って疲れたろ」
「——気を遣わせてすまない。
ほら、クードもずっと立っていないで座るといい。少し休もう」
ベッドに腰掛けると、シュナはピンクの布団をぽんぽんと叩いた。
「その仕草、男が部屋にきた時は気をつけような」
「? クード以外の男を部屋に入れたことなどないが」
きょとんとした顔のシュナ。全くピュアなお嬢さんだこと。
腰を下ろすと布団が沈み、ほんのり花のような甘い香りがした。
「クードの傷なら外科だろうな。早く治すなら、腕のあるお医者様にかかった方がいい。
そうだ! カゲツさんのところのお医者様はどうだろう。
勇者殿と戦った件でお世話になったが、驚くほど早く回復したんだ!」
そう言って、シュナはシャツを捲り上げた。勇者との戦いで打ち付けられた腰と背中の傷は、すっかり見る影もなくなっている。
まあそれはいいとして、へそとか見えちゃうのはいいんだ。この娘。
体じゃなくて傷を見せている、というのがシュナにとって恥ずかしさの線引きなのだろうか
まぁベッドの上できめ細かな肌を眺めるのは大好きだが、シュナが他の男にもやるといけないので「わかったからしまいなさい」とシャツの裾を下ろさせた。
しかし腕のいい医者か。まあカゲツの仲間なら間違いはないわな。
「——だがあいつに関わるのは、よっぽどのことがない限りダメだ。
カゲツの仲間の医者は、腕の良さはこの国で五指に入る。けど治療費はぶっちぎりのナンバーワン。
保険も法律も適用されない」
「お金なら私も出すのに」
「女に財布は出させないようにしてるんだ。チャラ男なんで」
カゲツが絡むと、財布に入る金額じゃ済まないけどな。
怪我の内容によっちゃ治療費で屋敷が建つ。
「クードの言っていること、ちっともチャラくないと思うぞ。むしろ甲斐性もちではないか」
「やめろって。仮に俺が、女に金を払わせるタイプの男だったと想像してみてくれ」
「? うん」
「そんな状態でお姫様のアリアん家に、けっこう入り浸っている」
「……。
一気にヒモっぽくなってしまうな」
そうなんだよ。チャラ男は言われても構わないがヒモはきつい。
ただでさえ女癖が悪いと言われがちなのに、そこにヒモが上乗せされたら親が泣くと思う。
「でも私とリーシャが怪我を負ったときには、クードがカゲツさんにつないでくれたのだろう?」
「そりゃそうだろ。俺と勇者はともかく、二人に傷が残ったらダメだしな」
「そうか。
——やはりクードはお父様がいう通りの男性なのかもしれないな……」
「ん? 何?」
「なんでもない」
俺の顔をじっと見ながら、シュナはにっこり笑った。
そんな感じでしばらく他愛のない話をしていた俺とシュナだったが、ひょんなことから話題は「事件」のことへと移った。
「結局……なんなのだろうか。クードを襲った首狩り魔女という存在は」
シュナの呟きで、俺はつい腹を押さえてしまった。
内臓に響く鈍い痛み。もちろんイヴから受けた斬撃ほどではないが、こちらも強烈なダメージだった。
それも重いだけの攻撃じゃない。目にも止まらないほどの速さだった。
それこそ反応すらできないほど。
——。
反応すらできない?
「クード、どうかしたのか? 急に黙り込んでしまって」
「悪いシュナ。いくつか教えてくれ」
俺は森で起きた出来事の一つ一つを思い返しながら口を開いた。
散らばっていた違和感。それが繋がりそうな気がしてきた。
「1つ目の質問。魔法使いが使える魔法は、基本、公開されていると思っていいのか」
シュナが前に言っていた「申請」の件。ワープのように犯罪に使える魔法は、習得開始と完了の際に申請が必要になるという話。
それは他の魔法にも該当するのか。そういう疑問だ。
「いいや。ワープのような特殊な魔法は別だが、基本的には魔法使いの業界にも、習得した魔法を申請する義務は存在しない。
ただクードの言う“公開”に当たるのかはわからないが……ほとんどの魔法使いは、実用レベルにまで極めた魔法を、魔法協会やギルドに登録している」
魔法使いは、当然だが魔法の関連する仕事を受けることが多い。習得した魔法の申請義務はなくても、登録することで入ってくる仕事は多くある。
現に今回の魔術師選挙。候補者たちの使える魔法は、俺でも難なく調べ上げることができた。
魔法協会に登録されている魔法(候補者別)
※『lv』は魔法協会の示す習得難易度。最高難度はlv6。
『lvx』は使い手が極めて少なく、分類不可のもの。
・ネイキッド=バロン
→
・ジュースティア=バロン
→
・ドリー=バロン
→
・エリィ=フローレンス
→
・イヴ=フローレンス
→
・シュナ=アークライド
→
・クード=ジルバート
→
「魔法使いたちは基本的に自分の“持ち技”を晒しているってことだな。仕事のために」
俺の見立てに、シュナは頷いて返した。
「そう考えていいと思う。でないと仕事が受けられず、せっかく磨いた魔法がもったいないからな。
申請しない場合があるとすれば、まだ実用段階にないものか……あるいは」
——使えることをバレたくない事情がある、か。その二択だろうな。
現に俺もメタル化の他に、ここ4年くらい練習している魔法が実は2つある。
しかし全く実用化レベルにない完成度であること。そしてあまり知られたくないという両方の理由で、ギルドへ登録はしていないし、習得しようとしていることすらほとんど誰にも知らせていない。
「じゃあ候補者の誰かが、洒落にならないほど強力な魔法を隠し持っている可能性もありえるわけか?」
今度の指摘には、シュナも困ったように小さく唸った。
「lv2以下の魔法なら、優秀な魔法使いであれば人知れず極めることも可能だろう。
ただlv3以上となれば、実用化までに半年〜10年。lv4以上となれば一生かけての習得になることも珍しくない。
たとえ才能のある者が、優秀な指導者の元で腕を磨いたとしてもだ」
「じゃあ犯人が候補者の中にいて、厄介な魔法を隠し持っているとしたら」
「せいぜい一つ……といったところではないだろうか。あくまで私の常識の範囲にすぎないが」
誰にも知られずに強力な魔法を習得する。できるとしたらせいぜい一つ。
最高クラスの天才であるシュナが言うのならそうなんだろう。
これはでかい情報だ。いざ戦うとして、想定外の魔法を多用されるって不運は避けられる。
そして隠し持っている魔法が一つなのだとすれば、そこから推理を展開することもできそうだ。
首狩り魔女事件の最大の謎。
首を落としておきながら、心臓を動かしたままにしておくというトリック。
どんな魔法を使えばそれが実現できるか。
そして俺が首狩り魔女と戦った時の現象。
目にも止まらない速さ。反応すらできない攻撃。
——あれはまさか。
「突然で悪い。シュナ。2つ目の質問だ」
「いいぞ。魔法のことならなんでも」
思えばシュナには魔法について質問攻めにすることが多かった。だからシュナはそう返したのだろう。
しかし俺が聞きたいのは別のことだった。
「俺がシュナん家で魔法を習ってたことって、誰かに話したことあるか?」
「? いいや。
お父様は他にも弟子を取られているし、複雑な事情を抱えている者もいた。
だからクードのことも含めて話すことはなかったかと」
「ありがとう。わかった」
「わかった、とは?」
首を傾げるシュナへ、俺は一つの石を取り出しながら応じた。
魔力を込めることで遠くの人間と会話をすることのできる石。声紋石だ。
「わかったって、そりゃもちろん。
首狩り魔女の正体だよ」
「——。
えっ!? だ、誰なのだそれは!?」
「答え合わせの前に確かめなきゃならないことがある」
魔力を込めた石がぼんやりと光る。
それが4・5回点滅したのち、『はい、もしもし』という声と共に石が震えた。
通話に出てくれた技術者の友人への挨拶もそこそこに、俺は本題を切り出した。
「前に紹介してくれた怪しい名前の薬あるじゃん。え? 怪しい名前の発明品なんてない? それは失礼。
ほら、城門を通過しようとしたときに使おうとした。
そうそう、それ。“無人くん”。
あれちょっと貸してもらえるかな」
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