第37話 あなたに出会ったから 後編

 出会いが時に道を開く事がある。俺も何度かはそんな経験をした。


 一度目は幼い頃のアリアに出会って、勇者を目指すように言われた時。


 二度目はゼルク師匠に出会い、アークライド家に弟子入りした時だ。


 イヴにもそういう経験があれば、きっとこの先へいける。そう感じたのだ。


「魔王との戦争でうちの国もえらい目に遭ったからな。

 君みたいな人材はいつでも欲しがってるぞ。きっついお姫様が」


「……。そんな風に言ってもらえたのははじめて、です。

 でも今は勝負のさなか。刀を抜いた私に情けをかけるつもりですか」


 イヴの目の端に光るものが見えた。


 振るう魔法に誇りを……それが彼女たち、フローレンスの教えだったか。


「わかった。じゃあ決着にしよう」


「……! クード、本気か!? 勝負はついたではないか!」


 これまで黙っていたシュナが声を上げた。


 確かに俺とイヴのノリは武人の考え方というかそういう感じのやつだから、シュナには理解ができないのかもしれない。


 黙って拳に力を込める。覚悟を決めたように、唇を結ぶイヴ。


 その時だ。


 イヴに当たりかけた拳と、刀を抑えていた指を何かが弾いた。


「——悪いわね。クード、シュナ。邪魔をさせてもらったわ」


 エリィの杖の先に光る弾が浮いている。シュナに視線をやると、「エリィの得意技だ」と緊張の面持ちで語った。


「魔力を弾に変えて放つ“魔弾ショット“の魔法。……クード、受けた指は平気か」


「完全に折れたな」


 右手の人差し指と中指がぽっきり。左腕はイヴの一振りで半分切断。我ながらひどい有様だ。


 浮いた弾はその数を増やし、再び俺たちに向かって放たれる。俺はイヴに密着していたが、そばを離れるとイヴに向かっていた弾は避けるように軌道を変えて飛んでいった。


 ある程度は操作もできるらしい。


「シュナ。エリィがあんなの撃ったら、俺がくらう前に教えてくれよ」


「……」


「どうかしたか」


「わからなかったんだ」


 わからなかった? そう聞き返すと、シュナは唾を飲み込んで頷いた。


「でも二発目に撃ってきた弾は、あんま速くなかったぞ」


「ああ。私も警戒していたし、エリィが魔弾ショットの使い手なのも知っていた。速度もこれだけ距離があれば避けられないほどのものでもない。

 それなのに……私はエリィの攻撃に反応できなかった」


 何が起きたかもわからなかった。といった様子のシュナ。


 これは油断じゃないな。何かあったんだ。シュナでさえ攻撃に反応できなかった何かが。


 ——こんな事、前にもなかったか? 思考をめぐらせていると、膝をついていたイヴが視線を落としたまま口を開いた。


「姉様……私は」


「イヴ。今のあなたに、何かを語る資格があって?」


 突き放すようなエリィの言葉に、イヴはうなだれたまま拳を握った。


 もうちょっと言いようがあるだろ。お姉ちゃんなんだから。そう思ったが、でも考えてみればエリィが割って入らなければ妹は痛い思いをしていた。


 不器用なのかなんなのか。


「クード。妹に代わって、非礼を詫びますわ」


 エリィの杖が光ると、暖かい魔力が俺の両手を包んだ。


 治癒リペアの魔法だ。


 痛みが消え、傷が浅くなってゆく。医療専門の魔法使いほどじゃないが、エリィの治癒リペアはシュナのそれよりも治りが良かった。


 ——超一流の“魔術師“だった彼女の母親が亡くなった今、エリィこそが名門フローレンス家の筆頭魔法使い。


 その肩書きに恥じない力を見せられた気がした。


「いいのか、エリィ。俺が首狩り魔女なら敵に塩を送った形になるぞ。

 もちろん、そんなわけないけど」


「そう。違うのなら構わないわ」


「めちゃ簡単に信じるね」


「魔法の前には誠実であれ。あなたたちアークライドの教えでしょう?」


 杖の光が収まると、エリィは手にした杖の先をシュナへと向けた。


「私たちの決着は選挙でつけましょう。

 それで全てが決まるのだから」


「エリィ……一体どうしてしまったんだ。

 昔はもっとかわいらしかったのに」


「か、可愛らしいって何よ」


 ——ん? これどういうやりとり?

  

 よくわからないけどなんか興味深いことをシュナが言い出したので、残った傷の痛みに耐えながら耳を傾ける。


「さっきからエリィらしくないではないか。なんだか落ち着いてしまったというか、シリアスというか」


「なによその、昔はバカみたいなテンションだったような言い草……」


「そ、そういう意味ではないんだ。でも


『あなたには負けませんわ!』

 とか

『覚悟しておくのね!』


 みたいな元気のいいセリフをよく言っていたから」


「あなたやっぱりバカにしているでしょう!?」


 玉のような頬を紅くして甲高い声をあげるエリィ。


「す、すまない。でもよかった」


 そんな彼女に、シュナはホッとしたように胸を撫で下ろした。


「昔みたいなエリィもちゃんといるんだな。アカデミーの頃は……妹のこともよく気にかけていたから」

 

 その言葉に、顔を上げたイヴとエリィの視線が交錯する。


 シュナとトップの座を争うほどの成績を残していた姉のエリィ。


 魔法の才能には恵まれず、伸び悩んだ妹。


 二人にしかわからない世界があるのだろう。


「——話を盗み聞きするような真似をしてしまってすまなかった。

 私とクードはこれでおいとまさせてもらう」


 そのように言ってワープホールを出すシュナ。その視線の端にはイヴの姿が映っていた。


 話の切り方は強引だが、おそらく俺に敗れたイヴへの配慮なのだろう。


「シュナ……あなたは変わらないわね。あなたになんて出会ってしまったから、私は……」


「——ん? 何か言ったか、エリィ」


「何でもないわ。

 いいこと? 選挙の本番では必ず」


「あ、すまないワープが発動してしまった」


「え? ひ、人の話最後まで聞きなさ





 ヒュン。





 そのまま俺とシュナはワープに吸い込まれ、アレクの森を後にした。

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