第36話 あなたに出会ったから 前編

 腕の中を冷たいものが走った。


 メタル化で防ぎきれない切れ味の一閃……。感じてすぐ、俺は腕を斬撃の向かう方向へと引き抜いた。


 吹き出す鮮血。どうにか左腕はつながっている。


 もっていかれたのは骨の半分くらいまでか。


 痛みから怪我の規模を判断し、俺は筋繊維の一部を金属に変えた。止血の応急処置だ。


「だ、大丈夫かクード。すぐに治癒を! あるいはここは退いて……!」

「いや、いい」


 シュナが言おうとしたのは、おそらくワープでの離脱だろう。それも選択肢としてはアリだ。


 ただこの局面。何かを掴めるような気がしてならない。


 さっきからひっかかってる事もいくつかある。


「お姉ちゃんが何かしてくるかもしれないから、そっち頼むわ」


 エリィは今のところ加勢する様子を見せないが、どうだかわからない。


 シュナは小さく頷くと、エリィへと視線を釘付けた。


 刀についた血を振り払い、イヴは俺の拳が届かない後方へと跳んだ。腕が繋がっているのを見て警戒したのだろう。


「——あそこまで斬られてから腕を引き抜いたのですか……?

 信じられません」


「斬られる可能性も覚悟はしてたからね。

 それよりも信じられないのはイヴ。君の剣術だよ。

 師匠せんせいは誰だい?」


「そんな人はいません!」


 イヴは表情を曇らせて、再び俺に斬りかかってきった。


「母様が亡くなり、フローレンス家の未来は姉様に託されたのです。才能に恵まれなかった……私の分まで。

 私などに費やす暇があるはずないでしょう!?」


 荒らげた声。怒りの中に混じった、ほんの少し違った感情。


 自分には才能がない、と。本気でそう思っているみたいだ。


「誰の指導も受けずにそれだけの鋭さ。魔法はどうか知らないけど、剣に関しては確実に天才でしょ」


「——フローレンスは魔法使いの一族。魔法で結果を出せずになんの意味があるのですか」


「求められた才能じゃなくても、活きる道はあると思うけどな」


 攻撃をかわしながら言葉を交わす。


 首を引っ込めて避けた一撃は、背後の木の幹を両断していた。


 力強い太刀筋。並々ならぬ努力の跡。

 

 磨けば光るだろう。この娘は必ずもっと強くなる。


「鬼のように強い剣士の知り合いがいるんだけどさ。紹介するから習ってみないか」


「ッ! 何を!」


「そしたらその刀、俺に当てられるようになるかもよ」


 首筋に迫った刀身を、ダメージがない方の手の指で挟んで止める。


 イヴは表情を驚愕の色に染めながら、なんとか刀を引き抜こうと試みていた。しかし動かない。


 潜在能力はともかくとして、このあたりは実戦経験キャリアの差というものだろう。


「——クードさん……あなたの勝ちです。どうして攻撃を当ててこないのですか」


「倒したいんじゃなくて口説いてるんだよ。今は。

 ふてくされてる君があまりにもったいないからさ」


「もったい……ない?」


「君の技にはまだ先がある」


 そんな言葉を口にしながら、俺は少し昔のことを思い出していた。


 






 それは俺がまだ勇者の養成学校にいた頃。あの日はコロシアムで公開の模擬戦が行われていた。


 観客は国の貴族や金持ち、各分野で幅を利かせる名家の当主たち。将来の勇者となる者を見定め、投資をする。そんな機会。


 勇者の候補生にとっては出資者を得る大事なチャンスだった。


「そんな時に限って、俺の相手はコイツだもんな」


 トーナメント一回戦。俺の相手は大会の大本命であり、実際、のちに勇者となる男。ジェノブレイドだった。


 観客の視線はほとんどが次の勇者と呼ばれた男の品定め。残りの視線は、運のない俺に対する憐れみの視線だった。


 結果は誰の目にも明らか。そんな空気。


 どうせ誰も期待してないなら、試してみるか。ってかこいつに勝とうと思うならやるしかない。

 

 自分の骨格。筋繊維の一本一本をイメージする。そこに魔力を染み込ませるように。練り込むようにイメージする。


 よし、いける。俺の切り札を見せてやるぜ!


「行くぞおらあ!」


 10秒後。


 俺はボロ雑巾のようにされて空を見上げていた。


「——その技、完成はいつになる」


 剣に纏った風を散らしながら、ジェノブレイドが尋ねた。


 完成なんていつになるかわからない。そもそも完成するのかさえわからない。


 未完成のまま技を出そうとしたのも、どう磨いていいかわからず行き詰まっていたためだ。


 俺には魔法の師匠がいなかったから。


「その技が仕上がる日が来るのなら、その時は、もう一度戦おう」


 剣を収めたジェノブレイドはそう残して控え席へと戻った。


 その試合の直後だった。あの人が俺を尋ねてきたのは。




「クード君といったね。きみ、師匠せんせいは誰だい」




 その人は今の俺の師匠。アークライド家の当主、ゼルク=アークライドだった。


 ジェノブレイドの試合はまだ残っている。にもかかわらず、彼は観戦席を離れて俺のところへやってきたのだ。


「俺みたいな学生Aを弟子にとろうなんて物好きはいませんよ」


「え。じゃあ君は誰の指導もなくにいきついたのかい。

 それは驚いたな……」


 俺を立てるために大袈裟に驚いてくれているのか、そうじゃないのか。


 初対面だからよくわからないが、とにかく驚いたのは俺の方だった。


「皮膚じゃなくて、筋肉繊維や骨みたいに体の内部をメタル化させようとしたよね。医者並みに人間の体を勉強してないとやれないよ。そんなこと。

 たぶん関節の理解が甘かったりとか、金属の性質が合ってなかったりとかで動けなかったけど。

 うまくやったらあの勝負……」


 興奮気味にまくし立てる師匠。そんな彼の話を俺は口を半開きにして聞いていた。


 俺は技を見せるどころか何もできずに負けてしまった。それなのに、この人は俺のやろうとしたことをわかっていた。


 わかってくれていた。


「俺にはメタル化の魔法しかありません。そんな俺でも……まだ強くなれますか」


 ぽつりと言った俺に師匠は長話をやめ、穏やかに口を開いた。


「君の技にはまだ先がある」


「——本当ですか。下手な慰めならいらないですよ」


「魔法の前には誠実であれ。それが私たちアークライドの教えだよ。

 君にもいずれわかる。

 私についてきなさい」

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