第35話 言い争い
首狩り魔女との一戦を終え、シュナはワープで街に戻ることを提案した。
俺の体にダメージがあるのを気遣ってくれたのだろう。ありがたい申し出だったが、俺は首を横に振った。
「まだこの森に用事があるのか?」
尋ねるシュナに「見つかればラッキー、くらいだけど」と、俺は考えを整頓しながら話した。
「首狩り魔女はさっきまでこの森にいた。何か手がかりが残されているかもしれない」
「なるほど。それなら私も付き合おう。
怪我をしているんだ。応急処置はするが、そばを離れてはいけないぞ」
そんなことを言いながら
もちろん全回復とはいかない。消耗した魔力もそのままだ。
シュナだってここまでにワープを2回、治癒を2回、雷鳴を1回。少なくとも発動させている。ダメージはなくても魔力の消耗は小さくない。
手がかりは欲しいが長居は禁物だな。
周囲を警戒しながら歩みを進める。
その道中、木々の向こうから声が聞こえた。
「——余計な真似はしないでくれる?」
「そんな、私は姉様のためにと……!」
言い争うような声。
指を口元にたて、俺はシュナに体をかがめるよう促した。
「あれはエリィじゃないか。それと、妹のイヴ。
こんなところで何をしているんだ?」
そうだな。姉妹そろって何をしていることやら。
何か口走るかもしれない。俺は聞き耳をたてながら息を潜めた。
「クード。盗み聞きはよくないのではないか?
私たちにやましいことはないんだ。堂々と出ていけばいい」
堂々と出て行ったら、二人が犯人でもボロ出さないだろうが。
再び口元に人さし指を立てて視線を戻す。
必死で訴えかけるようなイヴに対して、エリィは冷ややかな視線を向けていた。
「イヴ。あなたが妙な動きをしなくても、選挙の流れは変わらない。
むしろ思い通りに事が運ばなくなる可能性だってある」
妙な動き……そう聞こえた。イヴが何かやったのを姉が詰問しているのだろうか。
ですが! と食い下がるように、イヴは声を荒らげた。
「バロンの二人が脱落してもまだ終わりではありません。シュナ=アークライドは十分に姉様の脅威となりえます!
魔王の討伐メンバーに選ばれた実力は伊達ではありません。もし彼女が首狩り魔女なら、いくら姉様でも……!」
「私の力がシュナに劣るというの?」
静かな問いに、イヴは口をつぐんだ。否定も肯定もない。ただの沈黙。
エリィがシュナと戦ったなら、勝負の結果はわからない、と。イヴはそう見ているようだ。
「あなたはいくつか勘違いをしているわ。イヴ。
第一に私はあなたのサポートを必要としていない。
第二に、シュナは事件の犯人ではない」
諭すようなトーンのエリィに、イヴは「犯人ではない……?」と怪訝な表情を浮かべた。
「彼女が立候補を表明したのと同時に事件は始まったのですよ。
どうしてそんな事」
「そういう勝ちかたを望む娘じゃないから。
腹立たしいけど、それは私が一番よくわかってる」
その台詞に、隣で聞いていたシュナが「エリィ……」と小さくこぼした。
二人は確かアカデミーの同級生。互いに意識し合い、認め合う部分があるようだ。
まあそれは置いといて。
さっきエリィは「サポートを必要としていない」とか言ったな。
イヴがやったサポート。考えられるのは……。
「——ッ!? そこで何をしている!」
射抜くような鋭い声に、俺は慌てて顔を上げた。
刀の柄に手をかけたイヴが、俺たちの隠れている茂みを睨みつけている。
何がきっかけかわからないがバレたらしい。イヴは気配を隠すのもうまかったが、気配を読むのにも長けているのだろうか。
シュナと顔を見合わせて立ち上がる。エリィは驚いたように目を見開き、
「シュナ? あなたどうして……」
そこまで言って、言葉を飲み込んだ。
尋ねられ、シュナは「任務でここに来たんだ」と正直に語った。
「受けた仕事の依頼主が、このアレクの森の一軒家に住んでいた。今はその帰り道だったんだ。
盗み聞きをしてしまったことは、その……すまない」
「帰り道……シュナ=アークライド。そんな言い訳は通らない」
抜刀の構えを解かないまま、イヴがはっきりと口にした。
「あなたはワープの使い手。歩いて森を出る必要などないはずでしょう。
何を企んでいるんです?」
「それ、こっちの台詞な」
申し訳なさそうな表情を浮かべるシュナの代わりに、俺がイヴの問いに割って入った。
「シュナと俺は任務でここにやってきた。ただイヴ。君がここにいるのは偶然かな」
「……」
「ドリーと組んで俺たちを監視していたのは君だね」
俺の指摘にもイヴは表情を変えなかった。しかしわずかに、俺たちに向ける殺気が濃くなった気がした。
図星と判断するには十分だ。
イヴは俺との交渉が決裂したのち、すぐにドリーと連絡をとったわけだな。
おそらく俺と会ったときにはある程度の交渉は進めていたのだろう。協定を断られた時の保険として。
……。森に入ってからの気配にはシュナもすぐに気がついた。ドリーの尾行はシュナも見抜ける程度のものだった。
しかし街で感じた視線にはシュナも気付けなかたし、俺も確証がもてないほど微かだった。
その差は気配の主が違っていたからか。
街で俺たちを見ていたのはイヴ。追ってきたのはドリー。
イヴが後から森に入ったのは、差し向けたドリーがどうなったのかを確認するためだったのだろう。
「——駆け引きは無用のようですね」
そんなイヴの言葉と共に、鞘の口から白い刀身が姿を覗かせる。
やる気のようだ。
「やめてくれ、イヴ! 私たちは首狩り魔女ではない!
こんなことをしたって意味がないだろう!」
じり……とイヴの靴が音を立てた。シュナの説得にも耳を貸すつもりはないらしい。
「ひとついいかしら。イヴ」
火蓋が落ちる目前になって、差し込まれたのはエリィの言葉だった。
「“振るう魔法に誇りを“
それが私たちフローレンス家の教え。
あなたのやろうとしていることに、誇りはあって?」
「——勿論。
姉様が上に立つことが私たちの……私の誇り。一度だって見失ったことなどありません」
「そう。それがあなたの誇りというのなら、好きになさいな」
おいおい。止めないのかよお姉ちゃん。
姉のお墨付きを得て、イヴはその刀を抜いた。
ふわりと弧を描くように回ったかと思うと、爪先で地面を蹴り、重さを感じさせないほど軽くイヴの体が舞った。
調べたデータに載ってたな。イヴ=フローレンスが使う唯一の魔法。
舞の難易度、完成度に応じて刀の切れ味が増す。武器強化型の魔法だ。
体を揺らし、蛇行するように迫るイヴ。彼女は刀の届く範囲に入ると再び舞った。
迫る長刀。ガードする腕をメタル化して迎え撃つ。
これまで刃物には傷をつけられたことのない金属だ。
その無敵の皮膚に……イヴの刀はまるで豆腐のように滑らかに吸い込まれていった。
「!? クードっ!」
シュナの叫びと共に、鮮血が宙を舞った。
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