第34話 クードvs首狩り魔女

 手袋を纏った右手に握られた黒い杖。その先端にある青い石が光を放った。


 強く眩い光。魔力の量もさることながら、その充填速度といい、無駄のなさといい、目を見張るものがある。


 相当の修練を積まなければこうはならないだろう。

 

 ただの通り魔とは違うわけだ。この首狩り魔女ってやつは。


 ——首を斬り落とす犯行の仕方から考えて、斬撃系の魔法を使ってくる可能性がある。そう考えて皮膚を防刃性能の強い金属に変えたが、思えばさっきの後頭部への攻撃……。


 あれは斬撃じゃなかった。


 メタル化のせいではっきりした感触はわからないが、バットで殴られたような、重くて鈍い一撃だった。


 イメージに囚われていたらやられるかもしれない。


 両頬を叩き、敵の姿を視界の中心に据えた。


 かと思ったら敵の姿はそこになく。


 俺は腹に二発の衝撃を受けた。



「ッ! こいつ」



 敵がどう移動したかも、どう殴られたかもわからなかった。


 首狩り魔女の能力。


 “移動“か。そんな表現が頭に浮かんだ。

 

 速度を強化したなんて生易しいものじゃない。文字通り目にも止まらない動きだ。


 威力はともかく、速さだけなら勇者よりも上。こんな人間がこの世に存在したのかよ。


 金属化した状態の今なら、重めの野球ボールが当たったぐらいのダメージ。一発二発で死ぬような威力じゃない。


 けど何発も受けたら無事ではいられないだろう。


「——そんなに速いなら、一撃目で毒を塗ったナイフでも突き立てりゃよかっただろ。

 どうしてそれをしない?」


 いつの間にか背後に立っていた魔女に語りかける。


 声でも聞ければよかったが、もちろん答えるわけはなく。再び姿を消したかと思うと、今度は容赦のない打撃の波が押し寄せた。


 目にも止まらぬ速さ。とはいえ殴られた瞬間なら、打撃の先に相手は存在する。ダメージに耐えて拳を振ってみたが、攻撃は無常にも空を切った。


 さすがに拳より速く動けるはずはないとタカを括っていたが……どれだけ速いんだよ。


 ——悪いシュナ。敗けるかもしれねえ。


 


 ……。


 人のこと。先のことを考えている場合じゃないか。




 反動は大きいが、マジでいくしかない。




 全身の細胞から魔力を絞り出す様をイメージする。


 瞬間、やや離れた場所に姿を見せた首狩り魔女の身体が、僅かに強ばったのを見た気がした。


 その時だ。


「クード、待たせてすまなかった」


 俺が攻め込むのを遮るように、伸びた杖が眼前に現れた。


 見慣れたデザインの杖。見慣れたとんがり帽子の頭。


「無事に任務を終えてきた。私が来たからにはもう安心だ」


 ワープホールの上に立ったまま、シュナはにっこり笑った。


「——あれが首狩り魔女か。間に合ってよかった。

 もう一つ座標石を用意しておいたのが役に立ったな」


 俺のポケットで光る白い石に視線をよこすシュナ。俺は握った拳を緩めて、ため息をついた。


 魔王戦での勇者といい今回といい。タイミングよく助けが入ってくれるもんだ。


 俺の悪運が強いのは間違いないな。


「誤解してもらっちゃ困るぜシュナ。別に負けそうだったわけじゃないぞ。ここから逆転する所だ」

 

「わかっている。クードが簡単にやられるとは思っていない。

 しかしその技は反動が痛いだろう。

 ここは元気な私に任せておけ」


 再び首狩り魔女へと視線を戻すシュナ。


 目つきが、そして雰囲気が。戦闘モードに変わっていた。


「私の仲間をいいようにやってくれたな」


 チリチリと音を立ててシュナの杖が光る。樹上から落ちてきた木の葉が杖の先端にある石に触れると、黒い燃えカスとなって爆ぜた。


 電撃を生む魔法。雷鳴サンダーボルト


 ワープと双璧を成すシュナの奥義だ。


「気をつけろシュナ。首狩り魔女の攻撃は恐ろしく速い」


「承知した。

 ——では首狩り魔女とやら。雷よりも速く動けるか、試してみるといい」


 シュナが構える。ずっとこちらを見ていただけの首狩り魔女だったが、わずかに視線を落とすと、一瞬にして視界から消えた。


 迫られてからでは遅い。雷を纏うように周囲へめぐらせ、シュナが呼吸を整える。


「さあ。どこからでも来るがいい」


 言い放つシュナの足元。カーペットのように敷き詰めた草や蔦が焦げている。


 これでは迂闊に近づけない。


 さあ、どう出る。首狩り魔女。


「……」


「……」


 ——。


 なかなか来ない。敵も慎重になっているんだろうか。


「……。

 さあ、どこからでも来るがいい!」


「聞こえてなかったわけじゃないと思うぞ」


 同じことを2回言うシュナにツッコミを入れながら、感覚を研ぎ澄ましてみる。


 気配が全く感じられない。さっきまでそんなことはなかったのに。


 これは巧妙に隠れているというよりも。


「もしかして逃げられたんじゃねーか?」


「えっ!?」


 電撃は纏ったままだが、シュナは慌てたように辺りを見回した。


「う、嘘だろう! 私がこんなにヤル気満々だというのに!?」


「そんな事情は知ったこっちゃないと思うが……」


 いや、まさか。本当に逃げたのか?


 戦闘スタイルを知られた以上、俺のことは確実に消しておきたいと思うはずだ。しかし本当に攻撃の気配がない。


 シュナが来て、2対1は分が悪いと思ったのだろうか。それなら納得はできるが。


 ……。あいつ、さっきまでは確実に殺しにきていた。


 しかしエリィの時も、あいつは腕を奪う所までいきながら仕留め損ねている。そして今回の逃亡。


 なんなんだいったい。


 隣ではシュナが頭を抱えて塞ぎ込んでいた。どうも落ち込んでいるようだ。


「逃げられてしまった……あんな啖呵をきっておきながら」


「さあ、どこからでもくるがいい!

 ってやつ?」


「その台詞に触れないでほしい……顔から火が出そうだ」


 わかる。わかるぞシュナ。


 頷きながら、俺は落ち込む少女の肩を叩いた。


 ともあれこの場は無事に凌ぐことができたんだし、任務も完了できたんだ。良しとしようじゃないか。








 ——そんな感じで気が抜けたのも束の間だった。


 直後、俺たちは思いもよらない事態に巻き込まれることになる。

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