第33話 奇襲
ドリーが杖を振り下ろすとともに、草陰から”何か”が這うようにこちらへ向かってきた。
「蛇じゃないから安心しなよ。まあ、蛇の方がマシかもしれないけどね」
動きは確かに蛇そのもの。しかしそれは、蛇の動きするロープだった。
10本ほどのロープが蛇行しながら俺に向かってきている。
縄状の物質を操る魔法。
距離を置きながら相手を拘束したり、込めた魔力の量によっては絞め殺すこともできる。
「焼いたり切ったりすれば止められるけどね。
キミのメタル化じゃ、首を折られないようにするのが関の山でしょ」
俺の魔法、メタル化のことは調査済みらしい。その上で戦闘の相性は悪くないと踏んだのだろう。余裕が見て取れる。
確かに蛇の動きをするロープ10本を避け続けるのは難しい。
避けるだけならな。
俺はちょうど10本の枝を拾うと、掴んだ手に魔力を込めた。
根本から金属化してゆく枝。
即席の釘の完成だ。
それを縄の中央めがけて振り下ろし、刺さったところを足で踏みつける。一分ほどで10本全てのロープを地面に打ちつけた。
込められた魔力が先に尽きたのだろう。ロープが動きを止める。続いて、俺が金属化した枝が元の木材へと戻った。
「俺のメタル化は、魔力を込めたものを金属化する。持続時間は短いが、自分の体じゃないものも例外ではない。
調べが足りなかったな」
「——ドヤ顔で喋ってるところ悪いけど、キミ、捕まってるよ」
「え?」
足元を見ると、地面を敷き詰めるように生えていた
「僕の
蔦の多い森はぼくのホームなんだよね」
なるほど。こいつが余裕の顔だったのは、自分の領域に獲物が入ってきたためか。
……。調べが足りなかったな、とか言ったのが恥ずかしくなってきた。
体を這うように登ってくる蔦の感触を味わいながら、俺はちょっと唇を噛んだ。
「調べが足りなかったね」
「やめろってその台詞イジるの……」
「そんなことより体の心配したほうがいいよ。首や背中の骨が折れたら死ぬし。
ま、口まで覆えば酸欠になるから同じだけどね」
意識がなくなったら解いてあげるよ。と、まるで悪戯のように言い放つドリー。
死んだら残念だったね。死ななければラッキーだったね。そのくらいの感覚らしい。
「お前に票が集まらない理由がよくわかったよ」
「お、負け惜しみ?
いいね。予定よりキツめに縛ってあげようかな」
蔦が腕へ、胴体へ、首へと伸びてゆく。
首はメタル化させたから折られはしないものの、口と鼻をぐるぐる巻きにされれば終わりだ。
ドリーは勝利を確信したのだろう。切り株に座って足を組んでいる。
俺は大きく息を吸うと、再び全身に力を込めた。
「魔力なんか込めてどうすんのさ。メタル化じゃ呼吸はできないでしょ。
蔦を金属化させるにしても外すことにはつながらないし。無駄な抵抗やめれば?」
耳に巻きつく蔦の隙間から聞こえたドリーの声。
口はもう塞がっているので、言葉を返すことはできない。だから代わりに胸のうちで呟いた。
勝負は最後までわからんだろ、と。
「——ほい。外れた」
俺の全身に巻きついた蔦が、文字通り粉々に砕け散った。
唖然とした表情でその光景を見つめるドリー。あまりに予想外だったのだろう。表情も体も固まっている。
隙だらけだ。チャンスなので遠慮なく殴らせてもらおう。
切り株に腰掛けるドリーへ速やかに駆け寄ると、みぞおちに拳をめり込ませてやった。
「な……んで」
それだけ言って落ちたドリー。
聞こえちゃいないだろうけど、俺は服に着いた金属粉を払いながら質問に答えた。
「俺のメタル化は鉄に変化させる能力じゃない。金属に変化させる能力だ。
たとえば触れただけで砕けるような、脆い金属だってある」
だから最初から俺を拘束しようとか、縛り上げようとか。そんなのは無駄な独り相撲。
油断を誘うために付き合ってやっただけの話だ。
俺は大きく息を吸うと、再び半笑いの表情を作った。そして。
「調べが足りなかったな」
ドリーの脇にしゃがみ混んで、俺は大人げなく言い放った。
——さて倒したはいいけど。こいつは多分首狩り魔女じゃないよな。
弱くはなかった。けど、優秀な兄二人に自力で勝てるかって言ったら難しい気がする。たとえ不意をついたにしてもだ。
まぁ、これで首狩り魔女の凶行が止まるなら万々歳。めでたしめでたし、ってことになるんだけど。
「どっちにしてもシュナと合流だな。俺も」
そんな独り言を言いかけた時。
突如として後頭部に衝撃を受け……視界が一気に地面へ迫った。
俺の足が反射的に踏みとどまる。すんでのところで転倒を回避し、思考が働いたのはその後からだった。
殴られた、のか?
攻撃を受けた。それだけを理解し、後ろへ跳ぶ。
ドリーは倒れたままだ。こいつにやられたわけじゃない。
魔力を満たしながら顔を上げると、そこにローブの裾が見えた。
漆黒のローブに先端の尖った杖。顔を覆うようにして深く被ったフード。
映写石に映っていたままの姿。
首狩り魔女の姿がそこにあった。
小柄で細身の身体。しかしそいつは、言い知れない威圧感を放っていた。
経験の刻み込まれた身体が叫んでいる。こいつは強い。
感じる魔力はシュナと同格か……もしかしたらそれ以上。
「また嫌なタイミングで来てくれたな」
駆け引きではない。つい本音が漏れた。
ドリーとの戦闘で消耗し、残りの魔力は七割ほど。
この状態でシュナ級を相手にするのはさすがに分が悪い。
「お前が首狩り魔女だな。そもそも女性で合ってるのか?」
深く被ったフードの端に、白いゴムのような材質の何かが見える。おそらくマスクか何かで顔を隠しているのだろう。
正体がわからないし、表情もわからない。
——さっきくらった後頭部への一撃。
俺は戦闘を意識した任務中は、急所をメタル化させておく癖がある。今回もいつものように、首筋を肌色の金属に変えて覆っていた。
そうでなければ意識を刈り取られていた。それほどの威力だった。
こいつは不意をついたつもりだろう。しかし俺を仕留められなかった。
なのに俺の前に姿を晒した。
奇襲でなくても俺を倒す自信があるってことか。
「たまんねーな……こういう勝負は。いろんな意味で」
もちろん今は、よくない意味で。
手汗を拭い、俺は右の拳を鋼に変えた。
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