第32話 ドリー=バロン
目的地であるアレクの森の入り口までは馬車で向かった。
シュナのワープを使わなかったのは、魔力を節約するためだ。ワープは1回でシュナの魔力の20%前後消耗する。治癒の魔力を残すためなのはもちろん、突然の襲撃にも対応できるようにするためだ。
森の入り口から目的の家までは歩いて1時間ほどの距離になる。
途中で谷をひとつ挟んでいるが、森に生息する魔獣は穏やかな種族ばかりだった。
「もう半分ほどの道を歩いた。あとはこの谷を降りたらすぐのところに目的地がある。
さほど苦労せずに着けそうだ。……何も起きなければの話だが」
最後に意味深な言葉をつけたしたシュナに、俺は頷いて返した。彼女も気がついたらしかった。
相変わらず感じる視線。人込みの時よりもはっきりと感じる。
「仲介所の時と同じ奴かな」
「え、仲介所のときから見られていたのか?」
「多分な。先回りされたらしい」
問題はどうやって先回りをしやがったか。
「敵の中にワープの使い手がいると厄介だ。シュナ、候補者の中にワープを使える奴は?」
「私の知る限りでは、立候補した魔法使いの中にはいない。魔法使いは自分の手を全ては明かさないものだが……さすがにワープの習得を隠すのは難しいと思う。
ワープは習うのに申請がいるし、習得時に申告する義務もある。
習得者は名簿に名前が載るから、私が知らないはずはない」
確かに聞いたことがあった。ワープのように高度な魔法は、協会本部が使い手を把握できるシステムになっていると。
習得を協会に申請することでしか得られない仕事もある。名簿に載る意味は果てしなく大きい。
弟子入りから誰にも知られずに習得までこぎつけたなら名簿には乗らないが、ワープに関しては考慮する必要もなさそうだ。
なぜならワープは最高難易度の魔法。凡人じゃ一生を費やしても、実用化させられるかわからないレベルの魔法だ。
魔法のランク ※( )は主な使い手
○レベル6 一生かけて習得できるかどうかの魔法
ワープ(シュナ、転送馬車の御者)
○レベル5 適正と才能のある者が数年かけて習得できる魔法
鎌鼬(ジェノブレイド)、雷鳴(シュナ)、黒炎(魔王)
○レベル4 適正のある者が数年かけて習得できる魔法
○レベル3 適正か才能のある者なら習得できる魔法
メタル化(クード)、治癒(シュナ、魔王)
○レベル2 魔力を器用に扱えれば習得できる魔法
暗幕(シュナ)、結界(シュナ)
○レベル1 魔力があれば習得可能な魔法
耐性強化(シュナ)
○オリジナル (本人の素養や嗜好によって発現した魔法。修得者が他にいないため、難易度の分類不可能)
転生(魔王)、凶暴化(魔王)、スイッチ(リーシャ)
16歳でレベル5と6を習得しやがったシュナは指折りの天才だが、誰の指導も受けずワープを極めるのはさすがに不可能だ。常識的に考えたら、ワープの隠し持ちを警戒する必要はない。
「交信(コンタクト)の魔法か声紋石で連絡をとり、先回りをさせたと考えるのが現実的か。
監視者と追跡者の役割分担。組織的に動いてやがんな。やだやだ」
「不満を言っても仕方がないだろう。私達は私達の正しいと思うやり方で動けばいい」
「そうだな」
相手が役割分担をするなら、こちらも同じ手を打つまでだ。
「シュナは治癒の任務を優先、俺は追跡者との“やりとり”を優先だな」
「それだと、万が一のときにクードが危険な目に遭ってしまう。
魔法での戦いに独りで臨むのは危険だ」
「それをシュナが言うか」
このお人よしちゃんは以前、コットンヴィレッジという村の人々を守る為に魔獣との戦いに独りで臨もうとしたことがある。
結局は俺とリーシャが助けに入って、事なきを得たわけだが。
「大丈夫。今回は戦いになるとは限らないだろ。そうならないように交渉はするし。
それに治癒はシュナにしか使えない。魔力を消耗しすぎたら、たどり着けても仕事ができないだろ」
「では二人で振り切るというのは」
「目的地がバレてちゃ、撒いてもすぐ見つけられる。下手すりゃ病気の子供が戦いに巻き込まれるぞ」
押し黙るシュナへ「まぁ任せろ」そう言って俺は先ほど店で購入した石のひとつを取り出した。
ワープの出口の役割を果たす石。座標石だ。
「悪運は強い方だ。知ってるだろ」
「——信じていいのだな」
頷いてやると、シュナは意を決したように杖へ魔力を込めた。
「先に行っている。あまり待たせると……私は戻ってきてしまうからな」
「おうよ」
掛け声とともに、俺は手に握った座標石を思いっきり谷の向こうへ投げ込んだ。そして時を同じくしてシュナがワープを発動する。
隣にいたシュナの姿が瞬時にしてその場から消え去った。コントロールを誤っていなければ、シュナは谷を降りた地点。目的地のすぐ傍までショートカットできたはずだ。
「——驚いたよ。もの凄い強肩だね」
樹木の陰から聞こえたのは、聞き覚えのない男の声だった。
「120m以上飛んだと思うよ。キミ、遠投の選手?」
「そんなわけあるか。てか話をするなら顔くらい見せろよ」
「失礼。そうだったね」
現れたのは小柄でおかっぱ頭の、少年のような風貌をした男。
説明会の会場でも見かけた、バロン家の三男坊。
ドリー=バロンだ。
「はじめまして、クード=ジルバート。
長い付き合いにはならないだろうから、堅苦しい挨拶はいらないね」
「どうだかな。ま、とっとと本題に入ろう。
何しに来た」
「それはもちろん、シュナ=アークライドを拘束しにきたんだよ。
彼女が立候補した直後にうちの兄ふたりがリタイヤしたのは、さすがに聞いてるよね」
なるほど、こいつもシュナを疑ってかかってるクチのようだ。
「シュナがやった証拠はあるのか」
「彼女を捕えて凶行が止まれば、それが証拠になるじゃないか」
「無茶をしやがる坊ちゃんだな。つまりは仇討ちか」
「仇? 誰の」
「いや、だからお前の兄ちゃん。ネイキッドとジュースティアの」
「あー、わかってないねキミも」
イラッ。
いや、いかんいかん。いけないぞクード。この程度で腹を立てちゃ。
「何がわかってないって?」
「仇討ちをしてるほど暇じゃないんだ。キミと違ってね。
シュナを捕えようとしているのは票を伸ばすためさ。兄2人にはネームバリューがあった。だからその2人をリタイヤさせたシュナを倒せば、みんながぼくの実力に気付いて票が伸びる。
失踪した兄の票が自然に流れてくるかと思ったんだけど、どうも微妙でね。少し自分で票をとりにいくことにしたんだ」
ドリーに票が流れない理由がなんかわかった気がする。普通に性格が良くない。
つーかこいつが兄ふたりをやったんじゃねーだろーな。兄弟なら油断させることもできただろうし。
兄弟喧嘩ならよそでやってほしいけどな。まあいいけど。
「ていうか、お前シュナを狙ってきたんだろ。俺とおしゃべりしてていいのかよ」
「追いかけてもどうせキミが邪魔するでしょ。
だったらキミを倒してから行っても同じだよね」
「血の気が多い若者だこと」
そんな相槌を打ちながら、ドリーの口ぶりに俺は息をついた。
仲介所で監視をしていたのはこいつの仲間かもしれないが、追ってきたのはおそらくドリーのみ。
こいつを足止めできればひとまずシュナの任務に支障はないわけだ。
目の前ではドリーが杖に魔力を充填させている。
戦う理由がなければ適当に時間稼ぎをするつもりだったが……こいつも容疑者の一人だ。
見極めるいい機会かもしれない。首狩り魔女かどうかを。
俺も全身に魔力を込める。
それを合図としたかのように、密林の戦闘が幕を開けた。
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