第31話 仲介所

 仲介所でシュナと待ち合わせた時間まで、まだ1時間くらい時間があった。


 シュナは基本、約束の15分前に待ち合わせ場所に現れる。今の時間だとどこかで時間を潰している可能性がある。


 たしか魔石を見るとか言っていたな。


 仲介所のある通りの周辺には、石を扱う店が何軒かある。その中で比較的大きく、内装が可愛い感じの店に入ってみる。


 一軒目でシュナを見つけた。やっぱり動きがわかりやすい。


 シュナは杖の先端につける魔石を眺めていた。


「杖、新調するのか?」


 話しかけると、シュナは「クードも来ていたのか」と石に目を釘づけたまま返した。


「魔術師選挙に乗っかっているのか、セールになっていたんだ。

 どれにしようかなぁ。赤かなぁ、ピンクかな。春らしい色がいいな」


 洋服を選ぶ感じの独り言が聞こえた。


 魔石は種類によって装填できる魔力の量とか、魔法の発動速度とかに違いが出るものだ。そういう視点で決めるんじゃないんかい。


「シュナくらいの魔法使いなら、もっといい石使ってもいいだろ。金ならあるんだし」


 俺は使い切ってしまったが、シュナは魔王討伐の報奨金が残っているはずだ。


「選挙も控えているし、少しは奮発してもいいんじゃないか」


「“石を磨く前に腕を磨きなさい”。私は父様からそのように教わってきた。

 あまりスペックの高い石を持ってしまうと、それを自分の実力と勘違いしてしまう。そんな気がするんだ」


 だから今の私にはこういう石が合ってる。そう言って嬉しそうに、赤い石を両手でぎゅっと握った。


 達人は筆を選ばないというやつか。


「クードも石を見に来たのか?」

「それもあるけど」


 そう言いながら、俺は店の一角を指した。大半を占める魔石売り場の隅に、それはこぢんまりと佇んでいる。


「鉱物売り場? あぁ、なるほど。クードも研究熱心ではないか」


 シュナは感心したように目を細めた。


「クードのメタル化は、自分の魔力と細胞を結び付けて金属に変化させることができるんだったな」

「あぁ。色んな金属の性質をきちんと理解すれば、そのぶん能力の幅が広がる」


 そう言って俺は購入したいくつかの金属を見せた。例えばこの耐熱金属は、炎を操る魔王との戦いで重宝した。


 性質の勉強とイメージ修行が大変だったし、定期的に触らないと精度が落ちてしまう。そういう面倒さはある。


 しかしこの耐熱金属に変化できなかったら、俺は魔王との戦いで何度灰にされたかわからない。


「新しく買ったのはこいつかな。マグナス合金。最近作られた合金で、鉄と同じくらい硬いくせに重さは3分の2程度。

 これをイメージできるようになれば、メタル化の弱点だった機動力の低下を改善できる」

「なるほど。……クードのそういうところ、本当に立派だな」


「何が」

「努力家じゃないか。魔王に勝ったいまも、研鑽を怠らない」


「そうだろうそうだろう。もっと褒めようぜ」

「うん、本当に尊敬する」


 いや、つっこんでくれ。照れるから。


「それにしても、金属にもいろんなものがあるのだな。この水に浮く金属というのも初めて見る。

 これに変化できるようになれば浮き輪がいらないな」

「お。可愛い発想」


「いいじゃないか。戦いばかりが魔法ではないだろう。

 こんなのもあるぞ。世界一脆い合金。風が吹いただけで粉状に崩れるって」


「これにメタル化したらバラバラ死体どころの騒ぎじゃなくなるわ」

「水をかければ再び固まるそうだ」


 一回ばらけた状態で? 怖えこと言うな。


「まぁいいや。用事が済んだならもう行こうぜ」

「うん。お会計を済ませてくる」


 花柄の刺繍が入った財布を取り出すと、シュナはとことことカウンターへ歩いて行った。






 仲介所に着くと、掲示板の前には人がごったがえしていた。


 ここには物探しから魔物の討伐まで、ありとあらゆる仕事が集まってくる。仕事を受けてそれを達成すれば、依頼主が仲介所に預けた報酬が支払われる仕組みだ。


 魔導師選挙が近いことも影響しているのだろう。魔法に関係する依頼が目立った。


 どんな職種でも仕事は受けられるが、今日は魔法使いっぽい奴らが目立つ。選挙の盛り上がりに乗っかって稼ぐつもりなのだろう。


「依頼主からの条件さえ満たせば、いい仕事をとれるかどうかは早い者勝ちだ。

 急ごうぜ、シュナ」

「うむ! はりきっていこう」


 さっき購入したモノをロッカーに預け、俺たちも人込みに混ざる。


「とはいっても、どのような仕事を選べばよいのだろうか」

「そりゃ選挙に出るなら目立つに越したことはない。

 達成までにあんま時間がかからなくて、人目に触れるタイプのやつがいいんじゃないか」

「ふむ。……ではこれなんかどうだろう」


 ジャンル“魔法”難易度“B”のカテゴリから、シュナが一枚の依頼用紙をとって見せた。


「手品のアシスタント募集! 参加条件は魔術師選挙に立候補するレベルの魔法使いで、炎か雷の魔法を使える者だそうだ。

 私は選挙にも出るし、雷鳴(サンダーボルト)の魔法も習得している。

 人目にも触れるだろう? ぴったりじゃないか!」


「却下」

「むー、なぜだ?」


 口を尖らせるシュナに、応募条件のところを指して見せた。


「魔術師選挙に出る魔法使いなんてほんの一握り。しかも雷か炎の魔法を撃てる魔法なんて、国中探しても数えるほどしかいないんだぞ」

「なおさら向いているじゃないか」

「完全に標的をシュナに絞ってる。これは他の候補者がお前を嵌めるために出した依頼だ」


 おそらく軽い事故かなんかを起こさせて、評判を落としにかかる作戦だろう。


 こんなのにひっかかる奴がいるか。いや、ここにいるんだけど。


 それからシュナは次々に仕事を提案してくるが、軒並み罠の匂いがするものばかりだった。いやもうほんと見事なまでに。全部が罠の仕事じゃないはずだが、ばか正直というかなんというか。


「あぁもう! あれも駄目、これも駄目では何もできないではないか!

 もういい、私は私のしたい仕事をする! 行動あるのみ!」


 シュナはそう言うと羽根ペンを取り出し、一枚の契約書に自分の名前を書きこんだ。


 サインをしてしまった以上、申請を取り下げることはできない。


 やっちゃったよこの娘は。溜息まじりに契約書の文面を読んでみる。


 治癒(リペア)の使い手を募集。子供の病気回復を補助してください。場所はアレクの森の一軒家。報酬は……。


 全部を読み上げると、またひとつでかいため息が出た。


 低い報酬、人情に訴えるような言葉がまたシュナの性格を的にしてる感じがする。


 罠じゃなかったとしても、票を伸ばす宣伝効果はほとんどない。


「どうせクードはこれも罠じゃないかなどと言うのだろう? けれど、もし罠でなかったらどうなる」


 シュナは俺をまっすぐに見据え、静かに言った。


「困っている人がいるかもしれない。だから助けに行く。

 私にはそれ以上難しいことはわからない」


 ざわめきの中でも耳の芯まで届く、透き通った声だった。


 止めても無駄か。


「すまない、クードが私を心配して言ってくれているのはわかるんだ。それでも」

「じゃあ張り切っていこうぜ!」

「ええっ!?」


 拳を突き上げる俺に、シュナは裏返った声を上げた。


「なんだよ。やると決めたのはシュナだろ」

「い、いや。とんでもなく切り替えが早いなと思って……」

「もう気にしても仕方ないだろ。サイン書いちゃったし」


 そんなことを言いながらシュナへ紙面を向ける。


 シュナの書いたサインの隣に、クード=ジルバートの名前がぴったり並んでいた。


「こうして見るとシュナの字は綺麗だな。お嬢って感じだ」

「——ふふっ」

「どした?」


 シュナはとつぜん笑い出したかと思うと、「ありがとう」そう言って頬を綻ばせた。


「なんだかんだと言って助けてくれるのだな。クードはいつもそうだ」


 屈託のない笑顔でそんなことを言うシュナ。


 ちょっと癪だけど、よく乗せられてしまうのはその通りかもしれないな。


 俺だけじゃない。一緒に冒険していた頃、リーシャや、あの勇者でさえ、シュナのやる無茶には付き合ってしまうことが多かった。

 

 それはシュナの人柄が成せる技だと思う。


 まぁ、それはそれとして。サインの入った依頼書をたたみ、俺は席を立った。


「依頼書は出すまでが受付だ。

 一緒に提出しに行くか? 婚姻届みたいに」

「またそういう冗談を……どうせ誰にでも言っているのだろう」


 そんなやりとりをしながら、二人でカウンターへ向かう。そうしてシュナと並んで仲介人から任務の説明を受ける。


 込み入った話はなかった。森に住んでいる病気の子供に治癒の魔法をかける。それだけの任務だ。


 だが罠の可能性があるとなると、いくつか考えなきゃいけないことがでてくる。


①依頼そのものが偽物のパターン

②依頼は本物だが、道中に罠が仕掛けられるパターン


 ①ならまだいい。任務が嘘とわかったらその時点で離脱をするだけのことだ。シュナはワープが使えるし、俺も逃げ足には自信がある。


 だが②だとすれば、たとえ罠とわかっても退けない状況があり得る。シュナの性格を考えたら尚更だ。この場合は罠を避けるのではなく突破しなくてはならない。


 なんの含みもない、純粋な人助けの任務になることを祈るばかりだが……そう楽観的でいるのも難しいだろう。


 現にいまの時点で、嫌な視線を感じる。


 視線の主が何者かはわからない。だが何にせよ、やるべきことに変わりはない。


 シュナを投票日まで無事に守り抜くこと。


「よーし、それでは出発だ! はぐれてはダメだぞ、クード」

「子供か俺は」


 軽くため息をはいて、俺は軽い足取りの少女の隣に並んだ。

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