第30話 尋問
「君の話には不自然なところが多すぎる」
俺がそう切り出すのと同時。空気が変わったのを感じた。
「俺が犯人の目的について言及した時だ。
『犯人の狙いが“当選すること“だとすれば』
俺がそう言ったら君はこう返した。
『それ以外にあるのですか』と」
「それの何がおかしいんですか……?」
「犯人は自分じゃない誰かを当選させるために事件を起こしている可能性があるだろ。
君はそこに気づいていないフリをした。
だって君自身、自分ではなくエリィを選挙に勝たせたいと話していた。
誰かのため、という動機が思いつかなかったはずはない」
図星だったのか。そうでなかったのかはわからない。
ただ俺が指摘すると、明らかに空気が変わったのを感じた。
「当選させたい人物がいる。それを動機と考えるなら、事件によって誰が得しているのかも見る必要がある」
そう言って、俺は一枚の紙を取り出した。
情報屋から仕入れた票の動向。有権者の投票予定を調査したものだ。
○得票行動調査 有権者アンケート(募集当時)
ネイキッド=バロン 予想得票率 約32%
エリィ=フローレンス 約30%
ジュースティア=バロン 約20%
イヴ=フローレンス 約16%
ドリー=バロン 約8%
「これは事件が発覚する前。立候補受付が始まった直後にまとめた調査結果だ。
そして、事件が起きた後にまとめた調査はこう」
○得票行動調査 有権者アンケート(最新)
エリィ=フローレンス 約39%(+9%)
イヴ=フローレンス 約19%(+3%)
シュナ=アークライド 約19%(前回未調査)
ドリー=バロン 約13%(+5%)
ネイキッド=バロン 約 7%(−25%)
ジュースティア=バロン 約 2%(−17%)
※クードは立候補が直前過ぎたためデータなし
この調査には面白い点がある。
まず、失踪した二人の票が弟のドリーにいまいち流れていないこと。
ネイキッドとジュースティアが“脱落”ではなく“失踪”になっているせいで票が割れた。それもあるだろう。
しかし、利権のために支持者を決める連中からすれば勝ち馬に乗らなきゃ意味がない。
バロンの支援者は三男のドリーでは力不足と見たのだろう。票が離れてしまったというわけだ。
その結果。
「事件の後、最もバロンの票を得たのはフローレンスの筆頭。君の姉、エリィだ。
つまり事件で得をしているのはエリィ。
それと、彼女の当選を望む人物ってことになる」
「——もしもそうだとするなら、姉様が襲われたのはおかしいです」
イヴは眉ひとつ動かすことなく、反論まじりの疑問を口にした。
「姉様を勝たせたいのだとすれば、腕を奪う意味などないはずです」
「そうかな。こんな見方もできるぜ。
彼女は腕を奪われるだけにとどまった。彼女だけが首を奪われずに済んでいる」
「……っ!」
「エリィだけ脱落させなかったのはわざと。
しかし被害者にはカウントされるから、結果として容疑者からは外れ、しかし票は伸びる。
彼女の当選を望む誰かさんからすれば、一石二鳥の結果だな」
エリィが被害を黙っているのは計算外だったんだろう。
それでも票に変動が起きたという結果が残れば、それで十分とも言える。
もしもこの娘。
イヴが首狩り魔女なのであれば。
「——嘘をついたことは謝ります」
申し開きをするでもなく、イヴは静かに頭を下げた。
「私はシュナ=アークライドを犯人と見ています。だから彼女にクードさんの警戒が向くよう、犯人の動機について考えていないふりをしました。
それは本当にごめんなさい。
それでも、ひとつだけ本当のことをお話しさせてください。
私は首狩り魔女ではありません」
それだけ言って、イヴがお金を置いて席を立つ。
そんな彼女に。
「じゃあ俺もいいことを教えてやる。シュナは犯人じゃないよ。
そんなやり方で当選を望む娘じゃない」
俺は駆け引きなしのメッセージを伝えた。
「——言葉をそのまま受け取るのは難しいですね。お互い様ですけれど」
「“魔法の前には誠実であれ”。アークライド家の教えだよ」
「あなたはアークライド家の人じゃないですよね」
「門下生だった時期があるんだ」
意外そうな顔をみせるイヴ。知らないのも無理はない。ほとんど誰にも言っていないし、出来のいい弟子でもなかったしな。
「イヴ。君とはまた話がしたいな。
今度はその刀を振る姿も見てみたい」
「——。もしそういう機会にお会いすれば、存分に」
そういう機会、ね。思わず腰の長刀を見てしまった。
イヴの魔法や戦闘スタイル。どれ程の力量か。調べておくに越したことはないだろう。
とにかく今はこれ以上の問答は無用だ。
俺は久しぶりに、女性の背中を止めずに見送った。
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