第29話 イヴ=フローレンス

 内緒話の場所には、行きつけの喫茶店を選んだ。


 知り合いが切り盛りをしている店。特定の客しか案内しない個室があり、仕事でもよく利用させてもらっている。


 店に入ると、俺とイヴの姿を見つけた店長がすぐにいつもの部屋へと案内してくれた。

 

「また違う女性を連れていますのねえ。今度は年下ですか?」


「まあね」


「黒髪の綺麗な娘さんですこと。お顔立ちや立ち姿も上品ですし」


「だよな」


 下世話な耳打ちを適当に流して歩く。


 これでもこの店長。元々は女性ながら傭兵をやっていた。


 爪が全てなくなっても口を割らなかったという逸話を持つ。口の固さは折り紙付きだ。


「ここなら秘密は漏れない。

 遠慮なく話をしよう。お互いにね」


 アイスコーヒーを運んできた店長が扉を閉めたタイミングで、俺は口火を切った。


「……」

「……」


 あれ。しゃべらない。


 表情を見るに……遠慮をしている、というよりも緊張している様子だ。


「そういえば、イヴ。君の腰にあるそれってカタナだよね。

 女の子が持っているのは初めて見たよ」


 会話が止まった時は、相手が大事そうにしている持ち物について話せ。


 身に染み付いている合コンの法則が発動し、椅子にもたれかかっている刀を話題にした。


 もちろんただの世間話ではない。探りも兼ねてのものだ。


「魔法使いで杖を持たないのは珍しいよね。

 君みたいに細い子だと、扱うのが大変でしょ」


「いえ、そんな……幼い頃から持ち歩いていますから」


「小さい頃から持たせてもらえるのが凄いよ。

 それ振っているところとか見てみたいな。カッコ良さそうだ」


「そんな、危ないですよ?」


 そのあたりでイヴの表情がふっと緩んだ。

 

 それからイヴはぽつぽつと自分の話をしてくれた。


 魔法の名家に生まれながら、剣のセンスに才能を見出されたこと。


 とはいえ魔法をむげにするわけにもいかず、刀に魔石を練り込んだ“魔法剣”の使い手になったこと。


 魔法は刀を振ることで発動できるものであること。色々なことがわかった。


「それでも私の魔法の腕前は、本来、魔術師選挙に立候補できるほどのものではありません。

 姉様と違って」


「——そういえば姉さんのことで相談があるんだったね。

 もしかして、エリィの右腕のことかな」


 言い当てられて驚いたのか。イヴは目を見開いた後、静かに頷いてみせた。


「姉様は右腕を失った事情を隠しておられます。

 私を除いた一族の誰にも。いえ……妹の私すら、知ったのはたまたまだったのです」


「たまたま? どういうこと?」


 聞けば、イヴがエリィの右腕の異常に気づいたのは、打ち明けられたわけではなく。


 姉の部屋に呼び出されて行った時に、偶然見たものだったのだという。


「姉様の部屋で会う約束をしていましたので伺いました。

 5分ほど早くついてしまったせいでしょうか。姉は自室で着替えをしていました。

 その時に見てしまったのです。姉様の右腕が……なくなっているのを」


「それっていつの話?」


「6日前です」


 ——。


 ネイキッドが失踪した翌日。そしてシュナが協会へ立候補を表明した日だ。


「扉を開けて、私はつい声を上げてしまいました。

 姉様は誤魔化せないと思ったのでしょうか。ただ『お父様にも、誰にも話さないで』そう口どめをしました」


 そうは言われても、とイヴは色々尋ねたのだという。


 何があったのか。医者にはかかったのか。控えめな彼女にしては珍しく、矢継ぎ早に質問をぶつけた。


 けれど姉の返答は「聞かないで」の一点張りだったのだという。


「その直後です。私が首狩り魔女の事件を知ったのは。

 私は、もしかしたら姉様が……すでに首狩り魔女と対峙したのではないかと」

 

 エリィはすでに事件の被害者だった。戦闘不能にこそされなかったが、右腕を奪われてしまった。


 イヴの見立てはそういうことだった。


 俺の推測とほぼ同じだ。


「今回の魔術師選挙……私たちフローレンス姉妹に負けは許されません。

 特に姉様は。一族や支援者の全てから期待を一身に受けている立場。

 その重圧は想像を絶するものがあります」


「だからエリィは右腕のことを隠している。賊に敗けれたとあれば、それは選挙の結果につながるだろうからと。

 だったら、俺とシュナには自分から腕を見せたのはおかしくないか」


 シュナが右腕の異変に気付いたのは偶然だったかもしれない。


 けれど、わざわざ異変の中身を見せてやる必要はなかったはずだ。


 俺はあえて遠慮のない言い方をしてみたが、イヴは間をおかずに頷いた。


「クードさんの言う通りです。私には『誰にも話さないで』と言っておきながら、お二人には自分から腕のことを話した。

 そこには意図がなければおかしいです」


「意図ね。例えば?」 


 俺の質問に、今度は迷っているかのような間を置くイヴ。


 その反応でなんとなく察しがついた。


「——姉様はクードさんかシュナさん。あるいは両方が首狩り魔女ではないかと疑った。

 だから失った腕を晒すことで、反応を見に行ったのではないかと」


 映写石の映像では、犯人の顔がわからなかった。実際に戦ったエリィもそうだったのかもしれない。

 

 そこで容疑者に自分の傷を見せるという手に出た。


 エリィが腕を失った事実を知るのは、イヴを除けば首狩り魔女だけ。


 犯人にしか有り得ないリアクションを見せる可能性がある。


 言動にボロを出す可能性がある。


 そういう理屈か。


「——私としては、クードさんは“違う”と思っています」


 そう話しながらも、イヴの視線はじっと俺を捉えていた。反応を見ているのは彼女も同じなのだろう。


「共犯なら一人は目立たない立場の方がいい。クードさんまで立候補する必要はありません。

 クードさんが単独で事件を起こしているのだとしたら、立候補するタイミングが不自然だと思います」


「まぁ、そうだな」


 俺が立候補を申し出たのは締め切りの前日。おまけに選挙に向けた事前準備もしていない。


 事件を起こすほど魔術師になりたいのだとすれば、そもそもやる気がなさすぎる。


 イヴの目にはそう映っているようだ。実際その通りだが。


「まあ、犯人の狙いが“当選すること”だとすれば、だけどな」

 

「……。それ以外にあるのですか」


「どうなんだろうな」


 俺は適当に相槌をうちながら、アイスコーヒーを口に運んだ。


「——それで、君は今のところシュナが犯人と見ている。

 俺にどういう動きを期待しているのかな」


 周りくどい話は好きじゃない。


 シュナがいなくなった後に声をかけてきたからには、狙いがあるんだろう。


 核心に迫る質問だが、イヴはほとんど間を置かずに頷いた。


「私と手を組みませんか」


 からん、とグラスの中で氷が小気味のいい音を立てた。


「もちろん選挙を戦う上では敵同士です。そこは利害関係が一致しませんから。

 それでも情報を共有することは、お互いの身を守るためにメリットがあるはずです」


「情報を共有?」


「はい。クードさんはシュナさんと行動をともにするケースが多いと思います。逆に私は姉様と行動を共にする時間が長い。

 どちらかに異変があった場合に、連絡を取り合うんです」


「つまり俺は容疑者のシュナを。君は被害者のエリィの動向を監視すると」


 あえて強い言い方をしてみる。イヴもそう感じただろうが、躊躇わずに「その通りです」と返した。


「姉様の件は、首狩り魔女にとって“未遂”に終わったのだと思います。それなら必ずまた動く。

 それを皮切りに犯人を特定できるかもしれません。

 うまくいけば、姉様が再び襲われるのを止められるかも……」


 ううん……絶対に止めてみせる。

 

 最後は消え入りそうな声だったが、強い意志を感じる呟きだった。


「姉様はフローレンス家の長女として、この選挙に勝つために人生を捧げてきました。必ず魔術師になるべきお方なんです。

 こんなところで命を落としていい方ではないんです」


 もちろん次に狙われるのがエリィとは限らない。その場合でも、犯人が捕まれば結局エリィの安全は守られる。


 どっちにしてもイヴの行動理念は一貫して、姉のため。


 それだけエリィのことを思ってるんだろう。


 ——。


 話だけ聞いていればな。


「ここから先正直に答えて欲しい。

 お互いのためにもな」


 自分の中でスイッチを入れる。


 ここから先は質問じゃない。尋問だ。

 

 イヴ=フローレンス。


 この娘は嘘をついている。

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