第28話 目的

 説明会が閉じられると、シュナは難しい顔をして俯いていた。


 おそらく選挙に関することじゃない。エリィの右腕が気になっているのだろう。


 その背景には十中八九、首狩り魔女事件が関わっている。


 発覚している1人目の犠牲者がネイキッド。2人目の犠牲者はジュースティア。


 時系列はわからないが、エリィもまた首狩り魔女に襲われた一人なのかもしれない。


 だがシュナは事件そのものを知らない様子だ。それを話すべきか。


 俺は事件をシュナの親父さんから聞かされている。なのに立候補するシュナが知らないってことは、親父さんはあえて娘に事件のことを伝えていないのだということだが……。


 ……。


「——街で“首狩り魔女事件“っていう妙な事件が起こっている。

 今回の選挙に関係しているかもしれない」


 正解かどうかはわからない。しかし俺はシュナに話すことを決めた。


 黙ってたっていずれ知ることになるだろう。だったら変なフィルターを通さず、俺の口から伝えた方がいい。


 シュナは神妙な面持ちで詳細に耳を傾けていた。


 説明が終わると「許しがたい事件だ」と言葉に怒気を滲ませた。


「野心のために人を傷つける魔法を振るう。それは魔法使いとして決して許されることではない。

 首狩り魔女とやらめ。私が必ず……」


「あー、それさ。この事件の犯人ってやっぱ魔法の使い手なのかな」


 言葉を遮って疑問を差し込む。


 話せばシュナは「首狩り魔女を止める」とか言い出すだろうなと思ったが、やはりだった。


 今、シュナがやるべきことは事件の解決じゃない。


 選挙という目の前の課題に集中することだ。


 方向を修正するためにねじ込んだ質問に「魔法が関わっていることは確かだろう」と、シュナは話題を変えた。


「しかしどういう魔法なのかがまるでわからない。

 魔法で人の首を落とすのは、恐ろしい話だが可能だ。しかし犠牲者の心臓が動いたままというのはおかしい。

 人の命を取りもどすことは、どんな魔法であってもできないからだ」

 

「絶対?」


「ああ。絶対だ」


 人間の命をコントロールすること。それはいつの時代も望まれてきたこと。


 しかしどんな大魔法使いも、それを実現することはできなかった歴史がある。


「それでも映写石で現場を写している以上、犯人が魔力を扱える人物であることは間違いない。

 魔法を応用して、なんらかのトリックを使っているんだろうな」


 首は落ちている。心臓は動いている。


 トリックでそれを実現させる。いや、実現しているように


 死者を生き返らせるよりかは現実的か。俺はシュナの見立てに頷いた。


「候補者を脱落させれば選挙の結果をコントロールできる。犯人の動機はそんな所だろうか」


「犠牲者は選挙の立候補者ばかりだから、多分な」


「首狩り魔女とやら。必ず白日のもとに引きずり出してくれる」


 あ、話が戻ってきてしまった。


 シュナは正義に敏感だ。これがあるから親父さんはシュナに言わなかったのかもしれない。


「あまり気にすると選挙に集中できなくなる。

 それこそ、首狩り魔女の思う壺かもしれないぞ」


「しかし」


「シュナの願いは魔術師になって多くの人の役に立つことだろ」


 そう言うと、シュナは口にしかけた言葉を飲み込んだ。


「目的を見失うなよ。事件の方は俺に任せておけ」


 事件の解決は他の人間にもできる。


 けど、魔法で人を幸せにするなんて大層な願い事は、限られた人間にしか叶えられない。


 だからここは適材適所。そんなつもりで言ったことだが、シュナは神妙な面持ちで「ありがとう」と頭を下げた。


「クードは魔術師になりたいわけではない。

 それでもここに来た……いや、来てくれたのは私のためだろう」


「おいおい。そんなお人好しに見えるのかよ」


「ああ。私はクードがどれだけお人好しかを知っている。

 長い付き合いだからな」


 長い付き合い。あまり意識したことはなかったが、言われてみればそうだ。


 魔王の討伐任務に参加するずっと前。勇者の養成所に通っていた頃、俺はシュナの親父さんから魔法を習っていた。その頃からの付き合いだ。


 当時のシュナは誰もが認める天才少女。出来の違いはハッキリしていたけれど、同じ師匠の元で修練を積み、ともに技を磨いてきた。


「コットンヴィレッジのときもそうだった。いや、一緒に修行をしていた子供の頃からそうだった。

 本当に困っているとき、いつもクードは私の元に駆けつけてくれた。

 お父様もよく言っているぞ。クードは人柄の据わった青年だと」


「いやあ。そんなに褒められると照れますね」

 

「女性関係以外は本当によくできた弟子だと」


「え。俺、師匠にまでそんなこと言われてんの?」


 シュナの親父さん、いや師匠とは年に数回会うか会わないかの関係だ。


 そんな師匠の耳にまで届く俺の噂。さすがに自重しなければと思った。


「ともかく、お父様も私も感謝をしているのは本当だ。それを伝えたかったんだ。

 初めての選挙……本当は少しだけ心細かったから」


「また女の子みたいなことを」


「女の子だッ!」


 怒鳴りながらも、今日は拳がとんでこなかった。


 いつものノリを交わしたシュナの表情もまたいつも通りに戻っていた。


 なんとなく表情が硬かったからな。少しは不安を笑い飛ばしてやれたなら何よりだ。


「全く。人がせっかくお礼を言っているのにすぐそういうこと言う。

 力が抜けてしまったではないか」


「ごめんごめん」


「まあいい。お言葉に甘えて、私は選挙に力を尽くす。

 とはいえクードも闇雲に“首狩り魔女”を探し回るわけにはいかないだろう。

 私は魔石を買ってから、仕事を受けにいこうと思う。クードも一緒にいかないか」


 シュナの言う仕事とは、町の仲介所で募集されているミッションの事だ。


 成功すると金銭的な報酬や、レビューという名の信用を獲得することができる。

 

 大きな仕事をこなせばそれが宣伝になり、得票につながるだろう。いわば正攻法の選挙活動だ。


 首狩り魔女が標的を物色している最中なのだとすれば。


 そっちに参加した方がかもしれないな。


「後で行くよ。仲介所で落ち合おう」

「わかった。また後で」


 シュナは手を振ると、陽気に廊下を駆けて行った。


 やる気まんまんの子供は見ていて微笑ましい気持ちになるな。いや、和んでる場合でもないか。俺は俺で動かないと。


 配られた候補者名簿に視線を落とす。会場にいなかったネイキッドとジュースティアの名前も普通に残っていた。


 俺ですら事件は知っているんだし、選挙本部の耳に入っていないはずはない。


 それでも消えた二人が失格になっていないのは、今のところ死体が見つかっておらず、失踪の扱いになっているからだろう。


 有力候補は失格になってくれた方が都合がいいはずだが……。


 この状況、首狩り魔女にとっては計算の範囲内なのか?


 それとも誤算?


 いずれにしてもまだ候補者が5人も残っているこの状況。首狩り魔女が大人しくしてるとは思えない。


 次に狙われるのは誰か。


 あり得るのは右腕を失ったエリィだ。彼女が事件の“生存者“なのだとしたら、首狩り魔女が口封じに動く可能性がある。


 だとすればエリィに詳しい話を聞きたいところだが、まあ俺には話さないだろうな。


 捜査局の連中は犠牲者がネイキッドとジュースティアの二人と言っていた。エリィの件は把握していない。


 つまり彼女は被害届を出していないことになる。


 事件のことを話す気がない。あるいは話せない事情があるのだということだ。


「外堀から探ってみるか」 


 警察には話せないことも、近しい人物には話している可能性は十分ある。


 例えば、妹とか。


「あの……」


 不意に聞こえた控えめな声。


 背後を振り返ると、少女が立っていた。


 背丈は小柄なリーシャよりもさらに少し低い。そのせいか、腰まで伸びた黒髪がさらに長く見える。


 服装は魔法使いのそれと同じ。だが手には杖がなく、代わりに腰には異国の剣。“刀“を差していた。


 どうしたって目を引く存在感。彼女のことは説明会の最中から気になっていた。


 にもかかわらず。


 背後に立たれるまで、俺はまるで接近に気づけなかった。


「はじめまして。私はイヴ=フローレンスと言います。

 姉様の……エリィ=フローレンスのことでお話があって来ました」

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