第23話 魔王様ルート?

 “顔のない魔王“騒動から3ヶ月。ようやく騒ぎも落ち着いてきた頃。


 しばらく顔を合わせていなかったアリアから突然、連絡がきた。


「スイーツを届けて欲しいの。

 クード。あなたのオススメで構わないわ」


 今日の夕方には部屋に戻れるから。それじゃあね。


 俺が何か返す間も無く切られた連絡。何か急いでいるというか、忙しそうな感じだった。


 スイーツなんか城のコックに頼めばいいだろう。なぜわざわざ俺に持って来させる。


 配達料でも取ってやろうか。そんな考えもよぎったが、やめた。


 俺が今までにぶっ飛ばした衛兵たちの治療費。全て請求されたらスイーツ代じゃ済まない。


 しばらく顔も見ていないし、行ってやるか。


 俺はコートを羽織り、靴につま先を入れた。





 城についたのは辺りが薄暗くなった頃だった。


 おすすめのやつ、っていうのが厄介だった。よく考えたら、お姫様のアリアに勧められる菓子ってどんなだよ。


 とりあえず人気の店のケーキを一時間並んで買った。これなら文句は言うまい。


 ケーキが崩れないように衛兵をぶっ飛ばして、部屋に入る。


 アリアはソファにもたれかかって寝息を立てていた。


「……おーい。来たぞ」


 起きる気配のないアリア。頬を軽く叩いても全く動きがない。かなり深く眠っているらしい。


 そういえば、アリアは騒動で溜まっていた公務を一気に片付けるべく、国中を飛び回っていると聞いたな。


 いつも涼しい顔をしているから、こうやって隙だらけの姿を晒しているのは珍しい。


「姫様ー。御所望のスイーツが届いたぞ」

「——」

「……。悪戯されても知らんぞ」

「——いいよ。きて、クード」


 急に開いたアリアの目。冗談で近づけていた体に腕を回され、吐息のかかる距離にまで引き寄せられた顔。


 !?


 熱っぽく、潤んだ視線が俺の瞳を捉えている。桜色の唇がゆっくりと開いた。


「クードとだったら私、いいよ」


「——。おい」

「なぁに?」

「お前、魔王だろ」

「ウソ! もうバレた!?」


 ソファにのけぞりながら、アリア……の意識を借りた魔王は素っ頓狂な声を上げた。


「なんで? どうしてわかったの!」

「ここまで急激なキャラ崩壊があってたまるか。

 そんなことより魔王お前。アリアの意識を無理やり乗っ取ったりしてないだろうな」


 俺の目つきが変わったのを見て、魔王はあたふたしながら首を振った。


「ち、違うよ。アリアは疲れて寝ちゃったの。

 そんな時にクー君がきたからさ。ちょっとからかってみよっかなって思っただけで」

「ならいいけど」


 いやよくはないけど。俺はため息をついて、向かいのソファに腰掛けた。


「ちなみにさ。クー君。本物のアリアならどう言うのが正解だったわけ」

 

 ——実際に迫られたことがないから知らんけど。


 でもあいつは主導権を取られることを嫌う。なんとか俺の方から迫ってくるように仕向けるんじゃないだろうか。


 そんなことを言うと「そっちかぁ」と、なぜか魔王は二択のクイズを外したかのように指を鳴らした。


「クー君にはまた見抜かれちゃった。わたしのなりすましもまだまだ甘いね。演技に磨きをかけなきゃ」

「勘弁してくれ。また何かに転生されたとき面倒だ」

「あ、それお土産? 開けていい?」

「聞けよ」


 言うが早いか、魔王はもう箱を開けていた。


「ねえ、これってもしかして……ケーキ? ケーキだよねこれ!」

「ああ」

「ほ、本物だぁ。はじめて見たぁ!!」


 魔王は目をキラキラさせながら、ツヤっと光るいちごに鼻を寄せた。


「ね、ねえクー君。これさ。今アリア寝てるけどさ。ちょっとだけ」

「いいぞ。好きなのとれよ」

「やった! どれにしようかなぁ〜。3つもあるから悩んじゃうな。

 って、あれ? 3つ?」


 魔王は3種類のケーキを見回した後、紅茶の湯を沸かす俺に視線を戻した。


「アリアの分とクー君の分と……なんで1つ余分にあるの?」

「いや、アリアとお前の好みが同じかわからんからさ」


 体を共有してるから味覚も同じだとは思うが、確証はない。モメられたら面倒だったので余分に買ってきた。それだけのことだ。


 なのに魔王は少しうつむくと「わたしの分も買ってきてくれたんだ」と小さくこぼした。


「ありがとうクー君。嬉しい」

「急にしおらしくなったな。できればずっとその感じで大人しくしてろ」

「お礼に胸触っていいよ」

「いやお前の胸じゃないだろ」


 勝手なマネするとキレたアリアが何をするかわからない。

 魔王は意識の底に封印されることになるだろう。そして俺は言葉通りの永眠をさせられる可能性がある。


「そ、そうだったね。ごめん。

 アリアの体に住ませてもらってるのに、自分の体になったつもりでつい」


 悪気はなかったらしく、魔王は申し訳なさそうに頬をかいた。


 自分の体だったら普通に胸触らすんかい。


 そういえばこいつの“転生”は、死んだ時に半径30m以内にいる者の体を乗っ取る魔法だ。今回のように宿主の意識と共有するのは初めてのことなんだろう。


 しかしアリアの姿、アリアの声で「胸触っていいよ」はなんていうか……くるものがあるな。


「ほら、紅茶。食ってばっかじゃねーか」


 頭を冷やすつもりで紅茶を淹れる。そんな内心はつゆ知らずか、魔王は「ありがとー」と言ってカップに触れた。


「あ…っつ……!」


 ケーキを食べながら受け取ったせいか、魔王はカップを落とした。中身のほとんどは机にこぼれたが、その一部がかかってしまったようだ。


「お、おい大丈夫かよ」

 

 ハンカチで腕を拭ってやる。少し赤くなっているように見えた。


 大丈夫だとは思うが、念のために炎症どめを取り出して塗った。魔王は少し涙目になりながら、紅茶のこぼれた机を見て、それから薬を塗る俺の手に視線を落とした。


「これだけなら……たぶん痕には残らないだろ。

 でも気をつけてくれよ。大事な体なんだ」

「……」

「魔王?」

「——。大丈夫。クー……君は優しいね」


 魔王はうつむくと「ねえ」と穏やかなトーンで語りかけた。


「実際のところさ。クー君はアリアのこと……どう思ってるの?」


「なんだ急に。どういう話だよ」


「なんていうか、ほら。こんなチャンスなのに手を出さないから。

 実はあんまり好みじゃないとか……?」


「そんなことはない。たださっきも言ったけど、大事な体なんだ。

 大事だからこそ勝手なマネはできない。そういうもんだろ」


 魔王はまだ何か言いたげだったが、「そっか」とつぶやいて、そのまま黙ってしまった。


 なんだよ。また急にしおらしくなって。


 まさか魔王とこんな空気になろうとは思っていなかった。なんだか居心地が悪くなってきたので、俺はいつものスイッチを入れた。


「でも間違いはあるからな。今日みたいに男に「胸触っていいよ」とか簡単に言うなよ」


「!? い、言うわけないでしょう!」


「さっきは息を吐くように言ったじゃねーか。

 実はちょっと損した気分もあるんだ。次言ったら容赦なく揉むからな」


 なんか真っ赤になる魔王。自分から仕掛けておいてその反応はないだろ。


 それから魔王は黙って残りのケーキを食べていた。会話がまるで続かなくなったので、アリアが起きたら来たことを伝えるよう残して、部屋を後にした。


「ちょっと損した気分って言ったが……時間が経つとなんか」


 ちょっとじゃなくて結構、損した気分かもしれない。


 いやいや。あれはアリアであってアリアじゃないわけで。手を出せば浮気に、いやでもその時は中身が魔王で、その魔王が魔王の体で……。


 ……。俺は一体何を言ってるんだ。


 騒動が終わってなおあの魔王に心をかき乱されてる。


 ついたため息が、寒空に白く広がって消えた。



◆◆



『——惜しかったね。アリア』


 クードがいなくなった部屋で、慰めるような魔王の声が響いた。


『でもほら。わたしの目から見ても、あれは脈ありだったと思うよ。元気だそ!』


「——うん」


 側から見たら、ちょっと危ない独り言のように見える光景。


 二つの意識は一つの体を通じて、本日の反省会をしていた。


『それにしてもあれだよね。クー君。最後いがい全然チャラくなかったよね。

 ビジネスチャラ男なのかな』


「——誰が得をするのよ。そんなキャラ設定」


 相槌を打ちながら、アリアは赤みのひいた手首にそっと触れた。


 紅茶の熱さで取り戻した意識。周囲の様子で状況をなんとなく察した。


 目の前にクードの顔があった。話の流れがわからないけれど、自分のことを大事だと言ってくれた。


 気がついたら、誰に背中を押されるでもなく一歩を踏み出していた。


 ……。


「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


 クッションに顔を押し付けて足をばたつかせるアリア。


 なるほど。この反応が正解だったんだ。これはクー君が簡単に見抜くわけだね。


 でもちょっとかわいい……。魔王はアリアの様子を見ながら内心でニヤニヤした。


『大丈夫! 押していく系なら任せてよ。

 アリアはかわいいし肌キレイだし、絶対次は食いついてくるよ。揉んでくるよ!

 クー君ならわたしも嫌じゃないし、それに』

「揉んでくる……。

 そういえばクードが言ってた“胸触っていいよ“って何?」


 え。あ。


 あれ? 地雷踏んだ?


 言葉一つで、魔王は部屋が急に氷点下に落ちたような気がした。


「私が眠っているのをいいことに、勝手なマネをしてくれたようね」

『そ、それにはわけが』

「あなたが誘ってクードが食いついていたらどうするつもりだったというの?

 それは紛れもない浮気でしょうっ!!」

『え、ふたりはまだ付き合ってないのに』

「うるさい!!」


 それから先はこんこんと説教が続いた。

 

 いや、説教というよりは、勝手に人の男に手を出さないように……みたいな。主にそんな内容だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る