第22話 シュナ「私にいいアイディアが「却下」

 コットンヴィレッジでの戦いから一夜明けた時の話。俺とリーシャ、シュナの3人は城を目指していた。


 目的は2つ。捕らえた魔王の部下から詳しい情報を聞き出すため。それと、集まった情報をアリアと共有するためだ。

 

 だが俺たちは、城下町を前にして微妙な状況に直面していた。


 門前に立っている数人の見張り。お尋ね者の俺たちが見つかれば街が騒ぎになるだろう。


 勇者の耳にも入るかもしれない。なんとか見つからずに門を通過できないものか。

  

「私にいいアイディアがある!」


「………………」


「どうしてそんな微妙な顔をするんだ。まだ何も言っていないじゃないか」


 むくれるシュナに、俺は「え、いや、まぁ……」と絵に描いたようにお茶を濁した。


 魔法使いとしては紛れもない天才のシュナ。だが少しばかり天然なところがある。


 彼女の言う「いいアイディア」はあまり打率がよくない。それが顔に出たようだった。


「(失礼だよクード。ちゃんと聞いてからダメって言わなきゃ!)」


 耳打ちするリーシャ。ダメっていうのは既定路線なのが、言葉の節々に聞いてとれる。


 けど確かに、最初からダメって思われたらシュナも不服だろう。こういうのが積み重なると反抗期になりかねない。


 一回はちゃんと聞いてあげよう。一回は。リーシャと教育方針を確認し、シュナへと向き直る。


「やはり変装がいいと思うんだ」


「却……むぐ」


「う、うん。変装ね。いいと思うな! シュナちゃん、それで?」


 リーシャが俺の口を塞ぎながら、優しい声でシュナに返す。お母さんみたいだ。


「それでな。やはり怖がられる変装よりも、可愛いのがいいと思う。

 私たちはお尋ね者だ。そのギャップは見張りの目をも曇らせるはず。

 そこで森の動物たちとピエロの出番だ! サーカス団に扮して見張りの脇を抜けるんだ!」


「却下」


 “森の動物たち”のくだりでリーシャの手が緩んだので、俺は遠慮なくシュナのアイディアを切って捨てた。 


「な、何がいけないというんだ!」


「全部だろ。目立ちたくないのにこっちから人を集めてどうする」


「う……。ど、どうしてもと言うのなら、クードにうさぎの役を譲っても良いのだぞ?」


「配役で買収しようとするな」


 ていうかウサギが主役なのか。サーカスの世界観がよくわからない。


 その後もシュナは口を尖らせていたが、計画そのものが穴だらけなのは納得したのだろう。大人しくなった。


「——やっぱりここはテクノロジーの出番じゃないかな」


 控えめながらも、心なしか前のめりでリーシャが口を開いた。


「テクノロジー?」


「まかせてよ! いいのがあるんだ!」


 いいのがある……。その響きに一抹の不安がよぎった。


 魔王討伐の時は武器職人という肩書きでパーティーに加わったリーシャだが、本職は技術者であり、発明家の顔も持つ。彼女の発明品は多くの製品に影響を与えており、片手じゃ足りないほどの勲章を受けている。


 そんな輝かしい実績の陰で、実は多くの失敗も繰り返している。失敗は成功の母。発明家としてそれを恥じることはない。


 だがスケールの大きい彼女は失敗のスケールもでかかった。


 以前招かれた試作品のお披露目会。彼女の研究所が木っ端微塵になるという衝撃の結末を迎えている。


 最近の悩みは火災保険に加入させてもらえないことらしい。ぼったくりの保険会社すら逆にぼったくっているという噂だ。


 よって不安しかない……。そんなことを考える俺を尻目に、リーシャは嬉々として小瓶を取り出した。


「じゃじゃーん! 飲むとちょっとの間だけ透明になれる薬ー!

 名付けて“無人くん“」


「む、無人くん? いったい何でできてるんだ?」


「トウメイソウの抽出液にあれやらこれやらを混ぜて作ったよ!」


「その伏せられてる成分がかなり不安なんだが」


 爆発とは別の怖さを感じる。“人では無くなる“と書いて“無人“みたいなネーミングも拍車をかけているのだろう。


 さすがにシュナも渋い表情を浮かべている。そんな俺たちにリーシャは「ちゃんと実験したから大丈夫だよ」と親指を立てた。


「私も試したけど重い副作用は出なかったよ。ちょっとだけ難点があるけど」


「難点?」


「効果が短いこと。あと服は透明にならないことかな」


「なっ!」


 しばらく大人しくしていたシュナが裏返った声を上げた。


「そ、それは飲む際に裸になるということだろう。男性のクードがいる中で肌を見せるわけにはいかない!」


 胸元を押さえて顔を赤らめるシュナ。いやそこは透明になってから服を脱げばいいだろ。すぐにそう思ったが、なんか面白そうな反応をしているので付き合うことにする。


「いいじゃないか。久しぶりに裸の付き合い」


「よくな……いやまて。久しぶりに?」


「風呂なら魔王討伐の旅で一緒に入ったじゃないか。ほら、シュナは手から洗うタイプだろ」


「ど、どうしてそれを知っている!? まさか覗いたのかこの外道め!

 轟け、らいめ……!」


「お、落ち着いてシュナちゃん!」

 

 杖に雷撃を纏わせるシュナと俺の間にリーシャが割って入る。「クードはそういう悪さはしないよ!」身を挺して止めるリーシャの訴えに「それは……そうかもしれないな」そう言ってシュナは矛を収めた。


「よく考えたら最初に石鹸を泡立てるのだから、手が最初に決まっているな。

 全く。冗談もほどほどにするんだぞ。灰にしてしまうところだった」


「お、おう」


 灰にする気だったのかよ。と、冷や汗を拭いながら応じる。


 冗談のさじ加減を間違うとこういうことになるのか。さすがにこんな死に方はごめんだ。


『クード……あなたになんでも屋なんて肩書きは似合わないわね。

 歩く女性トラブルとでも名乗ったらどう?』


 墓前で冷ややかに語るアリアの姿が浮かんだ。一国の姫にそんなこと言われたら親が泣くと思う。

 

「ていうかそろそろ真剣に考えるぞ。魔王がどう動くかわからないんだ。遊んでる場合じゃない」

「そもそもクードが始めたやりとりではないか」

「薬には味ついてんの?」

「聞けぇ!」


 シュナの杖を避けながら尋ねる。リーシャが「果物のフレーバーオイルなら入れられるよ」と答えると「イチゴ味もあるのか?」とシュナが攻撃を止めた。簡単な娘だ。


 あれ。でも透明になるってことは。


「なあリーシャ。透明になったら門を開けてもらえなくないか?」


「え? あ」


 ——閉まっている門。おそらく鍵は門番が持っている。透明になれば姿は見つからないが、扉を開けることができない。


「うぅ。自信作だったんだけどなぁ」

「すごい発明だったとは思うぞ」

「無人くんっていう名前……」

「え、そっち?」


 ネーミングの方は割といまいちだったと思うが。天才の考えることはよくわからん。

 

「なぁ。クードには何かアイディアはないのか? さっきからダメ出しばかりではないか」


 シュナのつっこみに、俺はそれもそうだな……と思案をめぐらせた。


 座標石を投げる→ワープを使えば壁を越えられるが、シュナのワープには使用制限がある。まだ城まで先は長いから温存しておきたい。


 となればやはり門を通過するのがいいだろう。


 門には鍵がかかっている。その鍵は門番が持っている。


 城内にいる衛兵と違って門番を倒せば街が騒ぎになるから、それはできない。となればやはり門は“開けてもらう“しかない。


 その時、少し向こうに荷馬車がたくさん止まっているのが見えた。黒の板で組まれた荷台に、被せられた紺色のシート。城下町で何度か目にしたことがある。


「あの荷馬車……王宮に物資を納入している業者のやつだな」


 食料から武器まで手広く扱う老舗の運搬業者だ。何でも屋の仕事で何回か関わったこともある。


 そこで働いている奴が、自分の仕事が王家と繋がっていることを自慢していたな。

 

「あの荷馬車を引いてさえいれば流通には顔が利くらしい。荷物の確認は倉庫で済ませているのもあって、確か城下町への門はフリーパス。

 あれに潜り込めばいけるんじゃないか?」


 ちょうどその業者の荷馬車が3台、門の前に止まった。御者のチェックはされたが荷物は見られていない。それが確認できた。


「思った通りだ。よしリーシャ、シュナ。まだ何台か荷馬車はある。早速乗り込むぞ」


「うん……」


「ああ……」


「——何だよ。いいアイディアだろ」


 なんだか微妙な表情の二人。荷物に紛れ込むのが嫌なんだろうか。


 居心地はよくないだろうけど、贅沢言ってる場合じゃないだろ。そんな風に言ってやろうと思ったら、


「確かにいいアイディアだと思う。ただ、なんというか……」


「?」




「「普通……」」


 

 

 重なった女子二人の声。


 ——結局。俺のアイディアは採用された。


 しかしなんというか、言い知れない敗北感みたいなのが、しばらく頭にこびりついて離れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る