第21話 勇者「私と踊れクード」俺「え…嫌だ…」 後編

 そして次の日の夕方。ジェノブレイドは衣装に着替えて城へと赴いた。


 何度か険悪な空気にはなったものの、ジェノブレイドは俺との特訓をやりきった。


 覚えられたのは基本中の基本とほんの僅かなアレンジだけだが、アリアと踊る数分程度の時間くらいは凌げるだろう。


「よし。じゃあ頑張ってやってこい!」

「何を言っている。お前も来るのだ」


 は?


 思わず気の抜けた声が漏れた。何を言ってるのかわからないのはこちらの方だ。ダンスパーティーに呼ばれたのは勇者だけ。俺は部外者だ。


 それに俺は魔王に転生されアリアを攫った前科者として王には知られている。いくら姫と勇者の口添えで無罪放免にされているとはいえ、祝いの場にいたらどうしたって角が立つだろう。


 怪我してないのに呼ばれなかったのもそういう理由なんじゃないのか。


「ぜってー無理だ。通してもらえるわけがない」

「趣向の一つとして、仮面の着用も可の舞踏会だと聞いた。私の友人だと話せば問題なく参加できるだろう」


「いやいやいや!

 つーか俺は何しに行くんだよ。お前が姫様にかっこいいとこ見せるんだろ」

「私だけではフェアではない」


 そう言ってジェノブレイドがまっすぐに俺を見た。胸の内を見透かすような、そんな眼をしていた。


「私とアリア姫だけはクードが本当の英雄だということを知っている。

 お前を除け者にした宴に価値などない。姫もきっとそうおっしゃるだろう」


 支度しろ。あいかわらず有無を言わせない口ぶりで言うと、ジェノブレイドは仮面を放ってよこした。


 ――どうなっても知らねーぞ。


 俺は小さく舌打ちをしてクローゼットを開いた。




 城のホールに足を踏み入れると、きらびやかな衣装に身を包んだ人々がグラス片手に歓談に興じていた。


 多くの参加者は仮面で素顔がわからない。けれど雑談の内容から、だいたいが貴族か街の有力者であることが推測できた。


 本当なら同じく魔王討伐にあたったシュナとリーシャも呼ばれる予定だった。けど二人はまだ怪我の治療が終わっていないことから、招待が見送られた。雑談に耳を立てていたらそんな噂が耳に入った。


 だったらパーティ自体を延期してもよさそうなもんだけど、そのあたりは貴族のスケジュールとの兼ね合いもあるらしい。変な話だ。


 金持ちの雑談を肴に潰していると、中央階段の上の扉が開いた。


 雑談が一斉に止んだ。


 見上げた先では、輝くような銀髪の少女が眼下の俺たちに向けてお辞儀をしていた。


 決して派手なドレスではない。仮面で目元が確認できるわけでもない。それでも少女は人々の視線を釘づけて離さなかった。


 さすがのオーラだな。お姫様。


 見上げながらニッと笑いかけてみる。アリアはちらっとこちらを見たような気がしたが、すぐに拍手をする人々に笑顔を振りまきながら階段を下りてきた。


「ほら行け。本日の主役」


 他の誰にも見られないようにジェノブレイドの背中を押す。ジェノブレイドは大きく深呼吸をすると、黙って頷いた。


 そうしてアリアとジェノブレイドが向かい合う。姫と勇者が向かい合う。


「ようこそお越しくださいました。勇者ジェノブレイド」


 アリアの挨拶に応じてジェノブレイドが跪く。そうしてジェノブレイドがアリアの手を取り、その手の甲にキスをする。


 絵画のような光景だった。誰もが二人に見とれている。


「アリア姫。私と踊っていただけますか」

「喜んで」


 微笑みかけるアリア。それを合図にオーケストラの演奏が始まる。


 主役の二人を囲んで、他の参加者たちも近くのペアと踊り始めた。俺も適当に女性を見繕って手を取った。そして中央の二人に視線を向ける。


 無口なジェノブレイドにアリアが何ごとかを話しかけている。それにジェノブレイドが応じると、アリアが微笑みながら身体を預ける。


 アリアのリードもあるのだろう。ジェノブレイドの踊りは練習の通りにできていた。あれなら心配はない。


 もう十分だ。


 適当なタイミングで抜けよう。曲のつなぎ目を迎え、中央の二人に割れんばかりの拍手が送られる。


 俺は拍手をした後、人混みを縫って城の門を出た。


「もうお帰りになられるのですか」


 門前に立っていた衛兵が俺に尋ねた。見覚えのある顔だった。確か姫の部屋の前でぶっとばしたことがある男だ。


 仮面をつけてるとはいえ喋ったらバレるな。俺は会釈だけして通過しようとした。


 だが。


「姫様とお会いにならなくてよいのですか、クード様」

「……。気づいてたのか」

「自分はよく世話になりましたので」


 嫌みのない苦笑を浮かべて、衛兵は俺に頭を下げた。


「ぶっ飛ばされた事はムカついてないのか」

「はい。あなたを止められないのは自分の力量不足ですから」

「けど俺が姫を攫ったことは聞いてんだろ。いいのかよ。あっさり通して」

「――姫様のお顔を見ていると、自分にはそれが真実であったようには思えません」


 愚直そうな衛兵の青年は、敵意のない瞳を俺に向けていた。


「あなたに会う時の姫様はいつも嬉しそうでした。城に戻られてからはしばらくそんなお顔をされませんでしたが……今日は朝から姫様は笑顔でおられました。


『今日は頑張りなさい。ダメって言われると来るタイプよ。あの男は』


 姫様は本当に楽しそうにそうおっしゃいました」


「あいつは俺をなんだと思ってんだろうな」


 俺の言葉に衛兵は表情を崩して笑った。「し、失礼しました」そう言って衛兵は顔を作ったが「いいよそのままで」と俺が言うと、肩の力が抜けたようだった。


「クード様。自分はまだまだ未熟です。また稽古をつけていただけますでしょうか」

「稽古のつもりはなかったけどな」

「いつならご予定が合いそうでしょうか」

「ぶっ飛ばされる予約いれんな。どMか?」

「は! 自分はどちらかといえばMであります」

「いやマジに返されても」


 勇者といい衛兵といい騎士ってやつは硬いのが多すぎる。俺もあのまま勇者になろうとしてたらこうなってたんだろうか。


 ちょっと想像がつかない。っていうか想像したくない。


「一度くらい足止めを成功させてみせなければ、衛兵の名折れであります」

「めんどいな……じゃあ今試してみろよ。俺を足止めできるかどうか」

「その必要はないわ」


 背後から聞こえた透き通った声。


 スカートの裾を摘んで立つアリアがいつのまにか俺の背後に立っていた。


「足止めの役目なら彼は十分に果たした。私が来るまでよく保たせたわね。あなたの勝ちよ」

「ありがたきお言葉。――少し予定より早いですが、自分は周囲の見回りに出てまいります」


 衛兵は姫と俺に頭を下げると、夜道に消えて行った。


 見張りがいなくなっちゃまずいだろ。……いや、それも含めての作戦か。衛兵の機転に観念してアリアと向かい合う。


「ダンスパーティーに来てろくに踊らずに帰る気?」

「もともと呼ばれてないからな」

「では何をしに来たの。ジェノブレイドがちゃんと踊れるか気になったのかしら」


「――あいつ喋ったのか」

「聞いていないわ。ただ彼に踊りを教えたのはクード、あなたでしょう。

 彼の踊り方に少しだけあなたの癖を感じた」


 ふふ、と微笑んでアリアは俺の手をとった。


 アリアと踊るのなんて子供の頃に遊びでやったきりだ。


 そんな昔のことまで覚えてんのか。


「自分の癖を身につけさせてしまうようではまだまだね。場数を踏む必要があるわ」

「いいよ。ダンサーになるわけじゃあるまいし」

「そんなことを言って、急にダンサーになりたくなったらどうする気?」

「急にダンサーになりたくはならんだろ」


 っていうかパーティーはいいのかよ。主役が抜け出して。


 渋る俺の態度を見て察したのか、「ジェノブレイドと一緒に抜けてもらったから平気。誰も水を差したりできないでしょう」アリアはそう言って俺の手を引いた。


「それでも、あまり長くお客様を待たせるわけにはいかないわ」

「だろうな」

「ここは冷えるからあまり長居もしたくないわね」

「外套を貸してやる。これ来て城に戻れ」

『――あー、もうまどろっこしいっ!!』


 !?


 いきなり変わった口調に思わずのけぞった。だが声を発した当の本人ですら驚きの表情を浮かべている。


 このやたら高いテンション。ヤツの意識が表に出てきたようだ。


『なんなのもう! 女の子がこんなに誘ってるのに!

 アリアは久しぶりにクー君と会えるの楽しみにしてたんだよ!』

「ちょ、ちょっと……!」


 勝手にしゃべりだした魔王を慌てて諌めるアリア。両方とも同じ口から出てくる声なものだから見てて不思議な気分だ。


『もう強引にいっちゃおうよ! 首根っこ掴んでホールに連れてって、そのあとはお部屋にお持ち帰りだよ』

「も、持ち帰ってどうするの……!」

『決まってるでしょ! 予定通りそのままベッドで夜のダンスパーティーの開幕よ!』

「そんな予定を立てた覚えはないわ!」


『あ、わたし男のヒトとこういうの久しぶり……。ずっとじゃなくていいけど、飽きたらわたしにもおすそわ』

「ね、眠りなさいッ!」


 ぷつん、と会話の応酬が途切れる。アリアは真っ赤な顔で肩をいからせていた。


「……。大丈夫か」

「大丈夫に……見える?」


 ちょっと涙目になっている。よっぽど恥ずかしかったらしい。


 ――しょーがねーか。


 顔を覆ってしまったアリアに近づく。そして今度は俺の方からアリアの手をとった。


「行くか」

「い、行く!? まだ人がいるのに? そんな私はまだ心の準備が……」

「部屋じゃなくてホールだ」


 光の漏れる無数の窓に視線をやる。ダンスに興じる人々の声が、音楽が微かに聞こえてくる。


「待っててくれたんだろ」

「――うん」

「踊ろうか」


 こくりと頷くとアリアは俺の手を握り返した。外した仮面をつけ、二人で煌びやかな場所へと戻る。


 群青色の雲がいつのまにか晴れ 、明るい三日月が輝いていた。

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