顔ノナイ魔王 おまけss

第20話 勇者「私と踊れクード」俺「え…嫌だ…」 前編

 魔王との再戦からひと月が経ち、俺たちはもとの日常を謳歌していた。


 魔物たちは魔王の魔力が消滅したのと同時に沈静化。勇者パーティ四人の指名手配も解かれ、ようやく大手を振って街を歩けるようになった。


 傷を癒したシュナは実家へと帰還。リーシャはリハビリの為に王立の医院へと移った。


 アリアはしばらくの間、自分と同化した魔王の躾にあたっていた。アリアと魔王が同化していることはトップシークレット。ボロを出さないよう色々と口裏を合わせておく必要があったからだ。


 また魔王が問題を起こすことへの対策として、アリアは自分自身の監視をカゲツに依頼した。城にもカゲツと通じている仲間が潜んでいるらしい。


『別に悪さなんてしないよ?』


 魔王はそう言ったがアリアはまるで信用していないようだった。悪さをする気はなくてもボロを出す可能性は十分にある。


 万が一にも魔王がアリアの身体で何かしようものなら、潜んでいるカゲツの仲間がすぐに拘束に動く。そんな契約を結び、アリアもまたカゲツのアジトを出た。


 そして俺とジェノブレイドはというと。


「……目を逸らすな。ちゃんと見て動きを合わせろ」

「……こうか」

「じっと見つめんな気持ち悪い」

「お前が見ろと言ったのだろうが」


 闘場でやりあったとき以来の険悪な表情を突き合わせていた。


 Tシャツに短パン姿。絡ませた両手。室内に響く不協和音。


 男同士のダンス練習。


「どうしてこんなことに……」


 目の前でカクカク動いている勇者を一瞥して、俺は盛大にため息をついた。




 時は二時間前にさかのぼる。


 休暇を満喫している俺を、ジェノブレイドがなんの前触れもなく訪ねてきた。


「お前がウチを訪ねてくるなんて珍しいな」


 というか初めてのような気がする。「まあ上がれよ」そう言って部屋に通すと、ジェノブレイドは黙って俺の後についてきた。


 よほど急いできたんだろうか。ジェノブレイドは少し息をきらせていた。心なしか顔色も悪い。


 そして。


「大変なことになった」


 ソファに腰掛けるなり、ジェノブレイドは切り出した。


「クードの助けが必要だ。猶予はさほどない。急いで手をうたなくては……」

「待て待て待て。なんだ。なにが起きた」


 俺の静止に、ジェノブレイドは「すまない」と言って深呼吸をした。しかし取り乱した様子は相変わらずだった。視線が定まっていない。


 しかしただ事ではない様子だ。コイツが取り乱すなんてよっぽどだぞ、おい。


「まさかアリアの身に何か起きたのか」


 最悪の想像が脳裏に過ぎる。だがジェノブレイドはすぐに首を横に振った。


 じゃなければ何だ?


「もしかしてまた魔物が暴れ出したとか」

「いや魔物は暴れていない」

「世界が滅ぶとか」

「世界は滅ばない」


「じゃあ何事だ」

「ダンスパーティーが開かれる」


 ――。

 は?


「ダンスパーティーって……あのダンスパーティーか?」

「他にどんなダンスパーティーがあるというのだ」

「そ、そうだよな。いやそうじゃなくて、もうちょっと詳しく話せ」


「ダンスパーティー【dˈæns pάɚṭi】とは社交場などで行われる宴であり協奏曲や管弦曲などのミュージックに合わせて男女が」

「言葉の意味は知ってる」


 事情を話せ事情を。じゃなきゃ話が見えてこない。っていうか話が進まない。


 落ち着いて話をさせると、アリアが戻ってきた記念に王がダンスパーティーを企画したとの内容だった。なんとも急なことに開催は明日。魔王討伐の功労者であり、姫の許婚でもあるジェノブレイドは当然その宴に招かれた。


 の、だが。


「私には踊りの経験が全くない」

「――全くってことはないだろ。酒場で誘われたりとかしないか、普通に」

「私は酒が飲めない。ついでに人が集まる場所もあまり好まない」


「じゃあ暇なとき何してんだよ」

「魔物を殺す訓練だ」

「殺伐としてんな」


「心外だな。そればかりではない。罪人を鎮圧するイメージトレーニングにも励む」

「終わってんなお前の青春」


 どんな休日の過ごし方だ。聞いてて一ミリも心が弾まない。


「そういうわけで私にはまるで踊りのスキルがない。そんな私がアリア姫をリードできる可能性は限りなく低い」

「低いってかゼロじゃねえの?」

「そこでお前の出番だ」

「俺の出番か?」

「お前はちゃらいのでそういう経験は豊富だろう」


 そう言ってジェノブレイドはまっすぐな視線を向けてきた。断言しやがったコイツ。


 しかしこれで俺はパーティ全員にチャラ男認定をされてしまった。


 いっそ開き直っちまうか?


「だったら慣れることが一番だ。女友達をテキトーに呼ぶから練習台になってもらえよ」


 道具を収めた引き戸を開けた。中には声紋石が所狭しと並んでいる。ちなみにここに収めてある声紋石はすべて女性に通じているものだ。


「本職の踊り子が二・三人いたな。やっぱ可愛い娘がいいか? あ、この娘なんか胸も大きいしなかなか」

「少し待て」


 手のひらを俺に向け、それを胸へともってゆき、ジェノブレイドは大きく息を吸った。


「話が逸れている。ダンスの相手に胸の大小は問わない」

「でかいにこしたことはなくね? もしかして勇者様は貧乳が好みか」

「どちらかといえば」


 ――。なんでいきなり素直なんだよ。


 あと性癖を真顔で話すな。どう受け止めていいかわからん。


「小ぶりの胸というよりも細身の女性に魅力を感じる」

「いやその話はもういい」


 仕切り直すつもりで、今度は俺が大きく息を吸った。


「とりあえず誰を呼ぶかだろ。誰でも良けりゃ適当に声かけるぞ」

「できれば顔見知りが望ましいが」


 共通の知り合いか。あんまいない気がする。

 となるとシュナかリーシャのどちらかになるな。


 ――。


 どっちでもいいか。


「とりあえずシュナにかけてみよう。あいつお嬢だし、舞踏会に出た経験くらいあるだろ。それに胸も薄い」

「だからそれは問わないと……」


 ジェノブレイドの突っ込みを無視して声紋石に魔力を込める。石の光がゆっくりと点滅を始めると、スリーコールくらいでシュナの声が返ってきた。


「もしもし」

『クードか。久しぶりだな。なにか用か?』

「ダンスの練習相手になってもらいたい」

『ダンス? 構わないが、どうして私に』

「貧乳だから」


 ぷつっ。と音を立て、声紋石の光が消えた。


「切られた」

「当たり前だ」


 無味乾燥なつっこみと視線が俺に向けられる。


 はいはい。真面目にやりますよ。俺が再び魔力を込めると、今度はすぐに通信がつながった。


『む、胸がなくて悪かったな! ばーかばーか!』

「どうも馬鹿です」

『……』


 開き直る俺に押し黙るシュナ。口げんかとか苦手なんだろうな、この娘。


「さっきは悪かった。ちょっとした言い間違いだ」

『――なにをどう言い間違えたらあんな言いぶりになるのだ』

「さっきまで貧乳の話で盛り上がってたからさ」

『ひ、昼間から何の話で盛り上がっているんだッ!』


 まあ細かいことはいいじゃねーの。そんな俺の返しに「細かいか……?」とジェノブレイドが小声で口を挟んだ。


「それよりダンスの話だ。教えに来てくれるか? 今から」

『今からか? それは難しいな。今日は出かける予定が入っている』

「バーゲンなら毎月やってるぞ」

『ああ……ってなぜお前が私の予定を知っているんだッ!?』

「わかりやすいから」


 確か市場の安売り日は今日だとチラシで見たような気がする。シュナはそういうイベントごとにつられやすいタイプだから、行くかもなと思ったら案の定だった。


「けどシュナは名家のお嬢様だろ。バーゲンなんて興味あるんだな」

『家が裕福だからといって、娘の私が贅沢していい理由にはならないだろう。私も修業中の身だ。身の丈に合った生活を意識しなくてはな』

「えらいな」

『な、なんなのだ急に。お世辞を言ったってなにも出ないぞ』


 いや、お世辞でもなんでもなく素直な感想だった。俺なんか魔王討伐で天狗になってたとこあるから、シュナの考え方にはちょっと考えさせられた。


 無理には頼めないな。やりとりをしながら視線を送ると、ジェノブレイドも黙って首を縦に振っていた。


「わかった。出かける前に悪かったな。また頼む」


 通信が途切れる。シュナがダメとなると今度はリーシャか。


 手先は器用だけどダンスとかはどうなんだ? 声紋石を取り出して魔力を込める。ジェノブレイドは少し険しい顔つきでテーブルに視線を落としていた。何かあったのか?


『はい、もしもし』

「怪我の具合はどうだ、リーシャ」

『だいじょぶだよ。軽い運動ならもうできるようになったんだ』


 経過は良好らしい。その言葉を聞いてか、ジェノブレイドの表情が少し緩んだ。


『それよりどうしたの、クード』

「ああ。ジェノブレイドがダンスの練習相手を探してるんだけど、リーシャはどうかと思って」

『ダンス!? まっかせてよ! いいのがあるんだ!』


 いいのがある? 変に張り切るリーシャの声を聞いて、ジェノブレイドの表情が再び固まった。


『前から作ってたダンスの練習用カラクリ人形がきのう完成したの!』

「そりゃナイスすぎるタイミングだな」

『ダンス用カラクリユニット三号!

 名付けて“三度目の正直”』


 一度目と二度目は?


 どうにも不穏な気配を感じるネーミングだ。大丈夫なんだろうか。


『だいじょうぶ! 今度のは暴走も爆発もしないから』

「前のは爆発したんかい」

『しないはずだから!』

「はず……?」

『安全安心をこんせぷとに作った三号ならきっとお役に立てるよ!』


 ちょっと待っててくれ。そう言って声紋石を手から離す。そしてジェノブレイドに意見を求める。


 どうする? そう訊く前にジェノブレイドは首を横に振った。


「あまり気が乗らないな。実は私は以前にもリーシャのダンスユニットを紹介されたことがある。

 確か名前は……“同じ轍は踏まない”」

「――ソイツはどうだったんだよ」


「とにかく手ごわかった。戦闘用ユニットを改良して作ったらしいが、暴走時にすさまじい力と機動力を発揮した。

 最後は私とリーシャが二人がかりで木端微塵にしたが、試験場は火の海になった」


 ってことはここでやったらウチが火の海になるんじゃねーか! それは勘弁してほしい。


「もしもし」

『どうなった?』

「ああ……えーと、今日はやめとくわ。試作品ならリーシャも立ち会えるときがいいだろ。リーシャもまだ身体が本調子じゃないだろうしさ」

『ちょっと外出するくらいなら平気だよ?』

「健康第一だ。怪我が完治してからまた頼むな」


 丁重にお断りをして通信を切った。これで二人がNGか。


 あと顔見知りっていえば……カゲツも当てはまるのかもしれないが、これ以上借りを作るのが躊躇われた。借金で首が回らなくなりそうだ。


「クードが教えては駄目なのか」


 首をひねる俺にジェノブレイドが尋ねた。


「器用なお前なら、踊りの指導くらいお手の物だろう」

「無理だ。俺は男と踊ると死ぬ病気だから」

「そんな奇病は聞いたことがない」


「――まじで言ってんの?」

「私は冗談を言ったことがない。そして背に腹は代えられない」


 どうも真剣に提案しているようだ。しかし本当に気が進まない。


 何が悲しくて男と手ぇつないで踊らなきゃならんのか。


「頼む。一生の願いだ」

「なんでそこまで頼む」


 頭を下げるジェノブレイドを見て、無意識に頭を掻いた。こいつの言う“一生の願い”は俺が冗談で言うそれとは重みが違う。


「勇者に認められた時点で、私はアリア姫の許婚として見られている」


 ジェノブレイドは少し複雑な表情で、けれどきっぱりそう口にした。


「不甲斐ない姿を晒してはアリア姫に申し訳が立たない。それになによりも、姫に格好の悪いところを見せたくない。


 魔王転生の件で……私は姫を深く傷つけた。簡単に取り戻せるものではないことは知っている。しかし、だからこそ小さなことでも真剣に積み重ねてゆこうと心に決めた」


 いつもと同じ表情。同じトーン。なのにどうしてか、勇者の言葉からはいつもと違う心意気を感じた。熱を感じた。


 こいつはこいつなりに、アリアのことを。


「……。ま、勇者に貸しを作っとくのも悪くないな」


 俺はわざとらしくため息をついて笑った。渋い気分は相変わらずだったけど、なんとか笑顔を作ることができた。


「まじで気が乗らないけど付き合ってやる。動きやすい恰好に着替えろ」

「それなら準備をしてきた」


 勇者はそう言うと荷物袋の紐を解いた。中にはTシャツに短パンが収められていた。


「ちなみにクード。お前の分も用意してある」

「最初から俺にやらせる予定だったんかい」

「巷ではペアルックと表現するものらしい」

「言うな……かろうじて芽生えたヤル気が失せる」


 二人してシャツに着替え、明日に向けた特訓を開始する。


 ――そんなこんなで、俺たちは夜通し踊り明かすこととなった。

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