第6話 追撃

 全ては1年と2か月ほど前、魔王がアリア姫を攫ったことから始まった。


 動機は単純でありきたりなもの。いわゆる人類への復讐というやつだった。


 もともと王国は魔王や魔物の討伐に心血を注いでおり、姫君をさらったのは国王への報復の一環だとの声明が届いた。


 王はすぐさま姫君の奪還を目的としたパーティを結成。4人の戦士が集められた。


 王国最強にして勇者の称号を与えられた男、ジェノブレイド。


 魔導師の名家“アークライド家”の一人娘、シュナ。


 技術師コンクール国内3冠のタイトルを持つ武器職人、リーシャ。


 そして何でも屋の俺。


 4人は数々の苦難を乗り越え、みごと魔王を撃破。姫君も取り戻し、めでたしめでたし。

 の、はずだった。



 魔王が倒された数日後。再び魔物たちが反乱を起こした。


 仕切っていた魔王はもう死んだはず。わけがわからないまま俺たちは魔物の討伐に向かい、一匹の魔物を捕虜とした。


 魔物は語った。


 魔王は死なない。魔王は死んだとき、半径30メートル以内にいた者の身体に乗り移る。


 そうして新しい魔王は生まれ変わるのだ。


 実体のない魔王“顔のない魔王”として――



◆◆



 かたん、かたん、かたん。小気味のいい揺れを感じながら、俺たちは馬車での旅を満喫していた。


「おいクード。もう少し奥につめることはできないのか」

「こうか?」

「! ど、どこを触っている!?」

「いや知らん。どこ触られてんの?」


 狭いし暗いしまったくわからん。さすがに毛布に覆われた荷台の奥まで光は届かないため、視界はないに等しい。


 城に向かうことを決めた俺たちだが、今は荷馬車の奥に息をひそめていた。


 お尋ね者の俺たちが堂々と街の中を歩くわけにはいかない。いろいろ考えた末、城の付近まで行きそうな荷物に紛れ込む作戦を提案したのだ。


「まったく……もう少しマシな方法はなかったものか」

「シュナの提案したアレよりはまともだろ。なあリーシャ」

「ど、どうかな」


 リーシャは曖昧な言葉で濁した。


 ちなみにシュナの提案した手段は変装だった。たまたま隣町で売っていたピエロと森の動物たちの着ぐるみを身にまとい、姿を隠すというもの。


 城につくまでに4・5回は職質をくらうことだろう。そんなわけで俺が2秒で却下した。


「つーかいま思い出したけど、シュナはワープの魔法使えるよな。それ使えば姫の部屋まですぐ行けるんじゃ」

「そんな簡単な話ならとっくに使っている」


 呆れたような声が暗闇の奥から届いた。


「ワープは空間を操る最上位の魔法だ。その分だけ制約は大きい。


 たとえば回数は1日4回、同時に2人までしか移動はできないし、行先だって座標石のある場所に限られる。魔力の消費だって大きい。


 城の周辺は厳戒態勢が敷かれていて、もともと埋め込まれた座標石は回収されてしまっている。だから姫様の部屋までひとっとびというわけにはいかないのだ。


 ――。この話は前にもしなかったか」


「うん聞いた」

「じゃあなぜ訊くのだっ!」


 いや、途中でなんか聞いた事ある話だなあと思ったけど、得意げに説明してるから最後まで言わせてあげただけのことだった。特に深い意味はない。


「ってことはもうちょい我慢の時間が続くわけか。リーシャは平気か?」

「うん。かくれんぼみたいで楽しいよ」

「悪いな。女の子にこんな我慢させて」

「おいクード……私は?」

「あ、そろそろ着きそうだぞ」

「聞けぇ!」


 そんな話をしているうちに、いつのまにか目的にまで到着した。シュナをからかっていると心なしか時間が早く過ぎるような気がする。


 まあそれはおいといて。


 城の裏手に植えられた木々に身を隠しながら、俺たちは次の作戦に移ろうとしていた。


「まともに入ろうとすれば、無駄に騒がれてやっかいなことになる。というわけでこいつの出番だ」


 俺は懐から白く発光している石を取り出した。さっきちょっと話題に出た座標石だ。


「姫君の部屋があの塔の最上階。そのちょっと下に螺旋階段の窓があるだろう。そこに石を投げ込んで、シュナのワープを使う」

「え! あの窓まで石が届くの!?」


 塔の高さは20メートル以上ある。しかし俺はきっぱり頷いて返した。


「ああ。お尋ね者になったときのために練習しておいたんだ」

「どんな想定をしているんだ……」

「4・5回に1回くらいは姫様の部屋の窓が割れたけどな」

「しゃれになってないじゃないかッ!?」


 お、おいちょっと! 慌てだすシュナとリーシャを尻目に石をぶん投げる。

 投げた石は綺麗な弧を描いて飛び、狙った窓に吸い込まれていった。


「す、すごいよクード! 野球選手になれるよっ!」

「ふ。シュナ、今のうちにサインをやろうか」

「いやいらないが」


 アホな事言ってないでさっさと行くんだ。かっこつけたポーズのままワープをさせられる俺。続いてシュナがリーシャを連れてワープした。


 あとはアリアの部屋の前にいる衛兵をなんとかするだけだ。


 先陣を切って歩く俺に、リーシャとシュナがついてくる。俺たちが現れると、直立不動で立っていた衛兵たちの間にざわめきが起こった。


「彼らは俺に任せてくれ」

「あ、そういえば仲良しなんだよね。それじゃお願い」


 リーシャの笑顔を背中に受け、一歩前へと出る。


「やあ諸君。元気にしてたかね」

「元気なワケがあるかこの野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「ぜ、ぜんぜん仲良くないじゃないかっ!」


 シュナが戸惑いの声を上げる。それを合図にしたかのように衛兵たちは俺に向かってきた。


 交渉決裂。いや交渉すらしてないけど。


 いつものように拳で思いきり語り合い、俺たちは姫君の部屋をノックした。




 久しぶりに訪れた姫君の部屋には、すでに紅茶の香りが漂っていた。


 外から衛兵たちの怒号が聞こえたころにはもう、アリアは来客を迎える準備を始めていたらしい。


 カップもきちんと4人分が用意されていた。勘の良いお姫様なことだ。


「さっそく教えてくれ。今日の記録は何秒だった?」


 真剣な面持ちで尋ねる俺に、アリアは澄ました顔で応じた。


「スポーツみたいなノリで聞くのはよくないわね。でも教えてあげる。1分ちょうどよ」

「よし、自己ベスト!」

「ちなみにこのあいだ、ジェノブレイドもここに来たわ」

「なっ……!」


 さらっと重大発言をするアリアに、リーシャとシュナは紅茶を吹きだしそうになった。


 もちろん俺も例外ではない。

 姿をくらましていたはずの勇者がここに来た、だと?


 それなら予定とは違うが、聞いておかなきゃならないことがある。


「あいつ……何秒だった?」

「その話は今じゃなきゃダメかしら。でも教えてあげる。13秒よ」

「なんだそのチートなスコア! ぜってえズルしたろアイツ!!」

「ちょ、ちょっとまってください……!」


 アリアと俺のかけあいに耐えられなくなったのか、リーシャが声を上げた。シュナは紅茶が気道に入ったのか、しきりに咳をしている。


「本当に勇者さまがここに!?」

「ええ。でも安心して。もう出かけてしまったわ」


 まだ情報も準備も揃っていない今の時点で勇者と会うわけにいかない。アリアはそんな事情も察したらしい。最後に「鉢合わせにならなくてよかったわね」と付け足した。


「そ、それでジェノブレイド様はどちらに」


 ようやく咳がおさまったのか、シュナが口を覆いながら訊いた。


「コットンヴィレッジに向かうと言っていたわ。彼はあなたたちの行方を追っていた。

 魔王の可能性がある以上、自由にしておくわけにはいかないと」


 その言葉に、リーシャとシュナの顔が青ざめた。

 コットンヴィレッジはつい先日まで俺たちが戦っていた場所だ。


 アリアの話によると、勇者は俺たちを捕えるためにさまざまな情報を集めていたらしい。その過程で、コットンヴィレッジが魔物の大群を退けたという耳にした。


『――。30以上の魔物を退けられる者は、そう多くない』


 ほとんど確信をもった言葉を残し、勇者は城を去ったという。


「あぶないところだったな」


 シュナが額に滲んだ汗を拭いながら俺に言った。


「入れ違いだったんじゃないか、私たち」

「みたいだな」

「クードが『腹減った』って急かさなければ、今頃は……」


 シュナの呟きに、アリアが「急かしたの?」と意味深な笑みを俺に向けた。


「ずる賢さは勇者よりも上手のようね」


 どうやらアリアには俺の考えが読まれたらしい。


 ――コットンヴィレッジに魔物の群れが迫っていることはかなり騒がれていた。もし魔物が撃退されたなら、それだってもちろんニュースになる。


 勇者が話を聞きつけたら、誰が関わっているかくらい想像がつくだろう。


 それで勇者がやってくる前にコットンヴィレッジを離れるよう、俺はシュナとリーシャに促したのだ。


「あいつが城にいたことまでは予想外だったけどな」


 湯気のたつティーカップに息をふきかけ、俺は紅茶を口に運んだ。


「それで、どうだった。あいつ」

「どう、とは?」

「今となってはあいつも魔王の容疑者だ。姫様の目から見て、違和感はなかったか」


 そうね……と少しだけ考え込む様子のアリア。


「私の印象からすると、以前の彼と何も変わらなかったわ。

 衛兵たちを一瞬で蹴散らした実力。目的に対して圧倒的に忠実な姿勢。


 こんな事態に陥ったというのに、仲間が魔王になったかもしれないというのに……怖いくらい、彼は彼のままだった」

「――そっか」


 あいつはあいつのままだったか。

 俺は言葉を飲み込むように、紅茶をまた一口喉へと流した。


「わ、わたしはどう見えますか姫さまっ!」


 身を乗り出して尋ねたのはリーシャだった。つぶらな目を大きく開き、どきどきした表情でアリアを見つめている。


 自分が魔王だと思われていないか心配でならないらしい。アリアはくすっ、と笑った。


「可愛らしいわね。リーシャは」

「え? そ、そうですか? ありがとうございます。えへへ」


 本物ね。と、アリアは俺に向かってほほ笑んだ。


「で、では私は」

「シュナ……あなたはまだウサぴょんとくま蔵を手放せないの?」

「な、なななっ!」


 顔を真っ赤にするシュナを見て、アリアはまた嬉しそうな表情を見せた。


「なんでみんなそれ知ってるんですかぁ……!」


 ふさぎこむシュナ。その隣で惚けているリーシャ。みんな相変わらずのようだった。


 まあそれはそれで悪くはないんだけど。

 ――本題を解決する上ではちょっと厄介な材料でもある。


「みんなが相変わらずか。となると魔王が誰か調べるために、ひとつやらなきゃいけないことがあるな」

「やらなきゃならないこと?」

「30メートルルールと転生の条件について、詳しく知ること」


 アリアの問いに応じ、シュナのほうに身体を向ける。


 俺はメタル化の魔法がちょっと使えるだけ。リーシャも魔術よりは武器の使い手だし、アリアは魔法そのものがまったく使えない。


 この中ではシュナが唯一の専門家だ。


「シュナ。魔王のやった転生……ってやつは、魔法の一種と考えていいんだろうか」


 いきなり言われて少し戸惑ったようだが、すぐにシュナは「大別すればそうなるだろうな」と返した。


「物理や化学とは違う要素だから、魔法と言っていいと思う」


「ふむ。そこにとっかかりがあるかもしれないな。強力な魔法には大抵の場合、何かしらの制約がある。だったよな、シュナ」


「ああ。転生は魂に作用する魔法。いくら魔王でもリスクなしで使えるとは考えられない。


 たとえばクードが疑問に思っていた件。魔王が転生をしてすぐ“油断している私たちを殺さなかったこと”。


 これは魔王が転生した相手の意識と身体を完全に乗っ取るのに、かなり時間が必要からではないかと考えられる。

 だとすれば、それもまたひとつのリスクだ」


 断言をするシュナ。

 そうなればこれが大きな手掛かりになるはずだ。


「どこまでのことができて、どこまでのことができないのか。それがわかれば魔王を判別できるかもしれない。

 例えば……そうだな。魔王が転生の相手を選択できたとすれば、これはもう決まりだ」

「え、なんで」

「勇者を選ぶに決まってるから」


 あ……! と、女子3人が声を上げた。


 そう。俺たちにできることとできないことがあるように、魔王にだってできることとできないことがある。


 そこを突き崩せばやつの正体は暴かれるはずだ。


 魔王のやつは随分と巧妙になりすましているらしい。だがそれが逆に俺の癇に障った。


 仲間の身体と魂を弄びやがって。

 ここで尻尾を掴んでやる。


「確か30メートルルールについて話した魔物を捕えてあったよな。そいつに転生のルールについて、知っていることを喋らせる。


 うまくいけばこれで特定だ。あとは身体から魔王を追いだす方法を考えてやればいい。


 これで俺たちの勝利だ」


 ――推測を語り終えると、部屋はしんと静まった。

 それからほんの少しの静寂を挟んだのち、ぱちぱちと、リーシャが小さく手をたたいた。


「すごい冴えてる……。びっくりしたよ、クード!」

「大したものだ! 天才じゃないのかっ!?」


 仲間たちの絶賛がわくと同時に、静かだった場に明るさが戻った。


 はじめて見え始めたゴールライン。その先に穏やかに暮らせる日々が待っているのだ。


 しかし。


「30メートルルールを証言した魔物に話を聞くことはできないわ」


 アリアの一言が、再び俺たちを謎の渦中に引きずり戻すこととなる。


「彼は殺された。ジェノブレイドが去った、その晩の出来事よ」

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