第8話 最後の日に

 城の空き部屋で一夜を過ごし、寝ざめの悪い朝を迎えた。


 なんだかんだで決まってしまった勇者との対決。魔王かもしれない仲間との対決。どうすれば勝てるか。勝ったとしても、あいつを相手に五体満足で済むのか。


 余計な考えがぐるぐるとまわり、気がついたら夜が明けていたくらいの感覚だ。


「おはよう、クード。よく眠れた?」


 先に目を覚ましていたらしいリーシャが、入口の扉から顔だけを覗かせて俺に尋ねてきた。


「ぐっすり眠れた。さすがはお城のベッドだ。うちにも一台もらえねーかな」

「すごいね。わたしはあんまり眠れなかったよ」


 強がりを真に受けたリーシャは、ぼんやりした目を擦りながら言った。


「朝ごはんは姫さまの部屋に用意してあるよ。起きた人からおいでって」


 アリアの部屋? ああ、そうか。俺たちはお尋ね者なんだった。堂々と広間で食事というわけにはいかない。この部屋もアリアが余計なトラブルを避けるために用意してくれた部屋だった。


「けど料理はどうした。コックに人数分作らせるとバレるだろ」

「うん。だから食材だけとってきて、シュナちゃんが」

「あ、俺いまお腹いっぱいだ」

「……作る予定だったんだけど、『シュナは戦いに備えなさい』と言って姫様が料理を交代してくれたよ」

「じゃあ冷めないうちに行かないとな」


 さくっと手のひらを返す俺にリーシャが「そういうこと言っちゃだめなんだよ」と、じと目を向けた。


「だったら明日の朝食はシュナに頼むか?」

「――わたしたいせつな用事あるから行かなきゃ」


 急にカタコトになったリーシャは、あさっての方へ目を逸らした。


「俺は軽くトレーニングをするつもりだけど、リーシャはどうする」

「これの準備かな」


 リーシャはそう言って鋼鉄の紐を見せた。

 鉄の糸に特殊な繊維を編み込んで作ったワイヤー。リーシャが本気で戦う時に使う切り札の一部分だ。


「明日はわたしも本気で戦うから」


 無邪気な笑顔を向けるリーシャ。頼もしさとともに、ちょっと背中に冷たいものを感じた。


 リーシャが本気でアレを使えばただじゃ済まない。

 それほどの相手。それほどの覚悟ということだ。


 ――俺も気合いれてかないとな。っと、その前に朝飯だ。

 俺はベッドを降りると、スリッパに爪先を入れた。




 朝食を手早く済ませると、俺は城の庭に降りた。

 中庭ではシュナが鍛錬をしていると聞いたが、どうも姿が見えない。


「暗幕(ブラインド)か」


 暗幕とは魔力の幕で囲んだ空間に存在する人やモノを見えなくする魔法だ。術者に比べて魔力の極端に低い者から自分の姿を隠すことができる。衛兵くらいの相手の目から逃れるには非常に効果的な魔法だ。


 意識を尖らせ、身体に魔力を満たす。透明だった空間に灰色のカーテンが見えた。その向こう側では人影が杖を振っている姿がうっすら見える。


「シュナだよな」

「? クードか?」


 カーテンの内部に足を踏み入れると、お互いの顔を確認することができた。ラフな格好をしている俺に対して、シュナはきっちり戦闘用のローブをまとっている。

 実戦を綿密に想定しているんだろうな。やっぱりマジメだ。


「明日のことで話がある。今いいか」

「かまわないぞ」


 そう言うと、シュナは杖を芝生に突き刺した。

 いつもよりちょっと表情が乏しい。肩に力が入っているのか、言葉づかいも固くなっている。


「連携の相談か?」

「ああ。その為にシュナが使える魔法を知っておきたいと思ってさ」

「魔王戦のときから新しく増えたものは特にないぞ」

「一応、確認ってことで」


 わかった。と言い、シュナは指を折って考え始めた。


「かなりの数になってしまうから、使い物になりそうな魔法に絞って話そう。

 魔力の消費が少ないものから順に、耐性強化(プロテクト)、暗幕(ブラインド)、結界(シールド)、治癒(リペア)、雷鳴(サンダーボルト)、転移(ワープ)の6つだな。

 しかしジェノブレイド様が相手となると、雷鳴とワープの他はあまり意味がなさそうに思えてしまうが」


 確かに。あいつの攻撃力の前じゃ、耐性強化と結界は時間稼ぎにすらならないかもしれない。ほとんどの技が一撃必殺だから治癒も出番は少なそうだ。


「ワープに関してはどうだ? 決まればあっさり勝ちに持っていけそうじゃないか」


 座標石さえ置いておけば相手を好きなところに移動させられる技、ワープ。これを使って巨大な落とし穴の底にでも送ってしまえば、さすがの勇者でも抵抗のしようがないだろう。ある意味一撃必殺とさえ言っても過言じゃない。


「わかっていないな。クード」


 シュナはびしっと指を立てると、俺の顔の前に差し出した。俺に説明するときだけやけに得意げになるのは気のせいだろうか。

 しかし話を進めたいので、黙って耳を傾ける。


「確かにワープは仲間の移動を補助できるだけじゃなく、敵の移動にも作用させられる。考えようによっては一撃必殺技のひとつと見ていいかもしれない。

 だが前にも言ったように、強力な魔法にはそれだけの制約がある。

 ワープは私の出したワープホールの上に、相手が3秒以上乗っていなければ成功しない」


「そういえばワープの前ってちょっと違和感あるな。あれがそうか」

「うむ。だからワープの前には動かないようにいつも頼んでいるのだ。

 ――。この話も前にしなかったか」


「うん聞いた」

「だからなんでお前は私に何度も説明させるんだッ!」


 今回のは本当に忘れていただけだった。ごめんごめん。と、一応謝ると、シュナは呆れたようにため息を吐いた。


「そういうわけでワープの不意打ちであっさり勝利というわけにはいかない。ジェノブレイド様はおまえと違って、ワープホールのこともきちんと理解しているだろうしな。

 どうしてもワープでの勝利を狙うなら、相手を3秒以上は拘束しなければならないことになる」


「フォールを奪えってことだな」

「ふぉーる?」

「プロレスだよ。知らないのか?」


 小首を傾げるシュナ。まじか。本当にプロレスを知らないというのか。男のロマンだぞ?

 これだからお嬢は。後学のためにも正しい知識を教えておかなくてはなるまい。


「プロレスとは、マットの上でパンツ一丁の男たちがくんずほぐれつするスポーツだ」

「ぱ、ぱんつ一丁!? くんずほぐれつっ!?」

「ああ。フォールとは相手の身体をマットに押し付けてフィニッシュを狙う行為だな」

「そ……そそそそれは本当にスポーツなのかッ!?」


 なにかしらの想像が浮かんだらしく、シュナは顔を真っ赤にして悶えだした。「それはこの世に存在してはいけない競技では……というかいったい何を競うというのか……!」とかなんとかぶつぶつ言っている。


 よし満足。シュナの顔からも固さが消えたことだしな。


 自分にも言えることだけど、力の入りすぎは裏目に出ることが多い。どんな大一番を迎えても、結果を出せるのはいつも通りの自分だ。

 シュナと話すことで、俺も少し落ち着けた気がした。


「いつも通りに力を合わせよう。コットンヴィレッジでも勝てた。勇者なしでも俺たちは強い」

「そう、だな……?」


 なんだか話が逸れたような? きょとんとした顔をするシュナをのんびり眺めて、俺は中庭を後にした。




 午後からは身体を整えるトレーニングと、簡単な技の確認に時間を費やした。


 夕方くらいになるとリーシャが闘場にやってきて、壁やら床やらになにか細工をしていた。


「いまから説明する所にはさわらないでね。蜂の巣になっちゃうといけないから」


 何を仕掛けたかは怖くて聞けなかった。


 まああの勇者が相手じゃ、殺す気でいってようやくかすり傷と思った方がいいのかもしれない。罠を仕掛けてくることも承知の上だろう。


 敵は遥かに格上だ。今の俺たちでどこまでやれるか。

 ぼんやり考えながら、闘場の窓から見える夕焼け空を見上げた。

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