顔ノナイ魔王

ここプロ

顔ノナイ魔王 出題編

第1話 顔ノナイ魔王

 12月25日、雪。俺たちはついに魔王のやつをぶっ殺した。


 思えばほんとに長い戦いだった。城を出発してから1年と2か月。数えきれないくらいの魔物を倒し、やっと魔王の城まで到着。のべ3時間の死闘を経て、ようやく勇者の剣が魔王の首を吹っ飛ばしたのだ。


 さらわれていた姫様も無事に救い出すことができた。


 これで国に平穏が戻るだろう。


 そして俺たちは、今日から英雄だ。


 いや、直接魔王を倒したのは勇者だけどさ。俺だってパーティの一味なんだ。魔王の注意を引きつけたのだって俺だ。


 少しくらいおいしい思いをしたっていいだろ?


 凱旋した俺たちを、街の人々は熱狂的にもてなしてくれた。飲んで歌って騒ぐだけの日々が一週間くらい続いた。


 そんな折だった。周辺の村から手紙が届いたのは。


「――魔物たちが再び村を襲いはじめた?」



 国王も勇者も耳を疑った。魔物たちを操っていた魔王はもういない。出会いがしらの衝突くらいはあり得るにしても、集団になって村を襲うなんてことは考えられない。


 戸惑いながらも、勇者はパーティをひきつれて村へと向かった


 手紙に書かれていた内容は事実だった。村の建物には、魔物たちの爪痕が無数に残されていた。


 俺たちはすぐさま魔物たちの足取りを追った。魔王の城すら陥落させた俺たちにとって雑魚どもを追うのはそう難しい話じゃなく、魔物たちの住処はすぐに特定できた。


 大方の魔物はその場で倒した。その中で一匹だけ言葉を話せるヤツがいたから、ソイツを縛り上げて城まで連行した。


 ソイツはわりと頭の回るやつだった。知っていることはすべて話す。もう村を襲ったりもしない。その代わり命だけは助けてほしい。そう言った。


「話しだいだ」


 勇者が剣を抜くと、魔物は震える唇を開いた。


「魔王は死んでいない。

 魔物たちの破壊衝動を増幅させるシグナルが消えていないんだ。魔物たちが暴れたのもそのせいだ」


 魔王は魔物が人間を襲うシグナルを発する。そうやって人間を追いつめてきた。俺たちもそれは知っているから、ソイツが下手な嘘を言っていないことはわかった。


「しかし魔王は間違いなく勇者が殺したぜ。俺やリーシャ、シュナの目の前でな。

 死体だって残ってる。矛盾しているじゃないか?」


 そう言ってやると、魔物は


「目の前で、か。そいつはおまえにとってやっかいな話だ。魔王は――」


 顔を上げ、牙の剥かれた口をニタァと開いて、こう続けた。


「魔王はその命が終わるとき、半径30メートル以内にいる者の身体に乗り移る。

 つまり魔王を殺せば、その場にいた誰かが次の魔王になるのだ。

 実態のない魔王――“顔のない魔王”に。

 知らなかったか?」



 その場に集まった者たちが、一斉に息をのんだのがわかった。


 そして俺たちは互いに、ともに戦った仲間たちの顔を見渡した。



 勇者 ジェノブレイド

 魔法使い シュナ

 武器職人 リーシャ

 何でも屋 俺


 

 この中の、だれかが魔王――……。






顔ノナイ魔王






「だから何度も言っているでしょう。王の命令です。あなたを通すわけにはいきません」


 街の中央にそびえる王宮の最上階。


 大仰に飾られた扉の前で、衛兵たちは鋭い言葉と槍の切っ先を俺に向けた。


「姫とちょっと話をしたいだけだって。ほんとそれだけ。ほら、武器も何も持ってないだろ」


 ひらひらと袖をふってみせる。そんな仕草一つで、衛兵たちはいっそう警戒心をあらわにした。


「なりません。お引き取りください」

「なんだよ、つめてーの。ちょっと前まで英雄扱いだったじゃんよ」

「しかし今は容疑者です」

「傷つくわぁ……」


 ため息交じりの本音が口をついた。


 英雄になるには1年かかったが、疑惑の人になるのは10日も必要ないらしい。


 世知辛い世の中になったもんだ。そんなことを思いながら、けだるい視線を衛兵たちに戻す。


「たしかに魔王が死んだとき、俺はすぐ傍にいた。でも俺は魔王に身体を乗っ取られたりしてないって。

 そうだったらこんな敵地のど真ん中に居座ろうとしないだろ。他の3人みたいに、とっくに姿をくらましてる」


「裏をかこうとしているだけかもしれません。あなたが魔王でない証拠にはならない。

 これ以上ここに居座るつもりならば、実力で排除させてもらいます」


 真ん中に立つ青年兵が右手を上げると、衛兵たちはじりじりと俺に近づいてきた。


 やる気らしい。


 どうせ無駄なのに。



 ――塔全体を震わすような怒号が収まるまで、そう時間はかからなかった。


 衛兵の腹にめり込んだ拳をゆっくりと離す。最後の一人が地面に崩れるのを確かめると、俺の口からまたため息まじりの本音がこぼれた。


「これでも勇者のパーティの一員だ。城の衛兵AやBが真っ向勝負で止められるくらいなら、俺はとっくに魔物にやられてる。

 正々堂々と戦う騎士の心意気も悪くないけど、相手を選ぶことも大事だぞ」


 着衣の乱れを直して、扉に手をかける。


 キィ、とかん高い音とともに部屋の光が廊下に射した。


「意外に時間がかかったのね」


 そんな言葉が俺を迎えた。


「外から怒号が聞こえて1分と少しくらいかしら。あの子たちもがんばったわね。

 あなたは少し腕が錆びたかしら? クード」


 ティーカップに触れた唇を離すと、少女は――アリアは透き通るような微笑みを浮かべた。


「うるせえ。っていうか曲者が姫様の部屋に侵入したぞ。もうちょっと反応あるだろ」

「紅茶でも飲む?」

「――。いただきます」


 だめだ。軽口でこいつには勝てない。白旗を上げて床に座ると、アリアは目を細めて上品に笑った。


「それでも素手で7人を倒すのは大したものよ。ここに来るまでにも何人かと戦っているだろうし。それに殺してないでしょ?」

「当たり前だ。怪我もさせてないぞ。たぶん」

「それならいいわ。おつかれさま」


 アリアはソファを立つと、カップとソーサーの並ぶ食器棚に足を運んだ。


 華奢な身体を包むドレスがふわりと翻る。なびく長い銀髪が陽の光を受けて輝いた。


 一つ一つの所作がいかにもお姫様だなあと、改めて思った。


 っと、よそ事を考えてるほど暇はなかったんだ。


「衛兵たちもじきに目が覚めるだろうし、本題に入っていいか」

「あら。おしゃべりしに来てくれたんじゃなくて?」

「7人もぶっ飛ばしておいてそんなわけないだろ。――あの夜の話だ」


 それだけ言うと、アリアの青い瞳に真剣な光が点った。


 あの夜。俺たちが魔王を倒した夜のことだ。



 端から端が30メートルくらいの広いホールが、最後の戦場だった。


 いたのは5名。俺たち勇者のパーティ4人と、敵は魔王が1人だ。


 俺とリーシャ、シュナの3人が魔王の攻撃を攪乱。最後は勇者が魔王の首を飛ばした。それぞれ手傷は負ったものの、後に残るような怪我はなく勝負は決した。


 その瞬間。魔王の周囲30メートル以内には、勇者・リーシャ・シュナ・俺の4人だけがいた。


 それ以外に潜んでいる者はいなかった。見通しのいいホールだったから、間違いはない。


 その後、俺たちは迷路のような階段と廊下を探り歩いて、やっとのことで気を失っていた姫様を見つけた。


 それから姫様が目を覚ますのを待ってから城へ帰った――。



「――で、あってるよな」

「いえ、私は意識を失っていたから知らないけれど」

「あ、そっか。それじゃ確認できないな」


 っていうことは、何? もしかして無駄骨?

 だとすると。


「彼らが可哀相すぎるわね」


 扉の外で横たわっているであろう7人に、アリアの視線が向かった。


「やっちまった……。姫様、後で謝っておいてくれないか」

「自分で謝ったほうがいいんじゃないの」

「いやダメだろ。また喧嘩になるだろうし」


 お互いむなしくなるだけだろう。そんな無限ループは嫌だ。


「むなしい無限ループよね」

「人の頭ん中を読むな。ってかわかってるなら謝らせようとするな」


 肩を落とすと、アリアは俺を見て満足げに微笑んだ。子供のころからそうだった。このお姫様は人をおちょくっているときがいちばん生き生きとした顔を見せる。


 どんなお姫様だ。


 17にもなったんだから、もう少しおしとやかに振る舞ってもいいんじゃないか? そんな言葉が口をつきそうだったが、飲み込んだ。


 あなたに言われたくないわね。


 そう返されるのが目に見えているからだ。というかすでにそんな表情をしていた。


 どんなお姫様だ。


「――しかし弱ったな。仲間の3人が行方をくらました今、あの夜のことを話せそうなのは姫様だけだったのに」


 勇者のジェノブレイド。魔法使いのシュナ。武器職人のリーシャ。


 魔王討伐の件で3人とも顔と名前は知られている。特に勇者は世界一にの有名人と言っても過言ではない。それでも情報がないってことは、もうこの街にはいないと考えるのが筋だ。


「彼らが行きそうな場所に心当たりはないの?」

「行きそうな場所?」

「これは私の推測だけれど」


 そう言ってアリアは白くて細い指を立てた。


「彼らがただ衛兵たちから逃げ回っているとは思えない。あなたと同じで、誰が魔王になったのか。あるいは魔王なんて本当にいるのか。それぞれ探っているんじゃないかしら」

「言われてみれば、そうだな。あいつらが大人しく隠れているだけとは思えない」


 魔王の討伐に名乗りを上げるような連中が。正義の名のもとに命を賭けて戦ってきた連中が、今の状況を黙って見過ごすはずはない。


 それは俺が誰よりもわかっていることだ。

 となれば。


「心当たりがみつかった。さっそくあたってみるよ。もしそこがハズレでも、魔王の足取りを探っていればいずれ顔を合わせるだろうし」


 紅茶を一気に飲み干して立ち上がった。そして入ってきた扉に手をかける。


「ひとつだけ確認させて」


 部屋を出ようとした俺の背中に、そんな声が届いた。


「あなたの仲間の誰かが魔王かもしれない。もとに戻す方法があるのかどうかもわからない。

 それでもあなたは今までのように、迷うことなく戦える?」


 そう尋ねるアリアの声は少しだけ心細そうだった。


 確認してるんじゃなくて、心配してくれてるんだとわかった。


 だから俺は。


「戦うさ」


 はっきりと覚悟を口にした。自分にも言い聞かせるように。


 そうしないと大事なものを守れない。そんな気がしたからだ。


「まあ戦うにしても、まずは誰が魔王なのか特定しなきゃ話にならない。それを探るとこから始めるさ。

 姫様こそ自分の身を案じてろよ。本当に魔王が存在するなら、また狙ってくるかもしれない」

「心配してくれているの?」

「また助け出すのが面倒なだけだっての」


 軽口を叩いてやると、珍しくアリアは素直に「そう」とだけ返した。


 少しだけ頬が綻んでいるのが見えた。


「また来る」


 それだけ残して、俺は部屋の外へと出た。


「待ってる」


 閉じかけた扉の隙間から、アリアの声が微かに聞こえた。

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