第4話 魔法使い シュナ

 黒の樹海前から、最寄りの停留所まで転送馬車でワープ。そこから真夜中の道を1時間ほど歩いて、俺とリーシャは渦中の村に到着した。


 コットンヴィレッジ。いままさに魔物の群れの進路の先にある村だ。


「いまいちばん魔物の被害が大きくなりそうな場所が、ここ」


 魔王の城でリーシャは地図を広げると、一か所の小さな村を指し示した。


「シュナちゃんのことだから、いちばん危険な場所に向かおうとするんじゃないかな。一人でも多くの人を助けるために」


 ――そんな風にリーシャは予想したわけだけど。


 人けのない村の入り口からほどなく歩いた広場で、見慣れたトンガリ帽子のシルエットを見つけた。

 ほんとにいたよ。相変わらずわかりやすいなぁ。


「あ、いた! おーい! シュナちゃーん!」


 ぶんぶんと手を振りながらリーシャが駆け寄る。俺のときはあれだけ30メートルルールを警戒していたくせに、嬉しさのあまり忘れたらしかった。


「リーシャ? ……それとクード」


 じっと焚火の炎を見つめていたシュナが、はっとしたように顔を上げた。


「俺はおまけかい」


 よ。と手のひらを挙げて挨拶をかわす。


「二人とも、どうしてわたしがここにいると?」

「わかりやすいから」

「な、なんだと失礼なっ!」


 焚火の灯りも相まって、シュナの顔が赤く染まった。


「久しぶりに顔を見せたと思えば、相変わらずだなこの無礼者っ!

 クードに私の何がわかる!」

「いろいろ知ってるぞ。お気に入りのぬいぐるみがないとなかなか寝付けないんだよな、おまえ」

「そ、それを人前で話すのかこの外道め……っていうかどうしてそれを知っている!?」

「名前もつけたんだよな。たしかウサぴょんとくま蔵」

「う、うわぁぁぁぁぁっ!!!!」


 大した秘密ではないのだが本人にとってはダメージがでかかったらしい。シュナは顔を覆いながら悲鳴をあげた。


「(リーシャ、どう思う?)」

「(どうもこうも、完全にシュナちゃん本人でしょ。

 っていうかこの感じで魔王だったら、それこそ世界に激震が走るよ)」


 だよな。こいつが魔王だったら、俺たちの武勇伝がちょっと面白おかしいものになってしまう。


「(それにしても今のはちょっとひどいよ、クード)」


 リーシャはちょっとむくれた顔を俺に近づけた。


「(いやいや、シュナがいつも通りかを確かめるためだって。決してふざけ半分だったわけじゃあございませんよ)」

「(ぜったい嘘)」

「(はい嘘つきました)」


 ふざけ半分じゃなくて、100%ふざけてました。


「? なにをひそひそ話しているんだ、ふたりとも」

「う、ううん。こっちの話」


 涙目で尋ねるシュナに、リーシャはあたふたしながら答えた。


「それよりシュナちゃん、どうして夜中にこんな広場に? ……もしかして」


 何かを察したらしいリーシャに、「ああ」とシュナは寂しげに頷いた。


「魔王かもしれない者とともに戦うことはできない。そう言われた」


 まあ、そうなるだろう。誰もが魔王の30メートルルールを警戒している。あの情報は国中に衝撃を与えたからな。


「で、でもだいぶ街から離れているのに、この村の人ってシュナちゃんのことまで知ってたんだね。勇者さまならともかく」

「? それは私が名乗ったから当然だろう?」


 え、名乗ったの? 言葉には出さなかったが、リーシャの表情は明らかに固まっていた。


 あいかわらずばか正直な。まあそれがシュナのいいとこでもあるんだろうけど。


「それで、どうするんだ」


 つっこみどころ満載の自己紹介をしてしまった件はスルーし、俺は話を戻した。


「この村の人はお前と一緒に戦う気がない。それでも助けるのか」

「悪いか?」

「悪くないさ。勇者一団の鑑だよ。その精神に免じて俺とリーシャが助太刀をしてやろうじゃないか!」


 胸をどんと叩いてみせる。「あ、えと」ちょっと遅れて、リーシャも拳を胸に当てた。


「……。バカにしているのか」

「心外な。親切心の塊だぞ」

「クードの言い方は軽いんだ」

「うわショック。軽いとか生まれてはじめて言われた」

「えっ!?」


 リーシャが俺の脇で声を上げた。それからすごい何か言いたげに俺を見ているが、とりあえず今は見ないふりをする。


「まあ冗談はおいとくとして、人の親切は受け取るもんだ。それとも俺かリーシャが魔王じゃないかと疑ってるのか」


 少しとげのある言い方になってしまったが、気を遣う方が俺らしくない。だから遠慮なく訊いた。


 シュナはじっと俺を見つめると


「クードが“顔のない魔王”なのか?」


 まっすぐにそう訊いた。


「……。いや違う」

「そうか。リーシャは」


 急に視線が向けられて驚いたようだが、リーシャもはっきりと「違うよ」と答えた。


「そうか。それならいい」


 それだけ言うとシュナは納得したようだった。まるで平然と受け入れているように見えた。


 ちょっとは疑えよ――そんな軽口すら叩かせないほどに。


「長い間いっしょに旅をしてきたんだ。言葉を交わせば、仲間が本物かどうかくらいわかるさ」


 薪から腰を上げると、シュナは静かに、少しだけ嬉しそうに笑った。


「ありがとう、二人とも。だが無理して私に付き合うことはない。お前たちも今はお尋ね者の身だろう。

 私はひとりでも魔物の群れを撃退してみせる」


 宣言した声はとても毅然として、自信にあふれていた。けど。


 そんな甘い話じゃない。


 この辺りの魔物は一匹一匹のレベルが高いし、種類もかなり多い。魔法を使ってくるやつもいる。シュナが一人で勝てる見込みはほとんどない。


 勇気と無謀は別だ。


「一人じゃ死ぬぞ。村人たちも助からない」


 言う予定じゃなかったが、ストレートに現実をつきつけた。


 そういう言葉がシュナに通じないことはわかっていても、言わずにはいられなかった。


「村人たちは逃げる準備ができている。私が負けそうになれば自分たちで行動ができるだろうさ。

 それに、やる前から負けると決めつけるとは失礼な。勝ったらあとで笑ってやるからな」


 水を汲んでくる。そう言って、シュナは村のはずれへと歩いて行った。


「いいの? 本当に」


 シュナの影が見えなくなると、リーシャは不安げに口を開いた。


「この辺りの魔物はほんとに手強いよ。レベルは魔王の配下ほどじゃないけど数が多い。

 助けないと、シュナちゃんほんとに負けちゃうよ」

「いや、今はあれでいい。それよりリーシャ。この村にいる間は、絶対に緊張を切らすな」

「――え?」


 ぱちぱちと音を立てて舞う火の粉を見つめながら、俺はずっと黙っていたことを口にした。


「魔王は、あいつかもしれない」

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