第25話 参戦
事の発端は選挙の投票日が発表されてから4日後。
候補者の一人、”ネイキッド=バロン“が失踪したことから始まる。
彼は魔法使いの名家“バロン家”の長男坊。選挙の本命と目されていた。
「そのネイキッドが首を狩られた映像が、バロン家に送りつけられた」
薄暗く、広い聖堂のような空間。
全身を覆い尽くすローブを纏った何者か。
黒い手袋をはめた右手には、胴体のないネイキッドの頭部が握られている。
収められていたのはそんな映像だった。
「映像媒体は“映写石“って石だ。魔力を込めると景色を記録したり再生したりできるが、編集はできない。
収められていたのは映像ではなく画像。おそらく犯人が自分で撮ったものだと考えられる。
これはそのコピーだ」
映写石は映写石同士で複製ができる。俺はそのコピーをとあるルートから入手していた。
魔力を込めると石が透け、現場の映像が映し出される。
刺激の強い絵面にアリアは口元を覆ったが、じっとその映像を観察した。
「——編集できないなら画像は本物ね。けれど、切られた首は本物かしら」
「確かに出血が目立たないのは俺も気になった。
しかし実際問題、ネイキッドがその日を境に姿を消している。何かあったのは間違いない」
首が作りものならネイキッドは無事。だったら事件はデマだと表明するだろう。
いずれにせよネイキッドは、自分の無事を伝えられない状況にあるということだ。
「フードを深くかぶっていて犯人の顔は確認できないわね。
ネイキッド自身の狂言ということは?」
それは捜査当局も一度は立てた仮説だ。しかし俺は首を振った。
「選挙の立候補を表明しておきながら、自分の死亡説を流すメリットがわからない。
それに犠牲者はもう一人出ている。ネイキッドの弟、ジュースティア。
同じく立候補を決めていた彼も、また同じような形で姿を消した。後に送りつけられた画像もほぼ同じ。
ジュースティアの首が、犯人の右手に握られたものだった」
「なるほど。選挙を前にして、誰かが候補者達を殺害して回っている線が濃いと……。
——ん、あれ?」
独り言のように呟いていたアリアだが、何かに思い至ったように俺の顔を見た。
「クード。そういえばさっき、こう言った?
“首が狩られている“
“心臓は動いたまま”
って」
アリアの確認に俺は頷いた。
今回の問題は二つ。“首狩り魔女の正体は誰か“。
もう一つは、“なぜ犠牲者の心臓が動いているのか“だ。
「最初の犠牲者、ネイキッドの魔法に“遺紋(いもん)”というものがある。
これは自分の心臓が止まったときに発動する魔法で、マーキングしたものを破壊する力を持つ。
ネイキッドの自室にある金庫にはマーキングが残されていた。自分が死んだ時に遺族が中身を確認できる仕組みなんだろう。
今現在、その金庫には傷一つない。つまり“遺紋“は発動されていない」
「ということは」
「首を落とされたネイキッドの心臓は、いまだ動いている証明になる」
俺がそうだったように、話を聞いたアリアもまた押し黙った。
犯人は不明。
目的も不明。
さらには“首を落としておきながら存命させている方法“も不明。
これでは推理を進めるとっかかりが見当たらない。
「わからないことだらけね」
「ああ。唯一分かりそうなことといえば」
「犯人が女性の可能性が高いということくらいかしら」
「!?」
さらりと口にしたアリアの言葉に、思わずのけぞってしまった。
そんな俺のリアクションは気にせず、アリアの口調は淡々としたものだ。
「首元のローブから少しシャツの襟元が見えているわね。そのボタンが左前になっている。
これは女性が着る服に多いもの。全てがそうというわけではないけれどね。
それで“首狩り魔女”と呼んでいるのでしょう?」
——女性と男性の衣服ではボタンの左右が逆。これは捜査局の連中に聞いて初めて知ったことだった。
大昔の話だが、この国では王族や貴族の女性に着替え専属の従者がついていた。
女性のボタンが逆なのは、金持ちが凝った服を着る上で、他人にボタンをかけてもらう風習に基づいたものだったのだという。
しかしアリアが初見で指摘してきたのは驚きだった。
映写石の画像は薄暗くて粗い。捜査局の連中でさえ気付くのには2日かかったというのに。
名探偵かこいつは。
「まあ、このくらいのことは探偵でなくても気付くでしょうけれど」
そして相変わらず心を読んできやがる。
話が早くていいけど、しかし恐ろしい女だ。
「——それでも現時点では可能性の域は出ない。ほとんど何もわかってないと言っていいだろう」
「シュナの立候補に反対したのはそのためね」
アリアの言葉に、俺は頷いて返した。
「ただでさえシュナには不向きな謀略戦。おまけに候補者が二人も行方不明ときた。
彼らはいずれも最高峰の実力者。そんな二人をリタイヤに追い込めるほどの奴が、今回の選挙で暗躍してる」
「二人はシュナよりも格上だったの?」
「単純な技術の高さなら、シュナも二人と遜色はない」
魔王討伐の冒険を経て、もともと資質の高かったシュナは見違えるほどに成長を遂げた。
彼女の魔法はもはや誰が相手でも引けはとらないだろう。
「けどその実力までも、今となっては裏目に出ている」
「実力が裏目に? どういうこと?」
「アリア。シュナがいつ立候補を表明したか知ってるか」
アリアが静かに首を横に振る。王族は選挙に直接絡むわけじゃないので、大まかな噂を聞いている程度らしい。
「シュナの親父さんから聞いた話だと、シュナが立候補を表明したのは選挙日の発表から3日後」
「——それって」
「一人目の犠牲者。ネイキッド=バロンが姿を消す前日のことだ」
にわかにアリアの表情が強張る。
事の深刻さが飲み込めたようだった。
「今のシュナはネイキッドやジュースティアと変わらないくらいに強い。
そんなあいつが立候補を決めた直後から始まった事件。
一部の連中はすでにシュナの関与を疑っている。
二名の有力候補を失ったバロン家。そして対立候補を出しているフローレンス家が……降りかかる脅威を排除しようと動くにも、そう時間はかからないだろう」
シュナは強い。魔法も。それに心も。それは認める。
しかし魔法使いの名門。バロン家とフローレンス家の両方に狙われては太刀打ちしようがない。
身の安全を確保するなら、立候補そのものを取りやめるのがいちばん確実だったのだ。
「そういう事情だったのね。ごめんなさい。何も知らないで」
「仕方ないだろ。俺だってシュナの親父さんに訊かされるまで知らなかった。
しかしどうしたもんかな」
シュナの頑固さは一緒に旅をしてよくわかってる。下手な小細工が逆効果であることも。
『——いーじゃない。クー君が守ってあげたら』
お気楽な台詞が沈黙の間に割り込んだ。
アリアの声だったが、彼女の唇は動いてない。あいつが出てきたようだ。
「いま真面目な話をしているのだけど」
『ちょっとは話に混ぜてよぅ。ふざけたりしないから』
アリアの声がアリアの声と会話を始める。いつ見ても混乱する光景だ。
ちょっとおさらいしておこう。
アリアは以前、魔王の“転生”によって身体を乗っ取られ今はふたつの意識が混在している。メインはアリアの人格だが、一日に数時間は魔王の意識が目覚めることがある。
魔封石によって魔力を消失させられたため、アリアの身体には魔力が存在しない。よって現在の魔王は何もできないし、やっても勇者や俺なら簡単に鎮圧することができる。
基本的に落ち着いた口調で話すのはアリア。あっけらかんに話すのが魔王。
魔王が話すときは唇が動かない。そう訓練させたとアリアが言ってたな。
『シュナちゃん相変わらずだよねー。ばか正直というかなんというか』
いま喋ってんのは魔王だな。確認しながら、俺は話に耳を傾けた。
『でもそこが可愛いとこだし、いいところなんでしょ。
魔法使いっていう人たちはキナ臭くて苦手だけど(ていうか人間はだいたい嫌いだけど)、ああいう子が上に立つのも面白いと思うな』
「いや面白さで考えられても」
『クー君もそう思うから、無理にシュナちゃんの人柄を変えようとしなかったんでしょ』
敵だった時期も含めたらさすがに長い付き合いだ。魔王はわりと細かいとこをついてきやがった。
魔王討伐のパーティがはじめて集められたとき。シュナの人柄は弱点になり得ると思った。
ひとつ間違えたら命を落とす戦いのさなか、彼女の“真っ直ぐさ”が足かせとなる瞬間は必ずやってくる。それは覚悟していた。
それでも俺たちはシュナの甘さを指摘することはあっても、それを捨てるようには言わなかった。
『自分たちがフォローすれば、シュナちゃんはあのままでいい。そう思ったんでしょ?
勇者様も、リーシャちゃんも。クー君も』
「……」
『そういうふうに育てちゃったなら、最後まで面倒みるのが責任ってやつだよ』
そう言って魔王はケタケタと笑った。
『それにさ。クー君がここまで調べてるのも、結局シュナちゃんを助けるためなんでしょ?
きっとシュナちゃんは自分の決意を曲げない。だから力になれるようにって』
——魔王のキャラは宿主のアリアと真逆。けど本質をついてくるところだけは似てやがる。
厄介な組み合わせになったもんだ。
砂糖の入ってない紅茶を一気に飲み干すと、俺は大きく息を吐いた。
「しばらく出かける。何か用があれば、こいつで連絡くれ」
緑色の石を手渡す。つがいになっている石と交信が可能な石、声紋石だ。
「アリアも気をつけろよ」
「?」
「シュナの周りが狙われる可能性も十分ある」
「あら。心配してくれるのね」
なにその余裕……。自分がお姫様だってことをもうちょい自覚しろよな。
『だいじょーぶ! わたしが中にいるんだから、そんじょそこらの刺客にはやられないよ』
魔王の仕草だろう、アリアが胸を拳で叩いた。
「けどお前、もう魔法は使えないだろ」
『ふっふっふ。甘くみられちゃあ困るよ。そこは私も魔王だし、格闘だけでもそれなりの心得はあるんだよ。
相手がただのお姫様と思って油断した相手なら返り討ちにしちゃうよ』
ホントかよ。
『あ、その顔は信じてないね! じゃあ勝負しようよ。お互い魔法なしの殴り合いで』
「のぞむ所だ」
「やめなさい。ひたすら迷惑」
底冷えする声。「は、はい」俺と魔王の言葉が重なった。
「――じゃあ、アリアのことは任せるとして。俺はお嬢様のサポートに行きますかね」
豪奢な扉を開けて部屋を出る。
ポケットに入れた声紋石を握る手に、つい力が入った。
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