第12話 後始末と魔王の正体

 がらりと音をたて、天井の板が床に落ちて割れた。


 勇者との激闘の跡が残る闘場の中央。小高く盛り上がった瓦礫に背中を預け、大きく息をついた。


 張りつめていた緊張がようやく抜ける。同時に全身の力が抜け、立っていられなくなった。


「――。

 クード、すぐに手当てをしなくちゃ。薬箱は持ってきたわ。応急処置くらいなら」

「平気だ、姫様。ちゃんと手は打ってある」


 勇者と戦って無事に終わるとは思っていない。これでも何でも屋の端くれだ。後始末の手筈は整えてある。


「終わったみたいだね。クード」


 闘場の入口から声が届いた。

 終わったら声紋石で呼び出す手はずだったか、状況を察して迎えに来てくれたようだ。


「ちゃんと勝ててよかったじゃない。予定通り、ずいぶん痛めつけられたみたいだけど」

「わかってたなら加勢しろ。カゲツ」

「よかったんだ? 加勢しても。ものすっごく高くつくけど」


 つやのある唇に指を当てると、カゲツは怪しく笑った。相変わらずブルっとくる微笑みだった。


 お前の言う『高くつく』ってどんなもんだよ。


「いや、その辺はサービスでさ」

「どこの命知らずがサービスで勇者と戦うの。私とクードはお金の関係、でしょ?

 それよりお姫さまをほったらかしちゃダメよ。『誰よその女!』って顔でこっち見てるじゃない」


 振り向くとアリアが唖然とした顔で俺たちを見ていた。


「誰……? その女」


 修羅場みたいな台詞で尋ねるアリア。ひたすら呆気にとられた様子でカゲツを見つめている。


 さすがのお姫様も、死闘の直後にこんな軽いノリのお姉さんと顔を合せることは予測していなかったようだ。予測できるわけがない。


「挨拶が遅れました、お姫さま。私は何でも屋のカゲツと申します。結界の設置から治療、運搬、あるいは悪者の討伐まで幅広く承っております。以後ご贔屓に」


 胸まで伸びた長い黒髪に手を当て、カゲツは愛想よくお辞儀をした。


 ショートパンツにタンクトップというラフな格好でありながら、所作そのものには隙がない。さすがは商売人だ。


「カゲツは何でも屋の先輩だ。裏でいろいろ動いてもらってた」


 これだけ暴れて衛兵たちの介入がなかったのも、カゲツが結界を張ってくれていたおかげだ。戦いの後始末もこいつに頼めばすべてまとめて片がつく。


「便利な女ってとこよね」


 無駄に不審感をあおるカゲツだが、冗談で俺が他人を介入させるはずがないことはアリアにも悟ってもらえたらしい。


「では早急にお手並みを拝見させていただこうかしら」


 アリアはそう言うと、リーシャとシュナへ視線を送った。


「承りましたわ。

 ――あちらの武器職人さんは、右腕の治療も込みで二億。魔法使いさんは六千万。勇者の治療・拘束は一億と二千万でどう? クード」

「お前と話すと金銭感覚がマヒしてくるな」


 結界で支払った分も含めると、魔王討伐で受け取った褒賞金すらほとんど吹っ飛ぶ。それでも金に換えられる話じゃない。


「頼んだ」そう言うと、カゲツは口許を吊り上げて指を鳴らした。


 それを待っていたかのように、白衣を纏った双子の少女がワープホールから姿を見せる。それから倒れている三人を手際よく拾い上げたかと思うと、またワープによって闘場から姿を消した。


「あの子たちの治療に関しちゃ信頼してる。俺も世話になったことあるしな。だが勇者が目を覚ました後まで拘束しておけるだろうか」

「大丈夫。目を覚ましたところで勇者もすぐには動けないでしょ。仮に治療後に暴れても、そこは私が黙らせれば済む話」


 ――。さらっと言いやがる。

 こいつができるって言うからには、できるんだろうけど。


「本当に大丈夫? 彼女に任せて」


 カゲツの目を盗むようにとアリアが耳打ちをしてきた。それはそうだろう。事が重大すぎるし、かかってる費用も半端じゃない。


 なによりキャラがうさんくさすぎる。


「問題ない」


 俺がそう言うとカゲツが目を細めた。しっかり耳を立てていたようだ。


「チーム“カゲツと愉快な仲間たち”。冗談みたいな名前の組織だが、引き受けた仕事に失敗はない。俺が見てきた限りでは、だけどな。

 裏の人間だからなかなか表には出てこないけど、その筋じゃ有名人だよ」

「――クードがそこまで言うのなら、信用できるのでしょうけれど」


 まだどこか釈然としない様子ではあったが、アリアはカゲツの存在を理解したようだった。


「仕事の話もできたし、私も帰ろうかな。クードも私のとこに来るでしょ? お尋ね者だし」

「ん、頼むわ」


 今のダメージを負った身体で城にいたら、さすがに捕まる可能性が高い。カゲツのとこのが安全だろう。


「なんだかよく泊まっているかのような口ぶりね」

「――なんだよ」

「別に」


 つーんとするアリア。そっぽを向かれてしまった。そんな様子をカゲツがすごい愉快そうに見ている。わざとやってやがるな、こいつ。


「お姫さまはいかがいたしましょう。みえるのなら、VIPルームを用意しますよ」

「無茶言うな。姫様がいなくなったら事件になるだろ」

「お邪魔するわ」

「嘘だろ!?」


 思わず突っ込みを叫んでしまった。


 魔王にさらわれてあれだけ大事になった後だ。またいなくなればそれこそ国そのものが混乱しかねない。


 ギャグじゃすまない展開だぞ、これ。柄にもなく俺が慌てふためいていると、アリアは「勢いで決めたわけではないわ」と真面目な面持ちで言った。


「今のクードと私が離れていたら駄目。……魔王との戦いに決着をつけるために」


 そう言ってアリアがカゲツに視線をやる。


 込み入った話になることを察したのだろう。「外に迎えを待たせておくわ」そう言ってカゲツは闘場を後にした。


「――魔王の正体を掴んだのか」


 二人きりになり、俺は単刀直入に切り出した。


 自分が姿を消すことがどれほどのことかはわかっているはず。それでもアリアが“決着”を宣言したからには、敵の目星がついたのだということ。


 アリアは勇者との戦いのさなかに見つけたのだ。魔王が見せた隙を。


 少しだけ間を置いて、アリアは小さく頷いた。


「魔王はいくつかのミスをしていたわ。おそらく私の想像に間違いはないと思う。

 けれど、まだひとつ確認しなくちゃいけないことが残っている。だからあと少しだけ時間を頂戴」

「もったいぶるなよ」

「勿体ぶっているわけではないの。ただ――信じたくないだけ」


 俯きながら呟くアリア。表情は見えなかったが、どこか辛そうに見えた。


 よほどの真相をその胸に抱えているように見えた。


 それはそうだろう。魔王の正体がリーシャでもシュナでも、もしくは勇者でも、アリアにとっては大切な恩人であり、仲間なのだ。


 単純に受け入れられるものではないはずだ。


「わかった。無理には訊かない」


 けど、と言ってアリアの頭に手を添えた。

 子供の頃、アリアが俺によく俺にそうしてくれたように。


「一人で戦おうとするなよ。誰が魔王でも、俺は最後までお前の傍にいる。

 ――。真相を掴んだ姫様がまた攫われたりしたらたまらんからな」


 むずがゆい台詞で終わるのが気恥ずかしくなり、いつものように冗談で終わらせようとする。


 だけどアリアはそうさせてくれなかった。

 細い腕を背中に回し、アリアは俺の胸に顔をうずめていた。


「約束してくれる? どんな結末でも、クードは最後までいてくれるって」


 胸にじんわりと熱を感じた。俺の体温じゃない。アリアの体温でもない。

 滲んだ涙。泣いているんだとわかった。


「姫さ……」

「名前で呼んでよ。昔はアリアって呼んでくれた」


 アリアの言葉づかいが子供の頃に戻っていた。姫も従者もない。なんのしがらみもなく一緒に遊んでいたころのアリアがそこにいた。


 あのころの俺は……石に遊ぶ時間と場所を書いて部屋に投げ入れてたりしたな。コントロールがつくまでガラスを何枚も割ったけど。


 そのときはまだ名前で呼んでた気がする。もう何年ぶりだろう。

 声に出して言うのは。


「俺はいなくならない。約束するよ、アリア」


 久しぶりにアリアの名前を呼んだ声は、自分でも意外なほど穏やかだった。


 そうしてアリアの両肩に腕を回す。小さな肩は可哀そうなくらい震えていて、誰かが支えていないとそのまま死んでしまいそうな気がした。



『仲間の誰かが魔王かもしれない。もとに戻す方法があるのかどうかもわからない。

 それでもあなたは今までのように、迷うことなく戦える?』



 城を出発した最初の日、アリアは俺に尋ねた。


 あのとき固めた覚悟は忘れていない。忘れちゃならない。


 最後は俺が、この手で魔王との決着をつける。

 

 誓いを立て、アリアを抱く腕にそっと力を込めた。

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