煌めく宝石

 リュナはカフェの一角で、『フリーデン』からの使者である人間に報告を終えた。回収したユーベルも渡す。

 新たな指示もあり、リュナがこの夜の町ノーチェに留まる理由はない。

 店を出ると、外は相変わらず肌寒い。見慣れた紺色の空。

 今日は宿で体を休め、明日になったらこの町を発つつもりだ。

 道を歩いていると、一体どういう嗅覚をしているのか、ソレッラが目の前に現れた。額に巻かれた包帯がやや痛々しい。

「きみは、病院で安静にしてなきゃいけないはずだけど?」

「そうなんだけどね。こっそり抜け出してきちゃった。だってあなた、どうせ何も言わずにいなくなるつもりなんでしょう?」

「べつに言うこともないからね」

「私にはあるの!」

 リュナはソレッラと並んで道を歩く。最近はもはや雰囲気でわかるようになったのだが、頭の上のエルピスは眠っている。帽子に睡眠が必要なのかはわからないが。

 レンガ造りの建物が立ち並ぶノスタルジックな町並み。空はいつも夜。リュナはこの町の落ち着いた雰囲気が好きだった。少し、寒すぎるが。

 ソレッラがどこに向かっているのかはわからない。彼女は無言の圧力で、リュナについて来いと言っている。

 町の外れまで来ると、上っていく階段があった。目の前は小高い丘だ。ソレッラは黙って階段を上っていく。リュナもそれについていくしかなかった。

 丘の上まで上がった。振り返ると、ノーチェの町を一望できた。真ん中にそびえ立つ時計台が印象的だ。そして町の中にいる時よりも星がよく見えた。

 ソレッラは柵の近くまで行き、景色を眺めた。どうやらここが目的地のようだ。

 近くに喧騒はなく、とても静か。大地には町の明かりが、空には星の明かりが煌めいている。

 リュナが柵のところまで行くと、ソレッラが一度リュナを見て、前に向き直ってから彼のほうに体を寄せてきた。

 微かな甘い香り。

 月明かりに照らされた彼女の顔は綺麗だった。

「お礼を言っておかないとね」

 前を向きながら、ソレッラが言った。

「ありがとう。あなたのおかげで、いろいろと。助かった」

「お礼なら町中でも言えるよ」

 ソレッラがキッと横を向いてリュナを睨みつけた。今にもひっかいてでもきそうな形相に、リュナは苦笑いを浮かべた。

 ソレッラは再び前を向き、物思いに耽る表情を浮かべる。

「あなたがどこから来て、どこに行こうとしているのかはわからない。きっと、訊いても答えてくれないだろうし」

 その彼女の声には寂しさがあった。

「リュナには、心に決めた人がいるんでしょう? それぐらいわかるよ。私だって女の子だもん」

 ソレッラの言葉を受けて、リュナの脳裏にある少女の顔が浮かんだ。イメージを浮かばせているリュナの顔を見て、ソレッラは悲しそうにし、それから顔を背けた。鎌をかけたつもりが、墓穴を掘った形かもしれない。リュナはそんなつもりはなかったが。

「ねえ」

 雰囲気を変えるように、彼女は声を高めた。

「リュナはこの町に太陽がないと思ってるかもしれないけど、そんなことないんだよ。もう少し、待ってて」

 言われた通り、リュナはただ待った。エルピスの寝言が小さく聞こえた気がする。

 そのまま時が過ぎるのを待っていると、ふと視野の中に明るい光が差した。

 地平線の彼方。そこから、太陽が少しだけ顔を出している。夜の町に差し込む、暖かな光。

 この地域では、太陽が完全に顔を出すことはないだろう。だとしても、その光はとても眩しかった。

 ソレッラが、微笑みながらリュナを見た。光に照らされた彼女は美しい。

 彼女が唇を動かし、二文字の言葉を囁いた。きっとそれは、魔法の言葉だろう。誰にでも使える、魔法の言葉。心を掴み、揺り動かす。

 町を照らす光は宝石のように輝いていた。

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