溶けかけた雪
兄弟?
リュナは先ほどのエルピスの言葉を疑問に思った。とくに深い意味はないかもしれない。ノリで言っただけかもしれない。しかしリュナはその疑問を片隅に留めた。
リュナは時計台の階段を駆け上がり、展望台に出た。近くにはまだ火の点いたランタンがいくつか浮かんでいる。
ソレッラは壁際に倒れているが、まだ微かに意識があるようだ。遠のきそうな意識を残した目で、こちらを見つめている。
そしてソレッラの傍に立つ男。もはや金色のオーラは消え去り、禍々しい暗黒のオーラの塊だ。
相手に気づかれる前に攻撃を仕掛けたかったが、エルピスが堂々と大見得を切ってしまったためにその作戦は消えた。右腕の熱はまだ消えず、露骨に力は使えない。
「誰だ?」
男が訊いてきたが、答える必要はない。お喋りしに来たわけではないのだ。
ソレッラの他に、男と女が一人ずつ倒れている。安否を確かめたいが、その前にこなすべき仕事がある。
「誰だって訊いてるんだよ!」
黒いオーラの男が叫ぶように言い、リュナに向かって突進してきた。スピードは速いが、真正直すぎる。リュナは男がぶん回してきた拳をかわした。その後立て続けにきた攻撃も全て避ける。「お前は猫のように逃げるからな」というマッドの言葉をなぜか今思い出した。
リュナは男がユーベルの石を所持しているという確信があった。通常の人間であれば、ここまで禍々しいオーラが見えることはない。精神を石に喰われている。自分ではそのことに気づいていないかもしれないが。
逃げているだけでは勝負は終わらない。リュナは決着をつける方法を考える。幸いにも、ここは高い位置にある展望台だ。それを利用すればいい。
リュナは目の前の男を憐れに思った。おそらく誰からも必要とされずに、この世から消えていく。もし生まれ変わったら、もう少しましな生き方を選ぶといい。
ソレッラはぼやける視界の中、リュナの戦いを眺めていた。黒いローブを羽織り、洗練された動きでアルトの攻撃をかわしていく。不謹慎にも、ソレッラはリュナに見惚れてしまった。
リュナは展望台の塀のところに追い詰められた。しかしそれは作戦で、向かってきたアルトをかわすと、リュナは何か言葉を発した。
本来見えることのない風が、色を持った。その風は青い。風はアルトに襲いかかり、その体を持ち上げた。
恐怖に慄くアルトの表情。因果応報。ツケはいずれ自分に回ってくる。
アルトの体から、黒い小さなものが飛んだ。それは床に落ちる。
アルトの体は展望台から消えた。
少し経った後に、下から鈍い音が響いてきた。
リュナは床から黒いものを拾い上げた。
ソレッラの意識はそこで閉じた。
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