望みを喰らうあぎと

 闇の炎を撒き散らす炎の化身の前に、それはいた。

 山型の帽子のような形。大きくて鋭い二つの赤い目。口から覗く悪魔のような牙。

「ハハハ。驚いたか? お前たちが必死こいて探してたものを、お前は頭に被ってたんだよ。お洒落だと思ってな。ハハ、お笑いぐさだぜ。オレのことを帽子だと思ってんだからな。ずっと笑いを堪えてたオレの身にもなれ」

 もう帽子とは呼べなくなったそれは、表情豊かに解説する。

「正確に言えば、オレはピトスじゃない。ピトスは、この器のことだ。オレはピトスに最後まで残った残りカス。こうやってピトスに張りついてる意識だ。そうだな、ユーベルと呼んだほうがわかりやすいか? オレはピトスに最後まで残ってたユーベルだ。残りものには福があるって言うだろ? ハハハハハハ!」

 何がそんなに愉快なのか、エルピスは高らかに笑い声を上げる。

「さあ、オレ様がとっておきの秘密を暴露してやったんだ、お前もそろそろ心を開いたらどうだ? そんな辛気臭い暗がりにいないで、表に出てこいよ。お前が恥ずかしがり屋なのは知ってる。だけどここにはお前とオレの他に誰もいない。泣きべそかいたっていいんだぜ? オレ様が優しく慰めてやる」

 エルピスは凶悪な顔をしながらそんなことを言う。

「まったく、お前は危なっかしい奴だな。心配で見てらんねえ。いっちょまえぶってるけど、お前はただのガキなんだよ。ガキはガキらしく甘えろ。心配する親にも身にもなれ。あっ、そういえばお前には親がいなかったな。ハハハハハハハ!」

 これ以上エルピスに喋らせておくのは癪だ。

 一歩、二歩と進み、近づいていく。

 エルピスは不敵な笑みを浮かべながらその様子を眺めている。

 そのエルピスに向かって手を伸ばした。


「やっと会えたな」

 闇黒の中、リュナの前に輝く光が漂っていた。光に包まれているそれの輪郭は見えない。だけどそこから温かいものが流れてくる。

「まったく、ずいぶんと苦労したぜ。ここまで来るの。お前は強情だからな」

 光はリュナに向かって語りかけてくる。

「さあ、オレに言いたいことがあるだろ? なんか言ってみろよ」

「……きみ」

「ああ?」

「きみは」

「はあ? オレが誰だかわからねえのか?」

「……いや」

「寝ぼけてんのか? あんなに街をぐちゃぐちゃにしておきながら」

「きみがここまでおせっかいだとは思ってなかった」

「はっ。お前の子守りも楽じゃねえんだよ」

「なあ、エルピス」

「なんだ?」

「ごめん」

「はあ? なぜオレに謝る? お前はそんなタマじゃねえだろ。軽口でも叩いてろ」

「俺はもう終わりだよ。取り戻せない。何も」

「お前は今、何を悲しんでる? 言ってみろ」

「俺は間違ったんだ。全部、間違いだった」

「それでお前は、生まれてこなければよかったとでも言うつもりか? いい加減にしろよ」

「エルピス」

「あん?」

「ちょっとうるさい。もう少し静かにしてくれ。耳が痛い」

「てめえこんにゃろー。オレはもっと声高々に言ってやる。お前は間違ってなんかない。お前が辿ってきた道のりは、必ずそこに意味がある」

「そうか。よかった」

「今お前が絶望してるのは、失ったものがあるからだ。つまり、お前には大切なものがあったんだ。お前が願いを閉じ込めていただけで、お前には手にしたいものがあった。だから、だ。だからオレはお前の前に現れたんだ」

「どうして?」

「決まってるだろ? お前の願いを叶えるためだ」

 リュナはエルピスの告白に衝撃を受けた。

「お前はついてる。オレはお前に何回もそう言ってきたよな? 世の人間がいくら探しても見つけられないものを、お前は見つけたんだ。これが幸運じゃなくて何て言う?」

「なぜ? どうして俺のところに?」

「言っただろ? お前は心配で見てらんねえって。可哀想だと思ったわけじゃない。オレはお前に同情はしない。だけどな、ちょっとぐらい手を貸してやってもいい。そう思ったのさ」

 リュナはエルピスに言われたことを反芻した。

「さあ吐き出せ。お前の願いを。望みをオレに託せ。オレがそれを受け止めてやる」

 リュナは光に近づいた。ゆっくりと、そこへ手を伸ばす。

 そして、

 光から大きな顎が現われた。凶悪な牙を覗かせ、リュナに齧りついた。

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