殺戮の業火
リュナは動かなくなったフルールの傍に跪き、放心していた。
マッドは拳銃の銃口をリュナのこめかみ辺りに向けて構えた。それでもリュナは何の反応も示さない。
あっけない幕引きだ。結果的にこの女も役立ってくれた。これでようやく目障りだったこいつらを葬ることができる。
マッドは引き鉄を引いた。
パン!
夕食の支度が終わってもまだ、フルールが帰ってこなかった。彼女が何の連絡もせずにここまで帰りが遅くなることはない。ウェルスはいても立ってもいられなくなり、彼女を探しに家を出た。
今日何か変わったことがあったとすれば、リュナがここを訪ねてきたことだ。リュナはフルールに会わないと言っていたが、もしかするとどこかでばったり顔を合わせたかもしれない。それならきっとフルールも自分たちに連絡するどころではないだろう。いつもフルールがどれだけリュナのことを考えていたか、自分たちは知っている。
とにかく、フルールが無事でいてくれればそれでいい。ただあとで一言言ってやろう。「親に心配をかけるんじゃないぞ」と。
エルピスは宿の部屋にいながら、確かな変化を感じ取った。闇のうねりを感じる。
エルピスには足が必要だった。こんな姿では自分で動くことができない。
廊下から足音が近づいてきて、リュナが開け放っていった部屋の入口から誰かが入ってきた。
ヴァンだ。
拳銃から確かに弾が発射されたはずだが、手応えがなかった。リュナの脳天目がけて発射された弾は、それに飲み込まれて音もなく消えた。
リュナの体が炎をまとっている。夜よりも暗い、漆黒の炎だ。
また奴のくだらない手品かと思ったが、どうも様子がおかしい。その炎はリュナの体をも飲み込んでいく。
リュナが立ち上がった。しかしそれはもう人の体を成していなかった。体の輪郭に沿って燃え盛る、炎の塊だ。
それがマッドのほうを振り返った。人間の顔となる部分に、瞳のない赤い目のようなものが二つ光っている。
マッドの意識が苦痛を感じた。下を見ると、マッドの下半身が闇の炎に包まれていた。
マッドは慌てて炎から逃れようとしたが、炎は瞬く間にマッドの体を駆け上り、苦痛が全身に渡った。
マッドは自分が壊されていく感覚を味わった。体だけではなく、その炎は精神さえ蝕んでいく。炎が一噛みするごとに、自分がバラバラになっていく。そして闇はその欠片を飲み込んだ。
そこには、形として存在することさえ許されない、無しかなかった。
リュナであったものの炎の化身は、周囲に闇の炎を撒き散らした。
炎はフルールの体さえ屠り、燃え上がった。
建物の屋根を貫き、壁を粉砕し、床を這い回るように蠢いた。
自分の意思を手放したリュナは、ユーベルに喰われた。ユーベルは彼の憎悪と絶望だけを糧とし、この世界を侵食する。
それは、歩き出した。
この世界を壊すために。
殺戮のかぎりを尽くすために。
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