終焉を告げる鐘の音

 どうやら火事のようだと街の人間が騒ぎ立てていた。BARヴィオレットから火の手が上がっている。

 消防隊が来るまでの間、野次馬たちが遠目からその様子を観察していた。

 その火事は、おかしな点があった。炎が、暗くてよく見えない。火はオレンジ色に燃え上がるのではなく、影のように黒かった。そして、物理的法則性をもって移ろっていくというより、まるで意思を持っているかのように、生き物のように、炎はうねった。

 近くの建物の住人が既に避難できているかわからないが、火の回りが早く、被害が拡大しそうだ。

 その時突然、BARの入り口付近の場所から黒炎が飛び出た。その炎は獲物を狩る蛇のように素早く伸び、野次馬の中の一人の男を絡め取った。炎の先端が上昇を始め、炎に掴まれた男は建物三階ぶんほどの高さまで浮かび上がる。その男が悲鳴を上げるが早いか、男の体が燃え上がり、炎と一体化した。

 恐ろしく凄惨な光景を目の当たりにし、野次馬たちは口々に叫びを上げながら逃げ惑った。

 しかし逃げようとした方向の地面から亀裂が走り、噴火するように地面から黒炎が噴き出た。大きな手の平を広げた火炎は、玩具を手にするように人を鷲掴みにする。焼け焦げた臭いすら残さず人々を丸呑みした。

 そして大きな音がしたかと思うと、BARヴィオレットの左右に連なっていた建物が六軒ほど瞬時に崩壊した。建物の中から渦巻く炎が顔を出す。

 街に夜よりも暗い闇が広がり出した。建物を破壊し、草木を焼き、花々を燃やし尽くす。

 美しかった花の都が、残虐な殺戮の舞台と化した。

 闇の炎は空すら飲み込もうとするように、その魔の手を伸ばし始めた。


「始まった」

 宿の一室でヴァンが呟いた。

 テーブルの上のエルピスは訝しげな表情を彼女に向ける。

「お前やっぱり知ってたのか?」

 ヴァンは答えず、思い詰めた表情で何かを考えている。

 エルピスは外の光景を目にしたわけではなかったが、今何が起きているのかなんとなく察知している。そしてこうなった原因も。

 エルピスは今ここにいない相棒の顔を思い浮かべた。悲しみを湛えた瞳。この世界の何かを諦めてしまった男。

「なあ、ヴァン。頼みがあるんだ」

 ヴァンがエルピスに目を向けた。

「あいつの、オレの相棒のところに、オレを連れていってくれないか?」

 ヴァンは真剣な表情でエルピスを見つめている。そして言った。

「何のために?」

「あいつは意気がってるけど、オレからするとまだまだちっちゃなガキなんだ。傍にいてやらないと、心配でしょうがねえんだよ」

「……ふ、ふふ」

「あ? なんだよ。なに笑ってやがる」

「べっつにー」

 ヴァンは楽しそうな笑みを浮かべている。エルピスは少し腹が立ったが(立つ腹があればの話だが)、やり合っている場合ではない。

「なあ、頼むよ」

「いいわよ」

 ヴァンはすんなり了承した。

「でもそのかわり」

 ヴァンがエルピスを手に取り、頭の上にのせた。

「そこに辿り着くまで、私があなたの相棒よ」




 この世界は醜い。蛆がわく腐った果物のように。

 どうしようもなく穢れていて、触れば触るほど汚れが染み出てくる。

 命の不協和音が鳴り響くこの世界は、何のためにある?

 誰かがその責を負わねばならないなら、自分が担ってやる。

 全てを破壊し、燃やし尽くす。

 闇黒で包み込んで、消し去ってやる。

 それが、この世界に対するせめてもの慰めだ。

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