殺戮のダークファイア
さかたいった
欲望と荒廃の街
傲慢な匂い
淀んだ空気だ。体にまとわりつくような生温い不快さ。
黒ずんだテーブルの木目。
炭酸でもぶっかけたように歪んで響くミュージック。
テーブル上のグラスには、ルビーのように鮮烈な赤の液体。飲むと、甘みと辛みが絡み合い、シンフォニーを奏でた。
世界の塵が沈殿したような薄汚れたBAR。リュナはフードを目深に被り、時を置き去りにするかのように意味の無い時間を過ごしている。
匂いが変わった。汚らしい鼠色の臭いが自分に向けられている。視線を動かさなくともリュナにはわかった。誰かが近づいてくる。
傷とシミだらけの分厚い皮の手がテーブルにドカッと置かれ、リュナのフード越しの狭い視界に入った。
「お前、リュナだろ」
その声は、聴覚から手で払いたくなる不快な触覚へと変換された。
「最近ずいぶん幅を利かせてるみたいだな」
その口を閉じろ。穢れを吐き出す醜い口を。
「おい、こっちを向け――」
男が肩に手をかけようとしたところで、リュナは勢いよくその手を払いのけた。
「俺に触るな」
男と目が合う。撫でつけた金髪。切れ長の細い目。マッドという名の男。何年も前から知っている。知りたくもない。マッドの顔面が怒りに歪んでいく。
リュナは何事もなかったかのようにカウンターテーブルに向き直る。一瞬乱れた呼吸を整える。
「あまり調子に乗るなよ」
その去り際の文句は、今までの声色と違い低く押し殺した響きだった。
マッドはBARから出ていった。
思い出したように店内の時間がまたゆっくりと流れ始める。
砂時計のように、世界の無駄を蓄積していく。
BARから出たリュナは、通りを歩く。ネオンが撒き散らす青紫の妖しい光。クールンの街の夜の顔。
アルコールと薬物と欲望に塗れたような刺激的な香り。
客引きの人間たち。路肩では寝ているのか死んでいるのかもわからない人間が壁に背を預け足を投げ出している。
リュナは闇に溶け込むような黒装束をはためかせ歩く。
数を数えた。おそらく三人。つけてきている。興奮しているような下卑た臭い。
人気の無い裏通りのほうへ進む。
リュナは少し開けた場所で足を止めた。横には落書きだらけの壁。錆びたドラム缶や袋に入った何かのゴミなどがある。
後ろを振り返る。マッドと、他にガタイのいい脂ぎった顔の男が二人いた。全員手に金属製の刃物を持っている。飛び道具は見えない。
マッドが何やらご託を並べていたが、リュナは興味がなかった。単なる雑音にしか聞こえない。床にへばりついた埃のよう。
男の一人が不意を突くようにナイフを振ってきた。リュナはそれを難なくかわした。
殺気に触れて、リュナの右手が疼き出す。
三人はリュナを取り囲むように陣形をとった。
血走ったイカれた目つき。
腐ったリンゴのような臭い。
リュナは右手中指に意識を込める。
刺々しい茎。絡みつく緑。
男たちが襲いかかってくる。
「香れ」
リュナのイメージと声に呼応し、空間から茨が出現した。茨は蛇のように素早く伸び、瞬く間に広がって男たちの足を絡め取った。バランスを崩し倒れた男たちの体にさらに絡みついていく。そして最後に大きな赤い花が咲いた。
「刻め」
リュナは身動きの取れないマッドの頭上に、回転式の丸いノコギリを具現化させた。
ノコギリはモーター音を立て回転しながらゆっくりとマッドの顔のほうへ下りていく。
「お、おい、やめろ!」
リュナはマッドのほうに右手を向けながら、冷めた目つきでその様子を眺める。
「やめろ、やめ――」
恐怖に慄く醜い顔。せめて鮮血の芸術で彩ってやる。
だがその時、リュナの右手が燃えるような熱を持った。リュナは苦痛に顔を歪め、左手で右腕を握り締めた。
どす黒く燃える闇の炎。リュナの脳裏にそのイメージがまとわりつく。
ノコギリはマッドの顔を真っ二つにするすんでのところで消え去った。体を絞めつけていた茨も消えた。マッドは白目を剥き、泡を吹き出して失神している。
あとの二人は怯えた声を吐き散らしながら、その場から逃げ去った。
リュナは右手にしていた黒の手袋を剥ぎ取った。
肌には火傷のように刻まれた黒い痕。
中指の指輪には、光を飲み込む黒い宝石が佇んでいる。
苦痛に喘ぐリュナを嘲笑うかのように、憎らしく。
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