スパイシーな味
深夜、リュナは足音に気づき、目を覚ました。
リュナが寝泊まりしている部屋は二階にあり、一階から階段を上がってくる足音が聴こえる。一人や二人のものではない。
リュナは俊敏に動き、音もなくローブを羽織り、ブーツを履いた。育ち柄、リュナの眠りは浅い。いつ何が襲ってくるかわからない環境で育った。
忘れ物に気づき、テーブルの上の帽子を掴み、頭の上に載せた。
「んにゃむにゃ。もう食べられねぇぞ」
良い夢でも見ているのだろう。起こしては悪い。
入口とは違う方向にある窓まで移動し、そこを開けた。
入口のドアが乱暴に蹴破られた。それと同時にリュナは窓から外へ飛んだ。二階から飛び降り、地面に着地する。
パン! と弾けるような音が鳴り、リュナのすぐ目の前の地面が小さく抉られた。
六、七メートル先で、マッドがリュナに向かって拳銃を構えている。
しつこいドブ鼠め。
「動くなよ」
火薬の臭いが漂ってくる。リュナは黙ってマッドを睨みつけた。
「この前のお礼をしてやろうと思ってな」
義理堅いことである。
先ほどまでリュナがいた部屋から男たちの声がする。寝込みを襲おうと思っていたらしい。
マッドは照準をリュナに合わせたまま、高慢な笑みを浮かべる。
「お前は猫のように逃げるからな。どうだ、追い詰められた気分は?」
リュナは無表情の冷めた視線を送る。
マッドの眉間がピクピクと脈打ち、皺が刻まれていく。
「その蔑むような目つきをやめろ。お前は。お前らは。いつもそうやって俺を」
拳銃を握るマッドの腕が怒りに震えている。
「気に食わねぇんだよ。見下すようなその目。お前と、あの女」
冷静を保っていたリュナの意識に、一筋の綻びが現われた。
その汚い口で彼女のことを口にするな!
「殺してやる」
マッドはそう吐いて、銃口をリュナの脳天に向けた。
その時リュナの頭上から夜の静寂を切り裂くけたたましい声が鳴った。
「あーうっせぇ! 人がせっかく気持ち良く寝てたってのに! テメェらぶっ殺すぞ!」
マッドが驚きに目を見開き、一瞬リュナの頭上に意識を奪われた。
リュナはその隙を衝き、素早くしゃがんで右手を地面に打ちつけた。
「奔れ」
リュナが右手を置いた地面からジグザグに閃光が煌めき、マッドの足元に到達した。
ジリリという聴き慣れない音が鳴り、マッドの体が一瞬にして硬直し、仰け反ったような形になる。そのまま置物のように後ろに倒れた。
力の反動でリュナの右手が熱を持ったが、眉間に穴を開けられるよりはましだ。
宿の部屋に突入した男たちが戻ってくる。リュナはその場から走り去った。
一つ、二つと、ネオンが妖しく光るクールンの通りを駆け抜けていく。一度路上に倒れている人間の足を思い切り踏みつけた気がしたが、気のせいということにしておこう。
ある程度移動したところで、リュナは一度立ち止まった。おそらく追手はない。少なくとも近くにはいない。
豊満な胸を大方露出させたミニスカートの女が、リュナに近づいてきた。
「どう? 一杯やってかない?」
一見ピンク色の魅惑的な匂いで装っているが、結局まとわりついた金の臭いは誤魔化せない。
リュナの頭上から、シューと息を吐くような音が鳴った。女の目がリュナの頭の上に釘づけになる。凶悪な顔でも目の当たりにしたのかもしれない。
悲鳴を上げる女を無視し、リュナは歩き出した。
「おい、どうすんだ?」
人気の無い静かな道に入ったところで、頭の上のエルピスが尋ねてきた。
「このままどこかに身を潜めて、朝になったら街を出る。元々そのつもりだった」
「お前」
「リュナだ」
「リュナ。さっきの力、むやみに使うんじゃねぇぞ」
「なんだ? 心配してくれてるのか?」
「はあ? オレ様が心配? そんなわきゃねぇだろてめーコンニャロー」
「照れたのか?」
「ぶ、ぶっ殺すぞ!」
リュナは月の光る夜の街を歩いた。そこに欲望と荒廃の香りを嗅いだ。
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