苛烈なる狂想曲

 死者の怨念が具現化した、体の至る場所から死者の顔が浮き上がる巨人は、腕を振り上げてその大きな拳を雨のゴーレムに振り下ろした。

 攻撃を受けた箇所のゴーレムの体が弾け飛んだが、水分で構成される体は実体があってないようなもの、すかさず周囲の水分が寄り集まって体が再構成された。ゴーレムは巨大な右腕を振り回し、怪物の首の辺りに命中させた。怪物は横向きに倒れ込み、その衝撃で地面に亀裂が入って地響きが起こる。

 リュナはゴーレムを操り、倒れた怪物に覆い被さるようにして抑え込んだ。

「マリードさん。今のうちに村人の避難を」

「……あ、ああ」

 リュナは自分がいつまでも持ち堪えられないことがわかっている。怪物をどうにかする前に、自分の右腕が燃え尽きそうだ。右腕が、燃えている。比喩ではなく、リュナには実際に自分の体を舐める暗黒の炎が見えた。邪悪な炎に体と意識が徐々に飲み込まれていく。

「リュナ。意思をしっかり持て」

 エルピスの励ましの声。

「闇に吞まれるな。大丈夫だ、オレがついてる」

 エルピスの声を聞き、リュナの状態は幾分落ち着いた。なぜかはわからないが、体が温かくなって、安心する。

 ゴーレムに抑え込まれている怪物が、下からゴーレムの腹の辺りに腕を突き上げた。腕はゴーレムの体を貫通し外に飛び出る。ゴーレムの体が崩れ去っていくが、それならそれでいい。リュナはゴーレムの体を構成していた水分を集めて高速で回転させた。それは竜巻のようにグルグル回り、巨大な渦巻きを発生させる。巻き込まれた怪物の体が浮き上がり、回転していく。そしてリュナは渦巻きを傾かせ、怪物を弾き飛ばした。近くの建物に突っ込んだ怪物は粉々にぶち壊された瓦礫に半ば埋もれる。リュナは渦巻きの回転を緩やかにし、徐々にゴーレムを再構成していった。

「やるな。だけどあの程度じゃ、時間稼ぎにしかならない」

 エルピスの声。

「狙いは、わかってるな?」

 吹き飛ばされた怪物がすぐに立ち上がった。動きが粗雑になり、怒っているように見える。

 リュナは視覚に意識を集中させる。怪物の禍々しい気が生まれ出る箇所。

 見つけた。怪物の胸の辺り。

 そこに、ユーベルがある。

「フィリオ!」

 背後から叫ぶような声。

 一瞬振り返ったリュナは、そこにマーテルの姿を見た。

 どうしてここへ来たんだ!?

 前方から地響き。

 前に向き直ったリュナの目の前に、怪物が迫っていた。ゴーレムを動かそうとするが、間に合わない。

 怪物の横薙ぎ。

 しかしリュナの前に立ちはだかった何かがその攻撃を遮った。それはバットで打たれたボールのように飛んでいき、建物の外壁にぶち当たった。

 がっくりと項垂れたマリードの体が地面に横たわっていく。

「リュナ! 敵に向き合え!」

 エルピスの怒声でリュナは我に返った。

 怪物が大きな腕を振り下ろしてくる。

 リュナはそれを横に素早く動いてかわした。

 怪物に打たれた地面は大きく抉れて、衝撃が周囲を震わす。

 怪物が咆哮した。それは首の上にある顔だけではない。体から次々と浮かび上がる死者たちの顔が鳴き叫んだ。リュナの意識が乱れるほどの狂った声。嘆きの叫び。リュナは自分の体の感覚を失いそうになった。頭が割れそうだ。

「同情するなよ。お前が、討つんだ」

 エルピスの声がしっかりと耳に響いた。

「お前ならやれる。なんたって、オレの相棒だからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る