決意の鼓動

 アルトは目の前の光景に見惚れて、もう少しで自分の役目を忘れてしまうところだった。

 広場から一斉に浮かび出したランタンは、時計台の頂上すら越え、闇を彷徨うように浮かんでいく。下からはまだ続々とランタンが上がり始めている。

 時計台の展望台には、この時間立ち入りが禁止されていたにもかかわらず、男女のカップルがいた。仕方ないので、そのカップルには少々寝てもらうことにした。ちょっと手荒な真似をしたが、大丈夫死んではいない。どちらでもよかったが。

 アルトはリュックの中からそれを取り出し、導線に火を点けた。

 本当の宴はこれからだ。

 アルトは聖杯を捧げるかのように頭の上までそれを持ち上げた。

 さあ見せてくれ。

 絶望を。


 ソレッラとともに時計台前の広場に辿り着いたリュナは、広場から無数のランタンが放たれる光景を目にした。

 美しい光景だったが、隣にいるソレッラの表情は冴えない。

「おい、やばいぞ」

 頭の上のエルピスが言った。

 かなり高くて見にくいが、時計台の展望台に、人影が見えた。浮かんでいるランタンの光に照らされ目にできる。

「逃げたほうがいい」

 リュナはソレッラに言った。リュナはここに来るまでの間に彼女から事情は聞いている。

 ソレッラは一瞬怯えたような表情をした。しかしそれはすぐに怒りのものへと変化していく。

「私だけ逃げ出して、みんなを見殺しにするの?」

「そうだ。きみまで巻き込まれる必要はない」

「嫌だ、なんとかしたい」

「なぜ?」

「なぜって?」

「なぜ助けたいと思うんだ? 他人だろう?」

「……あなたは、助けたくないの?」

「俺はきみに訊いている」

「おい、ぺちゃくちゃやってる場合じゃねぇぞ」

 エルピスが煽ったが、リュナはソレッラから目を離さなかった。

 ソレッラは一度視線を外し、考える素振りを見せた。数秒後、再びリュナに向き合う。

「私は、命は守られるべきものだと思う。だって命は、尊いものだから」

 リュナは彼女の真剣な眼差しを受け取った。それ以上話す時間はなかった。

 展望台から、火のような光るものが落ちてきた。昇っていくランタンたちに逆らい、それは地に向かって落ちてくる。

 リュナは頭の中で匂いを作った。緑の匂い。そして感触。色。動き。

「包め」

 リュナは右手を天に向けた。右手が燃えるような熱を持つ。

 十メートルほどの高さの宙に、巨大な葉が出現した。その葉は落ちてくる物体を受け止めた。そのまま葉を折り曲げて包み込む。さらに葉を出現させ、幾重にも包み込んでいく。

 リュナはイメージを切らさないよう集中した。

 瞬間、葉の中心が赤く光った。続いて空を切り裂く爆音が鳴った。

 抑え切れずに破れた葉の箇所から、爆風と爆炎、そして金属の破片が飛び散った。

 混乱と悲鳴。

 何人か犠牲が出た。

 リュナは右手から発せられる苦痛に耐えながら、さらに一枚の巨大な葉を被せた。それをゆっくり地面へと下ろしていく。人々は波状に逃げ出していく。

 外気は凍てつくような寒さにもかかわらず、リュナの額から大量の汗が浮き出てくる。右手を動かせる感覚はもはや無く、焼けただれたような痛みだけがあった。ここまで大きなものを具現化させたのは初めてだ。

「あなた、何者なの?」

 ソレッラのそんな呟きが聞こえた。

 冗談を返す力もなかった。リュナはその場にしゃがみ、地面に左手をついた。

 まだ自分の右腕が残っていることが不思議だった。

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