★第40話 俺たちの1番幸せな瞬間
千歌の首元で光るエメラルドは、煌々と輝いている。
俺は時折それをチラ見しながら、千歌が俺の恋人になったのだということを実感した。その度に喜びを隠せず、思わず口角を緩めてしまう。
そんな俺を見て千歌は、「なにニヤニヤしてんの~きもっ」と軽口を叩いてきた。
やっぱりこういうやり取りも楽しい。
それから死ぬほどお腹が空いていたので適当な店に入ってほうとうを貪り(2人で3種類完食した)、ロープウェイに乗った。
こんなにがっつりと観光するとは思っていなかったけど、楽しいからしょうがない。
それになんだか、この楽しさを終わらせた瞬間に何かが悪い方向へ行く予感がしていたから、少しでも長くこの旅を引き延ばしたかった。
その思いに応えるかのように、ロープウェイはどんどん地上から離れていく。
「わーすごい、下、怖いね。落ちたら死ぬかな?」
「いや、そんな大きな声で恥ずかしいだろ。他の人も乗ってるのに」
「てへっ」
千歌がはしゃいでいると、すぐ隣にいた4歳くらいの男の子が「怖いね。落ちたら死ぬかな?」と母親らしき人に質問した。
小さい子が千歌の言葉を一言一句マネしたから、思わず2人で顔を見合わせて笑ってしまった。
ややあって、山の上に到着した。柵の先には、山梨の街並みが一面に広がっている。
「「うわあ……」」
雄大な景色に感動し、思わず声が漏れた。
何もかも忘れられるような、爽快な気分になった。
ここに千歌と来ることが出来てよかった。
「すごくきれいだね」
「うん」
「……わー、正樹! あそこに鐘があるよ! いこいこ」
「お、おう」
千歌は俺の腕を強引に引っ張り、鐘とやらの前まで誘導した。
それはハート型のオブジェで、千歌の言う通り真ん中に鐘がつるされている。
「ねぇ、正樹。これ、2人で鳴らしたら恋が叶う的なやつかな?」
「……もう、叶ってるだろ」
「……正樹の、バカ。すき」
「……俺も」
2人で押し黙る。目を逸らす。きっと顔が真っ赤だ。
恐らくこれが、世間でいう幸せというやつなのだろう。
だって、多福感が尋常じゃないから。
「あー、さっきのお姉ちゃんだ」
「こら、ユウキ! ……ああ、すみません」
良い意味で気まずくなっていた俺たちの元に、先程ロープウェイの中で千歌の言葉をマネした男の子が近づいてきた。母親が平謝りをしている。
「あ、いえ、気にしないでください」
「本当にすみません……あの、お詫びにお写真をお撮りしましょうか?」
「え、いいんですか?」
「はい、もちろんです」
俺はユウキと呼ばれる男の子の母親にスマホを渡し、写真を撮ってもらった。
途中ユウキが割り込んできては母親が怒っていたが、逆にそれで緊張がほぐれて自然な笑みがこぼれた。
写真を見返したら、やっぱりどの写真にもユウキが映っていて、2人で大笑いした。
多分、これが俺たちの1番幸せな瞬間だったと思う。
だってこれが、最初で最後の写真になってしまったから。
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