♡第19話 正樹と、繋がっていたいから
肩を上下させて苦しそうに呼吸をする正樹。その目は据わっていた。
こんなに感情を顔に出す正樹を見たのは初めて。
私の心臓は小動物のそれ並みに忙しなく動いている。
「橋本……」
「はぁ……はぁ……返して……」
「……え?」
「千歌を、返して」
正樹は凄みのある低い声で呟くと、よろけながら個室に入ってきた。
「橋本、お前は人のプライベートに介入することがどれだけ
正樹は真島さんの言葉を無視して、放心状態で動けなくなっている私の手首を力強く掴んだ。
「いこう」
「でも復しゅ――」
「千歌」
私の名前を呼ぶその声は、今までのどんな正樹の声よりも鋭かった。そして、男らしくてかっこいい。
心臓は、きゅん、と音を立てる。それはもはや必然だった。
私がすっと立ち上がると、正樹はすぐに駆け出した。私も引っ張られながらなんとかついてゆく。
「橋本、ちょ、お前――」
私たちはカラオケ店を出て、ただひたすらに夜を駆けた。
***
闇に包まれた河川敷。視覚がうまく機能しない代わりに、聴覚が研ぎ澄まされ、川の音が鮮明に聴こえてくる。
涼やかな風が私たちの頬を撫で、足を撫で、心を撫でて過ぎ去ってゆく。
体育座りを崩さぬまま、正樹は口火を切った。
「ごめん」
「え……」
「邪魔してごめん」
それは予想外の言葉だった。
『邪魔』とは復讐のことだろうか、それとも……。
「ううん。ありがとう」
「あ、あの……」
「うん……」
「真島先輩と、その……キ、キスしたかった?」
これも予想外の言葉だった。
私が真島先輩とキスしたい? ……そんな訳ないじゃん。
突然のことで身体が動かなかったんだもん。
そんな言葉を言いたかったけど、私の気持ちをさっきから全然察してくれない正樹にちょっぴりムカついて、つい別の言葉が口を突いた。
「正樹の、ばか‼」
「え、え……? なんで俺今、罵倒されたの? ……ってこのやり取りも3回目か」
「え、数えてたの? きもっ」
「きもっはないだろう‼」
「ふふふ……あははは」
「ははは……」
私たちの笑い声は綺麗にハモって、やがて闇に溶けた。
「ねぇ、正樹……」
「……ん?」
「姫宮さんの塾の送迎は? どうして私をあそこから助けたの? これから復讐はどうなっちゃうの?」
「千歌、落ち着いて。順番に話すから……」
そして正樹はゆっくりと話し始めた。
「姫宮さんを送り届けてる間に、2人の後ろ姿をみた。俺のいない間に復讐するなんて聞いてなかったからすごく焦って……姫宮さんに急用って言って抜け出した」
「そうだったんだ……」
私がまず思ったのは、今日2人が結ばれなくて良かったってこと。いや、復讐するんだから姫宮さんには好きになってもらうべきではあるけど……。
もうなんか、感情がごちゃ混ぜでよくわかんないや。
「それで、なんで助けたかだけど……」
正樹はそういうと、何やら言葉を吟味しているようだった。
答えが待ち遠しくて、じれったい。
自然と呼吸が浅くなる。
「ち、千歌を危険な目に合わせたくなかった」
「……危険な目?」
「う、うん。なんというか、復讐のために真島先輩を落とす努力をしてくれるのはありがたいけど、自分の身体まで犠牲にしてほしくなかった」
「そっか……」
正樹から気遣いの言葉を貰えて嬉しい。
だけど、それは私が1番欲しいことばじゃなかったから、少し落胆してしまった。
「……あと今後の復讐、だっけ?」
「う、うん」
「千歌はどうしたい?」
「どうしたいって……」
「危険な目に遭いたくなかったらもうやめよう」
それは、正樹の気遣いだってわかった。
でも私は――
「私は大丈夫。やめたくないよ」
そう、私は復讐をやめたくない。
でもそれは、ユーちゃん先生のためじゃなくなっちゃったけど……。
正樹と、繋がっていたいから。
「そ、そっか……」
何故か正樹の声には、落胆の色が滲んでいた。
あれ、正樹はもう私と復讐したくないのかな。
私との繋がり、いらなくなっちゃったのかな?
「千歌がやめたくないなら、続けるよ」
その言葉を聞いて、安堵のため息が漏れた。慌てて片手で口を覆う。
「でも今日のことで真島先輩は、俺が千歌のことを好きだと完全に勘違いした」
勘違い。
わかってる。わかってるよ。正樹は皆川さんが好きなんだもんね。
正樹が私を好きっていうのは勘違いだもんね。
でもさ、そんなにハッキリ言わなくてもいいよね。
私、辛いよ。
哀しみが胸の中で渦巻いてまた涙が溢れそうになったけど、必死に抑えて正樹の話の続きを聞くことにした。
「でも、誤解を解く作戦はあるんだ。それをしたら、また復讐を再開できると思う」
「……作戦?」
正樹はまた作戦について説明してくれた。
よくこんなに思いつくな。本当にすごいな。
でもなんか、今の私は正樹を素直に褒めることが出来ない。
……かわいくないな、私。
「千歌、大丈夫そう?」
「……うん、大丈夫」
「じゃあ、明日」
「うん、明日」
私たちは無言で立ち上がり、反対方向に歩みを進めた。
1人の夜道は、すごく寂しかった。
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