♡エピローグ 浮気したい 2/3
途方もない4年半を経て、就職して東京に来た。だけど、正樹は見つけ出せなかった。
正樹の住んでいる場所は知らないし、大学はとっくに卒業してるから手掛かりがない。ネットで名前を検索しても何も出てこなかった。
だから、仕事がない時はひたすら正樹探しをしていた。
探偵を雇った方が手っ取り早いけど、どうしても自分の手で見つけたかった。
そんな風な生活を送っていたら、いつの間にか23歳になって、それからすぐに秋になった。
正樹は明日25歳になる。
もし再開することができたら、エメラルドのお返しをしたい。だから給料を全部つぎ込んで、高価なトパーズを買った。
11月の誕生石。
名前の由来は『探し求める』。
持つ意味は『真実の友人や愛する人を手に入れる』。
なんだか、自分に買ったみたいだ。渡せなかったら自分のものになるわけだから、同じようなものかもしれない。
諦念は確かにあった。でも、執念が上回った。
そして、石の効果があった。
11月1日。正樹の誕生日。初めて出会ったファーストフード店のあの席。
私は、正樹に再会した。
***
「正樹――‼」
私は持っているトレイをぶん投げるようにテーブルに置き、正樹を抱きしめた。
周りの目は何も気にしてなかった。
「千歌……」
私の叫び声とは対照的に、正樹は切なげな声を漏らした。
なんだか嫌な予感がした。
もしかしてもう、私のことを好きじゃないの……?
「い、いったん離れてくれ。人が見てるから」
「……ごめんさない」
正樹のこんな困惑の表情、見たことがない。
胸を刃物で突き刺されたような痛みが走った。
私は悄然としながら、窓に設置されたカウンター席に座った。
正樹も私の隣にぎこちなく腰を下ろした。
「……びっくりした。心臓が止まるかと思った」
「正樹……」
「なんで連絡先、消したの?」
……そうか。そういうことか。
正樹は知らないんだ。私の事情。
私は訥々と事実を語った。正樹は終始、真剣な顔で傾聴してくれた。
なんだかあの頃の、作戦会議を思い出す。
くだらないネーミングと幼稚な復讐内容。
それが、楽しかった。正樹とだったから。
「……事情はわかった。でも、俺もおかしくなりそうだったんだ。一度鹿児島まで行った」
「嘘……」
その瞬間に涙が溢れた。
正樹は、まだ私のことが好きなんだ。
「な、泣くなって」
「だって……だって……」
今だ……トパーズを渡すなら、今だ‼
私は泣きながらバッグを漁り、震えながら正樹に小包を差し出した。
正樹は瞠目しながら、不器用に小包を開けた。
「……宝石」
「トパーズだよ……正樹の誕生石。お誕生日、おめでとう」
正樹は、綺麗な涙を流した。
ああ、やっと私たちは結ばれる。そう、思ってた。
「千歌……ごめん。これは受け取れない」
「……えっ」
「俺、婚約者がいる」
……悪い予感、やっぱり的中してたんだ。
私が正樹を一途に想っている間に、正樹は他の子と笑い合って、手を繋いで、ハグをして、キスをして、セックスをしてたんだ。
最悪なことに、プロポーズまで。
エメラルド、一緒に買ったのに……。
そこからは堰を切ったように、身体中の水分がなくなるくらい、泣き叫んだ。
恐らく、1時間くらいは泣いていたのだと思う。
涙が枯れて、ようやく腑抜けた状態になった。
気づいた時には、私たちの周りには、もう誰もいなかった。
「……ごめん」
「……もういい」
私はよろけながら席を立って、正樹の元から立ち去った。
今ならお母さんの気持ち、わかる。
最愛の人にフラれたら、こんな風になるんだね。まだ希望を持ったまま片思いをしていた鹿児島時代の方がましだった。
もう、東京にはいられないな。私は……外国にでも行こう。
途中で死んだら、それはそれでいいや。
「……千歌‼」
ふらふらと街を徘徊する私の細すぎる手首を、正樹は背後から掴んだ。
……どうして?
「はぁ、はぁ……あの……」
「……なして」
「自分勝手だってわかってる。結婚はできない。千歌だけを幸せにすることはできない」
「……はなして‼」
やめてよ、わかったからもう、私の心を言葉の刃物で切り裂かないで‼
私は僅かに残っている力で正樹を振り切って、逃げた。
……でも、バカ野郎の正樹は、私を背後からきつく抱きしめた。
「はなしてってば‼」
「好きだ‼」
「……えっ」
「千歌を愛してる‼」
……チカヲアイシテル?
「ずっと千歌しか心になかった。恋は千歌で終わりにするって決めてた」
「でも婚約者……」
「代替品だ。ごめん、千歌とまた会えるなんて思ってなかったから」
「……じゃあ、私を選んで……」
「……それもどうしてもできないくらいの状況なんだ」
「……じゃあどうしろっていうのよ‼」
私は叫んだ。
「……千歌と結婚はできない。でも、俺の傍に一生いて欲しい」
「……正樹のバカ‼」
「わかってる。自分勝手なのはわかってる。でも、俺にもこれはどうしようもなくて……」
正樹は泣いた。
私もつられて泣いた。
「……わかった」
「千歌……‼」
「……浮気する」
あの日、初めて会った日。
私と正樹は運命的に言葉がハモって出会った。
『浮気したい』。
まさかこんな形で実現するなんてね。
それから私と正樹は、ホテル街に溶けた。
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