♡第25話 今日は正樹と同じがいい

 土曜日のお昼時。

 浮大前の公園でベンチに座り、2限のある正樹を待つ。


 今日は曇りだから、木漏れ日がベンチにドット柄を描くことも無い。

 単調な色彩の中に、私は身を置いていた。


 でもあたりが明るくないせいか、それとも昨日楽しみで眠れなかったせいか、私は眠気に襲われた。うたた寝をしないよう、頬を両手でぺちぺちと叩いた。



「気合い、いれてるの?」

「わっ! ……びっくりした、正樹。驚かさないでよぉ……って前と同じシチュエーションじゃん」

「はは、確かに。千歌は何回もひっかかるから面白い」



 私の肩に置かれた正樹の手をしっしっと追い払い、私は「もぉ~」といいながらふくれっ面をした。

 まったく正樹は、私を子ども扱いするんだから。



「ごめんて」

「……まあ、許す!」



 振り向いて正樹を見ると、今日は緑のポロシャツだった。

 そういえば1番最初の作戦の時にフィリピンの何とかってブランドの黒いポロシャツを着ていたけど、それにデザインが良く似ている。



「あれ、今日は前来てた服の色違い?」

「あ、うん。BENCH/のやつ。私服はこれしかないかな」

「さすがフィリピンハーフ!」



 正樹はユニフォームかこのブランドの服しか持ってないのか、と思うとなんだかおかしい。

 一方の私は、お気に入りのピンクのパーカーに、黒のミニスカートを合わせてきた。今日は大学生っぽい恰好をする必要もないから、いつもの自分らしいコーデ。



「う、うるせえ。……いくぞ」

「うん」



 私はベンチからぴょんっと立ち、正樹の後を追う。


 本当は水族館とか動物園とか遊園地とか、楽しいところに行きたい。

 でもきっと、今日もカラオケなんだろうな。あくまでも目的は作戦会議だから。

 

 それはそれで楽しいけどね。



「な、なあ、千歌」

「うん? なに?」

「そ、その……あの……」


 

 中々言い出さない正樹。


 正樹の顔を覗き込むけど、なんだか目を泳がせてソワソワしている。

 もしかして、隠し事……?



「……やっぱり何でもない」

「ねぇ、なになに気になる」

「い、いや……」

「ダメ! ゆわなきゃダメ!」



 隠されてるのは本当にいやだ。

 だってもしかしたら姫宮さんのことかもしれないし。


 だから私は正樹の腕を掴み、前後にゆさゆさと揺らした。



「あー、痛い痛い。わかったって。言うから!」

「嘘ついたらダメだからね」

「お、おう……」



 正樹は人差し指で頬をぽりぽりとかいて、小さく呟いた。



「今日の服……その……似合ってる」



 正樹が私を褒めてくれた。私の好きなものを褒めてくれた。

 心躍る気持ちになり、単調だった曇りの世界が、色彩豊かに華やいで見えた。


 正樹の言葉も、正樹の癖も、全部愛おしく感じる。


 たまらなくなって、私も正樹みたいに同じく頬をぽりぽりとかいてみた。



***



 いつものようにグラスにメロンソーダを注ごうとして、やめた。

 代わりにコーラとオレンジジュースを半分ずついれてみる。



「あれ、千歌。メロンソーダは?」

「今日は正樹と同じがいい」

「ふ、ふーん」



 正樹は口角をぴくぴくとさせる。怒っているのか困っているのか喜んでいるのか、よくわからない表情だ。


 でも、正樹も私に続いてグラスにコーラとオレンジジュースを注いだ。



「おそろいだね」

「お、おう……」



 正樹は頬を赤く染め、足早に11番の部屋に入った。

 私もすぐに続いて、いつも通り隣に座る。



「じゃ、じゃあ。作戦会議をはじめる」

「うん」

「今回はお互いにデートを取り付けたわけだけど……」

「はいはい、質問!」

「いや、まだ何も喋ってないし」

「デートを誘ったのはどっちから?」



 私は昨日我慢していた質問をぶつけてみる。



「あー……流れでね」



 流れってなに?

 流れでデートが決まるのって仲良いからだよね……。



「どこに行くの?」

「姫宮さんの好きなとこ」



 何それ。私とはいつもカラオケで、行きたいところを聞いてくれないのに。



「……姫宮さんのこと好きになってない?」



 私は正樹にぐいと顔を近づけて聞いた。



「ち、近いって……千歌こそどうなん?」

「答えないのずるい!」

「誘ったのはどっち?」

「……真島さん」



 正樹は私の両腕をつかみ、自分の肩からゆっくりと離した。



「なんで俺に相談しなかったの?」

「え……それは……正樹だってそうじゃん……」

「千歌は、この前危なかっただろ。その、キ、キス……」

「あれは……」



 なんだかすごく気まずい雰囲気になって、お互いに視線を逸らした。


 ややあって、正樹が口を開いた。



「今回は……その。復讐だけど、作戦というかなんというか……」

「う、うん……」

「真島先輩に何かされそうになったら、逃げて欲しい」

「え……うん……えっと、あとは?」

「それだけ」

「え?」



 あれ、今日はお互いに相手を落とすための作戦会議じゃなかったの?


 私は開いた口が塞がらない。

 そんな私を見て、正樹はまごついていた。そして観念したように呟いた。



「あー……もう! 俺さ、千歌が真島先輩と2人きりになるのが嫌なんだ。デートするって聞いて、嫌だった」



 私の胸はきゅんと音を立てた。



「私も同じ……正樹が姫宮さんとデートするの、イヤ」



 思わず私も、心の内を吐露してしまった。

 正樹は淡く染まった頬をぽりぽりとかいた。



「じゃ、じゃあ……お互い、相手と恋人っぽいことはしないことにしよう。キ、キスはもちろんだけど、手を繋ぐとかも……」

「うん……」



 私は小さく、でもしっかりと頷いた。


 でもそこまでお互いにイヤなら、復讐自体をやめても……そう言おうとして、口を噤む。

 それは私の願望であって、正樹は復讐自体は成功させたいはずだ。


 だから私がここでやめようなんて言えない。



 でも……正樹とも、デートしたいな。



「なぁ、千歌」

「……ふあ」



 心の内を読まれたと思って、あたふたしてしまった。



「復讐終わったらさ」

「うん……」

「どこか行かない?」

「うん……‼」



 私たちは、今度はいい意味で気まずくなって、同時にミックスジュースを飲んだ。


 コーラとオレンジジュースの、正樹と同じ味を。


 

 

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