♡第24話 見たくない文字が瞳を焦がした

 1日はあっという間に過ぎて、昨日バドミントンサークルに行ったことが遠い夢のように感じた。


 今日は木曜日。正樹が姫宮さんのお迎えに行くまであと1時間。そわそわして勉強に集中できない。


 昨日正樹から、毎週火曜と木曜に姫宮さんの塾のお迎えに行くと告げられた。

 週に2回もこんな気持ちにならなきゃいけないんだと考えると、それだけで心が抉られるようだった。


 もう今日は勉強が手につかないと見切りをつけ、思いきりベッドにダイブする。


 別のことを考えようとしてふっと頭に湧いてきたのは、皆川さんのことだった。


 彼女は私がコーヒーをかけてしまった時、私の方をチラリとも見ずに真島先輩に助けを求めた。まるで私をいない者のように扱った。


 でもあれは私が悪いし、皆川さんはそういう人なんだと思ってた。


 昨日は……?


 皆川さんは、私に普通に接していた。明るくて寧ろ優しいくらい。まずここに違和感があった。

 それはきっと、真島さんがいる時といない時で人格が変わっちゃうんだと思う。それだけ真島さんが好き……というか依存してるのかなって。


 だけどあれだけは腑に落ちない。私の名前を聞いた後のあの顔。


 正直、怖かった。


 すごい剣幕で、睨んできた。私は皆川さんに何かしてしまったのだろうか。いや、ただ単に、ものすごく情緒が不安定なのかもしれない。


 ひとつ言えるのは、私は皆川さんが苦手。

 確かに可愛いけど……なんで正樹は、あの子が好きなんだろう。心がズキズキする。



 ピロリンッ



 枕もとのスマホが鳴った。正樹だろうか。

 急いで手に取って確認すると、真島さんからのメッセージだった。


 私は少しがっかりしながら、チャットアプリをタップした。



【夜遅くにごめんね。今日は見学楽しめたかな?】



 たわいのないメッセージだった。私は当たり障りのない返信を書く。



【こんばんは。はい、楽しめました】

【それは良かったよ。来てくれてありがとう。それと、昨日はごめんね。俺、先走りすぎた】

【いえ、大丈夫です。私もお世話になりました】



 やっぱり丁寧な人だなと思う。ありがとうとごめんなさいが自分からちゃんと言える人は、大概いい人だ。



【それで本題なんだけど、今度の日曜日、どこかに行かない?】



 そのメッセージを見た途端、鼓動が早くなった。それと同時に、自分が復讐を決行中である自覚を取り戻す。私は真島さんを完全に落とさなきゃいけない。


 一瞬だけ正樹に連絡して返信の内容を考えてもらおうとしたけど、これくらい自分で考えなきゃと、思いとどまった。



【はい、行きます】

【よかった、嬉しいよ。どこか行きたいところはある?】

【おすすめのところに行きたいです】

【わかった。じゃあ、楽しみにしていてね。ありがとう。おやすみ】

【楽しみです。おやすみなさい】



 メッセージのやり取りを終えると自然とため息が漏れた。多分、気疲れ。


 そういえば正樹とは、まだカラオケしか行ったことがないな。

 

 デートしたい人とできなくて、なんとも思っていない人とデートする。

 私はなんだか、自分がとても空虚な人間に思えてきた。


 そしてこんな時は、ユーちゃん先生のことを思い出す。

 私の人生の空虚を埋め続けてくれた人だから。今は正樹が好きでも、思い出してしまう。


 そうして感傷に浸っていると、私はいつの間にか眠りに落ちていた。



 ピロリンッ



 遠のいた意識を現実に引き戻したのは、チャットアプリの通知音だった。真島さんが、さっそくデートプランを考えてくれたのだろうか。


 寝ぼけ眼でアプリをタップすると、見たくない文字が瞳を焦がした。



【日曜日、姫宮さんとデートすることになった】



 眠気は一瞬で霧散した。


 ハッとして時間を確認すると、もう夜10時。

 そうか、塾の送迎の時に約束を取りつけたんだ。


 たった2回でもうそんなに仲良くなったの?

 デートを誘ったのはどっちから?

 どこに行くの?

 姫宮さんのこと好きになってない?


 疑問は濁流のように激しく心を荒らした。でも、それをチャットで全部聞いたら、それこそウザがられてしまう。


 一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、返信を考える。


 しばらく逡巡して、質問することをやめた。



【私も日曜日、真島さんとデートすることになった】



 私のメッセージを見て、正樹はどう思うだろうか。

 一昨日みたいに、危険な目に合わないか心配してくれるだろか。それとも、復讐がお互いに順調なことを喜ぶだけだろうか。


 しかし、既読はついても返信は中々返ってこなかった。


 私はスマホを両手で握りながら30秒おきにアプリをタップした。


 それでも全然返ってこなくて、無視されたのだと思い始めた。もしかしたら正樹は、私が自分で勝手に行動し始めたことに怒っているのかもしれない。


 そう考えると、嫌われたくなくて泣きそうになった。


 ピロリンッ


 音が鳴り終わらないうちに、私はアプリをタップした。



【土曜日に作戦会議をしよう】



 私は『作戦会議』を脳内で『デート』に変換して、心を躍らせた。

 

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