★第29話 平気で裏切るんだな

 太陽がてっぺんから俺たちを照らした。

 姫宮はまるでその光に怯えるかのように、その場に蹲って震えている。


 よほど体調が悪いのだろう。でも、俺はこういうときの女の子の扱い方を知らない。

 ギャルゲーのシチュエーションにはなかったから。


 だが、混乱する頭で何とか言葉を絞り出した。



「ひ、姫宮さん、薬ある?」

「……あ、あります。でも、お茶しかないから飲めない……」

「わ、わかった。水を買ってくるからちょっと待ってて」

「ありがとうございます……」



 姫宮はか細い声でお礼を言った。自分が大変な時もそうやって言えるのは本当にいい子だと思う。


 俺はそんな姫宮さんを助けるため、自動販売機を探しに走り回った。


 その時だった。


 すれ違った男女のカップルに見覚えがあったのだ。

 咄嗟に振り返ると、その後姿は紛れもなく千歌と真島先輩だった。


 2人は楽しそうに談笑している。

 そして千歌の服装がエロい。肩だしにショーパンでアスレチックなんて、誘っている風にしか思えない。


 思えば、最初に作戦を決行した日も、エロさが際立つ白いレースワンピースだった。


 対して、俺といる時はパーカー。確かにその方が千歌には似合っているけど、俺の前ではラフで、真島先輩の前では女を出していることに無性に腹が立つ。


 今すぐ2人の間に割って入ってデートをぶち壊したい気分だが、せっかくの復讐を台無しにするのは千歌を傷つけることになるからできない。


 じゃあ尾行するか? いや、流石に体調の悪い姫宮さんを置いてそんなことはできない。


 俺はむしゃくしゃする気持ちをぐっと抑え、自動販売機で水を買って姫宮さんの元へ戻った。


 アスレチックはかなりの敷地があるから、途中で2人に会うことも無かった。



「姫宮さん、大丈夫? はい、水買ってきた」

「ほんとうにありがとうございます……」



 姫宮さんはすごく申し訳なさそうな顔で水を受け取り、鞄から取り出した薬を飲んだ。

 唇から一筋の水が零れ落ち、太陽に反射して輝きを放っていた。


 こんな状況で思うことではないけど、綺麗だった。



「多分、少し休めば薬が効くと思います……」

「それはよかった。じゃあ、日陰のベンチを探そう」

「はい……」



 姫宮さんはよろよろと立ち上がったが、1人で歩ける状態にはとても見えない。


 案の定、姫宮さんは大きくよろけたので、俺は咄嗟に彼女の身体を支えた。



「大丈夫?」

「す、すみません……」

「あの、嫌だったらいいんだけど、ベンチまで身体を支えようか?」

「ほ、ほんとうですか……お願いします……」



 俺は青ざめて倒れそうな姫宮さんの腰にそっと手を添えて、ゆっくりと歩き出した。


 彼女はあまりにも華奢だった。読者モデルをやっているからかもしれないけど、それでも不健康なほどに細いと感じた。



「姫宮さん……もしかしてご飯とか食べられてないの?」

「あ……最近、ストレスで……でも、橋本さんと出会って少しずつ回復してきたんです……」

「そ、そうなんだ」

「ありがとうございます……」



 俺が姫宮さんに何か有益なことができているとは到底思えないけど、役に立てているなら何よりだ。


 そうだ、俺は果たして、ちゃんと千歌の役に立てているのだろうか?

 何か与えてあげることはできているだろうか?


 誰かのために何かをすることを意識したのは、恐らくこの時が初めてだった。



「あ、ベンチがありました……」

「日陰だし良さそうだね。ここで良くなるまで休んでから、帰ろうか」

「ほんとうにすみません……」



 俺はベンチにゆっくりと姫宮さんをおろし、着替えの入ったバッグを枕として端においた。



「橋本さん、これ……」

「ああ、気にしないで。この上に寝てくれたらいいから」

「ほんとうにすみません……」

「そんなに謝らなくていいよ」

「ありがとうございます……」



 姫宮さんは横になり、お腹に手を当てていた。とても苦しそうで、顔に汗が伝っている。

 もしかしたら何か冷やすものがあるといいのかもしれない。



「姫宮さん、もしかして熱っぽい?」

「はい……」

「今タオル冷やしてくるね」

「何から何まですみ……ありがとうございます……」

「大丈夫。トイレどこかわかる?」

「お花畑の奥の……小屋のようなところです……」

「わかった、ちょっと待ってて」



 俺は姫宮さんの指さす方へ、急いで走った。


 そして綺麗な黄色い花の咲く花壇を抜け、小屋のような建物を見つけた。


 だが、途端に息が止まる。


 目線の先に、抱きしめ合う男女がいたのだ。それは紛れもなく真島先輩と千歌。


 手からするりとタオルが落ちる。


 恋人っぽいことをしないって約束したはずなのに。


 平気で裏切るんだな。

 俺が姫宮さんと一緒にいるのが嫌っていうのも、きっと嘘だ。


 俺は気づいたらその場から逃げ去っていた。

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